非現実:4



「諸君、死を恐れることは賢くもないのに賢いと思い込むことに他ならない。すなわち、それは知らないことを知っていると思い込むことなのだから。死を知る者は誰一人としていない。もしかして死は人間にとってあらゆる善きものの内で最大のものかもしれない」


 それが無知の知で有名な哲学者ソクラテスの言葉であると、少女はすぐに気づいた。

 黒いBMWの後部座席。

 隣に座る自らをアキラと名乗った女がタブレットを膝の上に乗せ、忙しなく何かを操作している。


須能スノウさん、貴方にとって、死はどんなもの?」


 いまだに勢い止まない雨が窓に打ちつけている。

 乗車する際に受け取ったバスタオルを手持ち無沙汰に撫で付けながら、少女は質問の答えを考えた。


「……金継ぎ」


「金継ぎ? それは興味深い答えね」


 少しの間を置いて、少女は答える。

 アキラはその回答を聞いて、僅かに眉を曲げると、タブレットの画面を何度かタップした。

 

「それじゃあ次は、貴方以外の集まった子たちについて確認させてもらってもいいかしら?」


 あと、何人残っているのか。

 行き先もわからないこの車両に乗せられる前に、アキラはそう少女に尋ねた。

 

 答えは、ゼロだ。


 もう、誰も残ってはいない。

 少女はそう答えはしたが、彼女にとってその返事は完全に真実というわけではない。

 ただ、彼女自身も全てを正確に把握しきれているわけではないため、便宜上そう答えたのだ。

 しかし、どうせ理解はできない。

 そんな諦観の中で、彼女はアキラに表面的な回答を授けただけだった。

 これまで人生で、彼女のことを理解できた者は、ただの一人として存在しなかった。


「まず改めて確認させてもらうけれど、集まったのは貴方を含めて六人でいいのよね?」


 アキラの確認に、少女は頷く。

 あの館の中にいたのは六人だけ。

 きっとそれは正しい。

 厳密に言えばもう一人存在したが、説明する面倒が優った。

 少女にとってはもう全て過去のこと。

 ゲームは、終わったのだ。


「集まった子たちは、彼らで合ってる?」


 隣からアキラがタブレットの画面を少女にも見えるように差し伸ばす。

 そこには彼女を含めた、六人の少年少女の姿が映し出されていた。

 どれもこれも、見覚えのある顔だ。

 罪があったわけではないが、集まるべしく集まった六人。

 そこに表記されている氏名欄を見て、初めて彼女は皆の本当の名前を知った。


「じゃあ次に、誰から死んだか、順番を教えてくれる?」


 死の順番。

 そんなものに、何の意味がある。

 少女にはわからなかった。

 アキラが一体どんな意図でその質問を投げかけるのか。

 その順序に、規則性があったとは思えない。

 偶然、ランダムの発露だ。


「彼は、何番目?」


 ピアニストのように細い白皙の指。

 苦労を知らない、赤子の手だ。

 タブレットがダブルタップされ、一人の少年の顔が大きく映し出される。

 氏名の欄には“佐藤風雅サトウフウカ”と書かれている。

 少女にとって印象の薄い顔だった。

 彼はたしか、最初でも、最後でもない。

 ところどころ曖昧な記憶を漁りながら、彼女は素直に答える。


「よく覚えてない。三か四番目」


「覚えてない? そう。なら聞き方を変えた方がいいかもしれないわね」

 

 タブレットを自らの膝の上に一度戻すと、アキラは自らの下唇を指でそっと撫でて何かを考え込む。

 どこか遠くで、稲妻が瞬く。

 音はまだ、聞こえない。

 また信号に捕まった車が、ゆっくりと止まる。

 

「思い出しやすい方からいきましょうか。じゃあ、一番最後に死んだのは誰?」


 タブレットが再び、少女の前に差し出される。

 自分も含めて横並びになっている六人の少年少女。

 新鮮な記憶は、たしかに手を伸ばしやすい。

 汚れた手を画面に触れさせ、一人を大きく映し出す。


「……へえ。なのね、最後まで生き残ったのは」


 最後まで生き残った。

 その言い回しは、真実に気づいていないと口にできないものだ。

 今更あがくつもりなど、最初からなかったが、やはりゲームは終わっているのだと少女は理解した。



「“大曽根颯オオゾネハヤテ”。彼が最後の一人だったのね。それは偶然? 必然? 順番は誰が決めたの?」



 順番に規則性はない。 

 だが規則性はなくとも、順序は残る。

 それが偶然か、必然か。


 信号が変わり、また車が動き出す。


 少女はアキラの問いかけに答える代わりに、彼の一つ前に死んだのが誰だったか、思い出そうとしていた。

 

 

 

 



 



 

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