第29話 譲術

 陰陽道退魔術『厄消』の基本体型

 【陰陽五作】

 今日はその最後の一つ『譲術』の講義だ。


「初めに聞いた『しゅう、ぎょう、そう、ほう、じょう』が、今日で完成するわけか」


 あっという間だったけど、内容の濃い三ヶ月だったな。世間ではゴールデンウィーク真っ只中。修練場もいつもより賑わっている。


「それでは、最後の講義となる陰陽五作の一つ『譲術』について説明していきたいと思います。端的に言えば、譲術というのは式神を操る技術です。

なぜ最後だったのかというと、残り四つの技術が必要になってくるからなんですね〜。」


「待ってました! 陰陽師の真骨頂」


 未春も涼香もにこにこしながら体を揺すっている。

 両家とも譲術については自分で勝手に式神を増やしすぎないよう利用を制限されていたらしい。


「まず、式神を操るには自分の霊力を分け与えなければいけません。

召喚している間は常に自分の霊力が減っていきます。だから譲術といいます」


 ふむふむ、なるほどです。


「そういえば、集術の講義で回復霊力というのを習ったと思うんですけど、測ることはできるんですか?」


「あぁ、それはすぐに測れるよ。そうだな、ちょっとこれに触ってみて」


 田沼さんは連れてきていた模擬厄体にポンと手を置く。


「はい」


「ふんふん。今の霊力は86だね。じゃあ次は鬼切丸に思い切り霊力を込めてから触ってみて」


 言われた通り霊力を込めると、鬼切丸は様々な色に変化した。

 刀(の柄)を置き、俺は再度模擬厄体に触れる。


「65、66、67、68、はい。いいよ」


「加納くんの回復霊力は基礎消費を除いて秒速2くらいだね」


 そうやって測るのか。

 結構アナログなんだな。


 同じように二人も測ったところ未春が5、涼香は2だった。


「最初は回復が速く感じるけど、霊力は現世でいう体力と同じだから、全力を出すとすぐに無くなってしまう。

常に残りを意識してないと急にゼロになって、ぶっ倒れたりするから気をつけてね」


「「はい」」


 俺と未春が頷く。


「で話は戻るけど、譲術は陰陽五作の中で最もコントロールの難しい技術と言われています。

 式神にできるかどうかは凝術による『霊質』の高さだけではなく、生まれ持った『霊格』も影響されると言われているんだ。

 思い通りに動かすには放術や操術も必要になるし、いわば陰陽五作の集大成だね」


「霊格というのはなんですか?」


 未春が田沼さんへ質問する。


「霊格は生まれ持った潜在的な霊力の位っていうのかな。式神にもあるし、僕らにもある。

どんなに修行を積んでも変わることはないし、調べることも難しい、いわば才能ってやつだね」


「そういうものもあるんですね。ありがとうございます」


 未春はペコリとお辞儀した。

 才能かぁ。確かに簡単には分からないよなぁ。


「奥が深いという点ではどの技術も同じなんだけど、式神にできるかどうかは結局やってみないと分からないんだ」


「そうですか」


 未春の顔が曇る。


「でも、今日は必ず使役できる式神を君達に紹介します!」


「え!何ていう妖怪ですか?!」


 未春の顔に少し明るさが戻った。


「妖怪じゃあないんだな。言ってみれば神の使いというとこか」


神の使い?!

勿体ぶらずに早く教えてくれ〜


「この神社の門番、狛犬の『紫炎』と『百水』は東京支部の皆が式神契約しているくらい適応性が高いんだ。三人にもきっと協力してくれると思うよ」


「早く行こう!」


 涼香が待ち切れずに神社の入口に向かって走る。

 毎日通っていた鳥居の狛犬が式神だったなんて思っていなかった。


 鳥居に着くと、いつもと変わらない石の狛犬が鎮座している。


「この二体が式神になるんですか?」


 見た感じ何も変わったところはないけど。

 境内で練習していても石像以外のところを見たことがない。


「見てて」


 田沼さんが片方の石像に触れると、ゴツゴツとした石の体毛が、真っ白でモフモフな毛へと変化した。


「こっちの目の赤みがかっている方が『紫炎しえん』、そして」


 手を離すと、紫炎はまた石の狛犬へ戻った。

 田沼さんがもう一方の狛犬に触れる。


「こっちの目の青っぽいほうが『百水びゃくすい』。

神の使いなんて大袈裟に言っちゃったけど、この二匹の霊格はそんなに高くないんだ。だから誰にでも適応するんだけどね」


 雰囲気は秋田犬に似ている。

 二匹とも見た目は全く同じだが、唯一違うのは瞳の色だけだ。


 涼香はすでに百水とじゃれあっている。


「式神にも僕達にも属性というものがあって、『紫炎』は火、『百水』は水なんだけど、見た目は似てるのに性質が真逆なんだ。

だから、霊力を与えてみて反応する方を式神にするといいよ。ちなみに僕が動かせるのは紫炎だけ」


 田沼さんが手を離す。


 触れている間は二匹とも行儀よくお座りして尻尾を振っていたのに田沼さんでも百水は式神にできないのか。


 百水が石に戻ると、涼香は少し悲しげな表情を浮かべる。


「まず、あたし!」


 そんな光景を不憫に思ったのか田沼さんも涼香の申し出に頷いた。


 二匹に手をかざし「来い来い」と眉間にシワを寄せ念じる涼香。


 しかし、なかなか反応してくれない。


「相手に敵意がないと分かるように優しく霊力を送り込むんだ。

それが出来たら次は何かの行動を思い描いて指示を出すって感じで。慣れてきたら同時でもいいけどね。

最初は二匹を自分のところに呼んでみよう」


 田沼さんのアドバイスから試すこと数分。


「きたぁ~!」


 涼香の元に寄ってきたのはやはり百水のほうだった。


 その後もしばらく紫炎に全力集中で霊力を送り続けていたが、舌を出し尻尾を振るだけで涼香の元に来ることはなかった。


「ダメだぁ~。なんでだよ〜、しえ〜ん」


 さすがに諦めた涼香がおずおずと退場。


 次は未春の番だ。


 ワクワクとドキドキが入り混じった表情で祈りを捧げるように胸の前で手を組み、一歩一歩前に出る。


「優しく送って、行動を思い描く。優しく送って、行動を思い描く…」


 田沼さんの言っていたことを呪文のように反芻しながら目を閉じ祈りを捧げている。


 胸の前で組んでいた両手を二匹に向けて念じる未春。


 反応するまで若干の間はあったものの、来たのはまたもや百水だった。


 未春も腰を落とし自分の元に来た百水と嬉しそうにハグしている。


 そして、最後は俺の番。


 俺も二匹に霊力を送ってみた。


 操術で習った霊力を形作る方法『具現化』と放術で習った霊力を流す方法『霊力伝導』を合わせてなんとなくやってみる。


 すると、二匹の毛並みが白に変わるやいなや、勢い良く飛び付いてきた!


「うぉっ、ぷ! よ~し。よし。これから宜しくな。うわ!」


 突進で倒れ込みながらも、俺は二匹の頭を必死に撫でた。


「両方! 相当こいつらと相性の良い霊格してるんだなぁ。加納くんは」


 未春は羨ましそうな顔、涼香は若干キレ気味でそんな光景を見つめている。


 なんだか気まずいな。


「うん。三人とも無事に式神契約完了だね。かなりスムーズだったよ。優秀優秀。

二匹の消費霊力は1くらいだから、さっきの回復霊力との兼ね合いも考えながら呼び出してね」


「「「はい」」」


「あとは譲術に限らず、訓練あるのみだ。

三ヶ月間お疲れ様でした!

講義はこれで終わるけど、何かあったら何でも聞きに来てね! これからも一緒に頑張ろう!」


 この三ヶ月間いろいろなことがあった。

 結局、東京支部以外の人とは会えなかったけど、今頃みんなも頑張っているのだろう。


 卒業試験まであと九ヶ月。

 これからは自分との戦いだ。

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