7-2 あの空をただ眺めいてる-琴葉-

 私が今日用意してきた曲を歌い終わる前に、陽向は既に絵を描き始めていた。人が変わったように、ものすごい気迫と集中力でスケッチブックに向かっている。彼の様子を見つつ、私は別の曲をハミングする。



 西の空が茜色に染まり始めている。

 彼の手は止まらない。もう30分はこの状態だ。描いて、消して、描いて、描いて、消して、描いて、描いて、、


 不意に彼が顔をあげた。

 目線を遠くに向け、沈みゆく夕焼けに焦点を合わせる。そして、ほっ、と一つ息をついた。


「綺麗だな」


 彼の呟きに思わず私も視線を重ねる。太陽が海の向こうの遠くの山に姿を隠していき、最後の眩い光を残して消えてゆく。

 しばらく二人でその景色を眺めていた。東の空が深い藍色に染まってきた頃にやっと彼が立ち上がった。


「そ、そろそろ帰ろうか」


 まだタメ口に慣れていない彼の言葉を聞いて私も立ち上がる。

 再び高架下を抜け日常へと帰る。頭上を色とりどりの光が高速で行き交っているのだろうと想像する。



 バス停で15分ほど待ち、バスに乗り込んだ。行きと同じく最後列の左端に座り、バスに揺られながら外を眺める。

 不意にサラサラとしたものが首許に触れ、ずしりとした重みが肩に寄りかかってきた。

 彼が穏やかな顔で眠りスースーと寝息を立てていたのだ。疲れたのだろうか。横に流れた髪の間からいつもはあまり見えることのない目許が覗く。長く綺麗なまつ毛をしていた。彼を起こさないように息を潜め、再び外を眺めるが意識はそこに向いてなかった。



 10分ほど走ったところでバスが止まった。

 ジャージを着た男女が乗ってくる。その姿を見て、思わず顔を伏せた。

 バスに乗車してきたのは一果と朱莉、そして男子バスケ部に所属している見上げるほどの高身長の藍沢一樹だった。


「あれ、琴葉ちゃんじゃない?え、隣にいるのって、森本くん?!」


 この状況を見られるのはまずい、と思い。必死に姿を隠そうとしたが、そんな努力も虚しくすぐに見つかってしまった。


「や、やっほ〜」


 何とか力なく手を振る。今私は相当な苦い顔をしているだろう。


「待って待って、二人ともやっぱりそういう関係だったの?」


 興奮気味に問いかける一果と朱莉が私たちの一つ前の席、通路を挟んだ反対側に一樹くんが座る。


「いや、そういうわけじゃないんだけど、えっと、んーっと、後で話すね!それで3人は何してたの?バスケ?」


「後でって気になるな〜、まあいいや。そうそう、私たちは三宮の運動場でバスケしてたよ」


「やっぱり。でもその3人の組み合わせって珍しくない?」


「それは葵さんがいないからでしょ〜」


 藍沢くんの冷静なツッコミが入る。


「あ、すいません、」

 動揺で頭が回っていない。陽向といるこの状況はどう説明すれば良いものか、全く思い浮かばない。下手な言い訳をすると更に自分を追い詰めることになりそうなので、正直に話そうと思う。頭の中が真っ白だ。陽向に相談したくても彼はまだぐっすり。まったく、こういう時に頼りにならないんだから。


 3人の会話をただ眺める。思っていたよりも仲が良さそうだ。藍沢くんがおおらかで誰でもすぐに打ち解けられる性格なのも大きいだろう。決して人一倍人間関係に積極的とかそういうわけではないのだが、来るものを拒まない優しさがあると、普段遠くから眺めていて思う。



 来てほしくない時間というのは来るのが早いもので、降車をする町役場前のバス停が近づいてきた。陽向を起こして、降りる準備をする。前に座る3人を見た彼は慌てふためいていた。私は腹をくくって全てを話すしかないな、と覚悟を決める。


 バスを降り、陽が落ちてすっかり暗くなった道を歩く。

 皆家のある方向が違うので、バス停からすぐのところにある2メートルほどの祠が祀られた神社の狭い敷地に入った。2体3で私達が問い詰められる構図になる。こんな状態で彼が話しては、吃音を発症させてつらい思いをするのは必至なので、私が話をする。


「も、もともとは、私が陽向の絵を見て、感動したことが最初なんだけど——」


 私は彼と出会ってからあったことのほとんどを話した。その中にはまだ彼に話したことのなかった気持ちもあったので、時々目を丸くしていたがそれ以外ではずっとうつむきながら聞いていた。なんだか悪いことをしてそれを吐かされているような気分だ。



 一通り話し終わり、3人の表情を見るとそれは予想していたものと少し違った。皆笑顔でこちらを見つめている。


「なんかすごいじゃん、それぞれの得意なことを披露しあって一つの作品を作るってかっけーよ」


「私達も森本くんの絵ができるの楽しみだな。なにか協力できることあったら言ってね」


「う、うん、ありがとう」


 私も彼も自分たちのやっていることがそんな人に褒められるようなことでは無いと思っていたので驚いたが、一つ大きな自信になった。


 彼の作品ができるまであと少し。そして彼女ら3人の存在も私達の日常に大きく影響してくるだろう、そんな予感がした。




【あの空をただ眺めてる】

Inspired by Guiano『透過夏(feat.理芽)』

(作詞:Guiano)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る