Episode 01 :目覚めの時

「草笛モータース」の朝は早い。というか朝起こされると車で杏璃を学校に送り届けるところから一日は始まる。

「杏璃、義務教育なのに自力で行かれへんのか?単車バイクくらい転がせるやろ。」

「え?雨の日カッパ着るのタルいし、顔に虫当たるとテンションさがるし。」

考えてみればバイクに乗れという俺もおかしい。


 学校の車寄せで下ろすと

「いってらっしゃいのチューは?」

と要求される。

「俺を社会から抹殺するつもりか。」

「照れちゃって。お迎えもよろしくね、ダーリン。」

誰が舵輪ハンドルやねん、と言いたいが多分中学生には通じない。


 杏璃を送って帰ると「武楽邪吼」のメカニック連中が既に仕事場のガレージの掃除を済ませている。もちろん、勝手にやってくれるのだ。


「お前らも学校に行け。俺が教えられるのは技術だけだ。生きる場所を切り拓くのは教育だけだぞ。」

俺はこいつらを追い返したいので正論を言う。でも彼らはひきさがらない。


「何言ってんすか? 技術てさきだけで天下を取れそうなのは日本だけだったって教えてくれたのは師匠でしょうが。」

「だから取ってはねーんだって。良いとこまで行って失敗したんだよ。過ちを繰り返してどうすんだ。」


とは言え、手伝ってもらえれば仕事は格段に楽になるので断りもできない。ま、彼らに勝利を提供する対価だと思えばいい。それくらいに思っていた。


「いらっしゃい⋯⋯?」

 お客さんだと思いきやいきなりフルフェイスのヘルメットに鉄パイプを持った連中がガレージに押し込んできた。俺はなすすべもなく捕まってしまう。「拉致られた」のだ。メカニックの連中もまるで役に立たない。


 というのも相手はみな強化魔法を発動しており、無力な俺は「赤子の手をひねるがごとく」拘束される。バンに押し込まれると走り出す。


 俺が拉致られた先はレースで武楽邪吼に最近勝ちをさらわれ続けているチームの何処かだろう。


 「お前んとこのチーム、最近調子が良いようじゃの。」


 床に転がされた俺はそちらを見上げる。俺と同じくらいの年代。もしかすると族ではなくその上の団体かも。


「俺はただの客分だぞ。」

つまり親分子分の関係ではなく「対等な」部外者である事実を告げたのだ。しかし、あちらは信じようとはしない。俺の腹につまさきのよくとがった靴で何度も蹴りを入れる。安全靴アングツみたいにつま先に鉄芯でも入ってんだろうか?

 

「そんなん関係ねぇ。お前がそこにいるだけで俺たちが損をするんだよぉ。」

 いやいや、俺が言いたいのはまだ仲間ではないので好待遇で俺の事を「引き抜き」ませんか?ってことなんだが。


「調子こいてんとひき肉ミンチにすんぞ、コラァ!」

だからー、「ひきにく」じゃなくて「ひきぬき」でお願いします。

「サーセン、調子こきました。」


これが玲士くんの言う「綺麗ごと」で済まない世界なのだろう。

「わかればいいんだよ。いや、これからたっぷりとわからせてやるよ。」


そう言って彼は俺の頬のあたりをかかとでぐりぐりと踏みつけた。


 ようは「金」の問題だ。レースの裏では大きな金が動く。グッズの販売やらギャラリーからの投げ銭が主な収入源だと言っていたがそれだけではない。賭博ギャンブルの対象なのだ。それは観客にとっていっそうの熱狂と狂乱を産む。


 そして、賭博にはかならず「胴元」がいる。それは暴走族にとっても上位の存在であるということだ。回りくどくいえば「反社会的勢力」ということだ。俺はとんでもないやつの「尾を踏んだ」ということだ。そして彼らはとんでもない事を言った。


「なぁ、今お前、女と住んでるんだってな。」

こいつら杏璃を手にかけるつもりか。俺の頭から一気に血の気が引いた。そうだ。今は俺の背中の後ろには人がいたんだった。族に入ってコワイ人たちとも交流して自分が強くなった気がしていたが、決してそうではない。


 今の俺は手足すら縛られて何もできない。俺はイジメられていた小学生の頃のトラウマがフラッシュバックする。頭の中が真っ白になっていく。


 無力感と屈辱感。朝起きて学校に初めて行けなかったあの日。身体が動かなかった。そのまま学校に行けなくなった。学校について考えようとした瞬間に、頭の中がシャットダウンした。何も考えたくなくなった。それは「自分の身」を守るには必要だった。


 でも今は自分の身ではなく杏璃を守らなければならない。どうすればいい?

「わかった。俺はレースから手を引くよ。別に成り行きでかかわっていただけで俺に一銭の得もキックバックがあったわけじゃない。」

俺は必死に取り繕おうと足掻く。杏璃の安全こそが俺にとっては最優先だ。


「だから今からわからせる、って聞かなかったのか。もう遅せぇんだよ!

このクズ野郎が。これからお前のスケをたっぷりと味見してやるよ。」

俺はヤツらの言葉に絶望する。俺は腹をしこたま蹴られ、痛みで意識が朦朧もうろうとする。


 「助けてくれよ⋯⋯アキ兄。」

祈るようにつぶやく。俺にとっての圧倒的な強者、それはアキ兄だった。族時代の「全盛期」は見た事はないが。


 脳裏に蘇る記憶。端午の節句に、草笛家に飾られた特攻服。強くなりたかった俺は思わず手を合わせてしまった。それをアキ兄に見られて笑われてしまう。


「それ自体に意味はねぇさ。意味があるのは背負ってるものの重みさ。背負ってるモンが重いから足が前に出る。そのまま突っ立っていたら後ろにひっくり返っちまうかからな。」

ヤンキーの理屈はわかり辛い。


「アキ兄は今も背負ってんの?」

「まあな、杏璃と工場とあと何か、だな。」

「僕まで増えてすみません。」

俺は思わず恐縮する。


「ちげーな。お前は俺の後ろに立ってるだけだ。背負ってはいねーよ。だから気兼ねすんな。そして俺について来い。そしたらそのうち自分テメぇの歩く道も見えてくんだろ。」



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