第6話

 朝の灯がようやく出始めた時刻、鍛錬場には一人、剣を振る少女がいた。

 ヒュンっ、ヒュンっと一定のリズムで剣を振り続ける。


 鍛錬場に響き渡るのは剣が空を裂く音と少女の息遣い。少女のほかに人は誰もいない。少女は一人、剣を振っていた。

 振る度に一本に纏められた長い黒髪が小さく揺れる。

 彼女の額には汗がにじみ出ているが、それでも剣を振る速さは一定のままだ。

 無心のままに剣を振っていた。


 外に生える木の葉っぱは紅く色づき、散り始めている。落ち葉は風に扇がれ、飛んでいく。

 季節は秋を越え冬に入ろうとしている。そろそろ本格的に寒くなってくる季節だ。


 少女の熱が、汗で冷やされる。

 体は冷まされたが、またすぐに体が温まる。魔法による簡単な体温調整を行っているのだ。ただしそれは、そこまで上手なものではなく、未熟であった。

 魔法は途切れ途切れで、維持することは出来ず、体温が下がる度に行っていた。


 少女は、今はこれで良いと思っていた。

 魔法が自由に使えれば快適だろう。体の調子が悪くなることなど心配せずにできるだろう。そのような状態の方が良い鍛錬になるだろう。

 だが、魔法が自由に使え、快適な環境でやるよりも、今の状態の方が良かった。まだ未熟な自分にとっては、かえってこのような状態の方が精神的には引き締まり、良い鍛錬ができると思っていたからだ。

 それに出来ないことねだりをするより、そういう風にポジティブに考えた方が効率的だとも思っていたからだ。



 少女は剣を振る。

 ヒュンっ、ヒュンっと剣を振るう。

 一定のリズムを刻む、二種類の音色だけが鍛錬場に響き渡る。



 少女が前世を思い出してからおよそ6年の月日が流れた。

 彼女は自身の夢に向かって、今日も剣を振っていた。



 *  *  *



 はい、どうも皆さまこんにちは。アマツカエ・ウイです。

 いやぁ~あれから6年が経ちました。姉様に剣を教えてといったあの日から毎日剣を振り続けて、そこそこ良い感じにカタチになってきましたよ。


 ただまぁ、まだまだ姉様には届きそうにないです。

 本当に姉様やべぇよって感じだよ。本当にマジでそう思う。6年もやっていたからなおさら。何であの人あんな凄いんだよ。「まさかのチート主人公?」「チート転生者?」とか思いましたもん。まぁ、そんなこともないリアルチートなんですがね。ホントやべぇ……。



 姉様の話はひとまず終了。

 それよりもだ。

 6年経った。6年経ったのだ。あれから6年。

 つまり私は15歳。ということは、そう魔力が使えるようになったのだ。

 ようやくですよ、ようやく。

 使えるようになったのは、ほんの2ヶ月前なんですがね。

 使えるようになった時は本当に驚いた。朝起きたら体が軽いって思ったら、なんか体の奥から熱いモノがモニャモニャ?と湧き出るような感じがしのだ。あれは不思議だった。決してモヤモヤではない。モニャモニャだ。

 「モニャモニャって何?」と言われるとモニャモニャとしか言えない。兎に角モニャモニャしたのだ。

 そのことを姉様に聞いたら、姉様大喜びで魔力が使えるようになったんだよと言ったのだ。


 もっと何か、ドバッとかビュッー、バッコン!ていうすごい感じで使えるようになると期待していたので残念だったが、何はともあれ魔力が使えるようになった。


 その日は剣の鍛錬ではなく、一日中魔力の使い方――魔法について教わりながら練習をした。そしてしばらく練習し使えるようになったのだ。

 すぐに使えるわけではなく、結構時間がかかった。そして軽い身体強化や体温調節はできるようになった。どれもまだ維持することは出来ないが、かなり便利だ。

 特に体温調節は本当に便利だ。これから冬になるというのもあり、寒さ対策に厚着とかをしなくても良いのだ。最近、鍛錬中はずっとこれのお世話になっている。


 身体強化は姉様と打ち合いがもっとやれるようになる。

 私と姉様とでは普通に筋力に差がありすぎてあまり打ち合いをしても練習にならないということであまりしていないのだ。

 打ち合いをやるとまるで赤子と大人。子供と大熊。そんなレベルだ。

 ただ、身体強化がまともにできるようになった時には姉様はすでに騎士団のほうに戻っており、まだやれていないのだが。ちなみに姉様はすでに学校を卒業し、騎士団のほうで働いている。今ではそこそこ上の地位まで上り詰めているらしい。


 次に姉様が帰ってくるのは、私の就任の儀ときだ。

 それまで姉様に教わったことを反復練習して、姉様が帰ってきたときに今度はもっとたくさん打ち合えるように備えている。


 そういえばこの就任の儀のせいで最近面倒なことになっている。


 そもそも就任の儀とは何かだが、就任の儀とはアマツカエ家の子供は魔力が使えるようになる歳――15歳になったときに行う儀式だ。

 就任の儀をすることで、その者はアマツカエ家の人間としての責任と責務を負うこととなり、同時に天神様に仕える者の一人となるのだ。


 そして就任の儀を終えるとその者が当主の血族の場合には次期当主候補の一人になる。

 悲しいことに。残念なことに。大変遺憾なことに……なってしまうのだ。次期当主候補に。

 この次期当主候補というのが本当に面倒で、我が家の当主はそこそこ……と言うより結構な権力を持っている。その力を簡単に言い表すなら、この国の王様と対等に話せると言えばわかるだろう。

 そしてその権力を欲し、どうにかして当主になろうとする者、そのお零れを貰おうとする者たちがいる。

 結果、ドロドロの権力争いだ。


 当主候補は現在四人いる。私を含めた、現当主の子供たちだ。

 そのうち、当主になろうとしているのは上姉様と姉様の二人だ。

 私と兄様はなろうとも思っていない。

 当主とか責任の乗っかりぐあいが重そうでホント嫌だ。それにそんなのになって、私の夢が崩れる可能性はゼロではない。


 だがそんな私の思いとは裏腹に、次期当主候補となった私の周りにはお零れ欲しさで胡麻擦りが来るのだ。

 急に現れては私を褒めちぎって。かと思えば姉様たちを貶す。

 確かに姉様は重度のシスコンだが、それ以外は問題ない。人格まで貶され言われはない。


 あまりにもうるさすぎて「当主にはならない」と言ったのだが効果なし。

 当主になることは辞退することはできなくないが、次期当主候補は辞退できない。そのため周りはなぜか、「ウイ様は姉、兄の顔を立てる立派な人。だからこそ相応しい」とか言いだす。さらに今度は当主の仕事などしなくてもいいから、自分が代わりにやるからと言う者が現れる始末。ようは傀儡になれってことか。傀儡なんて言いように使われて最後は捨てられるってのがよくあるオチだ。それこそ御免だ。


 部屋の前に集まったり、道の角で待ち伏せ。鍛錬場まで追ってくる。はては、トイレの中で待ち伏せしているという面倒ぶり。これなら姉様のシスコンの方がましだ。姉様は姉様で、私が本当に嫌がることはしない。


 おかげで最近は朝早くじゃないとまともに鍛錬ができない。

 早起きということで健康的だが、あいつ等のせいでそうなっていると思うと何か無性にむしゃくしゃする。


「ああぁー! もうめんどくさい!」


 私の振る剣の勢いが増した。ブンブンと振り下ろす。

 胡麻擦るあいつ等の顔を想像してそこに振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。

 ……。

 少しスッキリした。



 だいたいお母様もお母様でだ。

 さっさと当主であるお母様が次期当主を指名すれば終わるのに、特にアクションせずに現在遠くのお勤めに行っている。

 止める者がいない現状。

 そもそもいたときも大して止めようとはしていなかったけど……。まあそれでも最低限の抑止力にはなっていた。

 抑止力がないという現状に、お母様がお勤めから戻ったら次期当主を指名すると言ったせいで着火。燃えに燃えてる。

 先に指名してから行ってほしかったというのが本音だ。そうすれば巻き込まれなかったはずなのだ。


 そのとき、外から話し声と歩く音が聞こえてきた。

 この時間にここに来るのはあいつ等しかいない。


「まずっ!」


 あれに一度捕まれば確実に一時間は奪われる。それは大変面倒くさいし、疲れる。はっきり言ってアレは地獄だ。


 私は急いで模造剣を倉庫にしまって裏口に行った。そして中に入ってきたタイミングでそこから外に出た。


「あら? ウイ様じゃないですか」

「!」


 だがそこには優しい顔をした爺、婆たちがいた。

 すでに裏に回られていた。


「どうしたのですこんなところから出てきて」

「そうそう、ウイ様実はお話が……」

「ワシもですよ」

「ワタクシも」

「あっ、ちょっ、急いでいるので……」


 突破しようも、相手はご老体方。野心だけは若々しいご老体。突き飛ばしたりなどはやりにくく、できない。

 何とか隙間を通ろうとするが、


「そんなこと仰らず。ほら皆さん来ましたよ」


 逃げ道に立ち塞がれる。

 そして背後からは若い集団がやってきた。彼らはご老体たちに混ざるようにして私を囲っていく。

 逃げ道が塞がれた。


 さようなら一時間。

 さようなら鍛錬の時間。


 私は人の中に飲み込まれていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る