第2話

 皆さまこんにちは。アマツカエ・ウイ9歳だよ。


 この前、夢に向かって進むことを決意したという所なんだが、あれから1週間が経った。実はまだ何もしていない。ゴロゴロとベッドの上でニートしてる。

 失敬。冗談だ。ニートはしてない。ただ、なにもしていないというのは本当だ。

 別に夢を速攻諦めたわけではない。

 三日坊主というやつでもない。

 明日から本気出すとかでもない。


 何もすることができない、正確に言うと大人しくしていなさい。

 私は自室で療養をさせられているのだ。面会謝絶で。



 療養の理由はもちろんこの間の私が前世を思い出したきっかけでもある、誘拐騒ぎのせいだ。

 ただし、私としては別段なんともなかった。ちょっと腹部辺りに軽い痣が出来てしまった程度でそれ以外はなんともないのだ。面会謝絶するするほどの怪我でもない。面会なんて余裕の余裕だ。

 それにもかかわらず面会謝絶なのは理由がある。

現在我が家は、誘拐騒ぎなんかが起きたということでピリピリ。警備もガチガチ。対立同士のにらみ合いも露骨に。

 そんな感じで空気がかなり悪い。

 そんな空気の中で生活するのを心配した、私を診察した医者が療養&面会謝絶にしたのだ。してしまったのだ。


 確かに心配してくれるのは分かるが、ちょっと心配しすぎという感じだ。別にそこまでしなくても良いというのが本音だ。確かに空気は最悪だが、それでも退屈な時間よりはマシなのだ。

 はっきり言ってつまらない。

 中身は成人済みだったりするが、今は子供。ピチピチの若々しい9歳だ。そんな私が自室で一人。

 本当につまらない。

 前の世界ならゲームとか動画見たりなど暇つぶしの方法なんて色々あった。だがこの世界にはない。しかも我が家はそこそこ厳格な家であるせいで私の部屋には娯楽の類がない。本もないことはないが、すでに読んだ本。読み直しはすでに飽きた。


 今は天井の模様を頭の中でなぞるという日々を送ってる。……が、これもそろそろ飽きそうだ。てか、もう飽きた。


「あー! 暇!」


 ついついそう叫んでしまった。

 叫んだ私は悪くない。


 私はベッドの上をゴロゴロと転げまわる。

 無駄に柔らかいベッドは私の重さで軽く沈み、そして反発する。本当に無駄に気持ちが良い。

 前世では一度も寝たことがないような気持ちよさだ。

 気持ち良すぎてかえって落ち着かない。前まではなんとも感じなかったが、前世を思い出したせいでなんか落ち着かない。


 私はベッドの左右に行ったり来たりでゴロゴロ。器用に方向転換をして上下でゴロゴロ。ゴロゴロゴロゴロと転げまわる。転げまわっていき、


「あっ」


 勢いあまりベッドより落ちてしまった。顔面からの着地だった。

 自分で言うのもなんだが、自分のかわいい悲鳴が響いた。


 五日前であれば部屋の外にいる見張りが何か心配の声をかけてくれたのだが、そんな声は聞こえてこなかった。

 暇すぎて声を上げたり、転がりすぎてベッドから落ちたりと何度もしたせいで心配の声がかからなくなった。何度も落ちる私は馬鹿だとか言う言葉は要らない。そんな言葉より暇を解消してくれ。



 ラノベとかで出てくるキャラならこんな時、魔力の使い方とかを独学でマスターしちゃうのだろうが、私にはできない。

 記憶が戻り、療養が始まった初日にそんなことはもうやった。だができなかった。

 魔力がないというパターンではない。

 そもそもの魔力の使い方というやつをまだ知らないのだ。


 体中に力を加えてみた。筋肉がギュッとなった。

 呼吸法というやつを試してみた。なんとなく精神が落ち着いた。

 「魔力」と念じてみた。特に何も起きなかった。


 独学でなんかいろいろやったが魔力というモノは一切感じなかった。一瞬「魔力ってホントに存在するの?」とその存在を疑ったほどだ。

 一応言うが、ちゃんと魔力は実在している。この世界の魔力というのはまともに使えるようになるのが15歳になってからなのだ。それまでは体の魔力を使おうとする感覚というのが成長しきっておらず、扱うことができない。そのため魔力はまだお預けなのだ。


 ちなみにこのことはちゃんと前から知ってました。知ってたのにやったのは、もしかしたら出来るかな~って思ったから。

 もしかしたら転生チートで私はすでに魔力が使えるとか、その上で魔力がメチャクチャあるとかだったら最高じゃん。残念なことにそんなことはありませんでしたが。がっくり。



 *  *  *



 コンコン。


 やることもなくボーっとしていると扉をノックする音が聞こえた。時計を見てみると一二時を指していた。療養中唯一の楽しみ食事の時間だ。

 食事は毎日三食。八時、一二時、七時に世話係が部屋に持ってきてくれる。

 量はそんなに多くはないが、この体にとっては十分。それに何より美味い。流石身分の高い家の料理だ、という感じだ。

 私はすぐに返事を返した。


「どうぞ」

「失礼しまっ! あっ、ちょ、トウコ様!」


 するとすぐに世話係が食事を持ってきたのだが、その声色が変わった。

 扉の隙間から銀色の髪がチラリと見えた。


「ウイー!」


 世話係から御盆に乗った食事を奪い取り、部屋に入ってきたのは、世話係と同じ服装をした女性だった。

 世話係用の服の着方は悪く、世話係長が見たら一発指導の有様。その癖そのきれいな顔立ちと美しいプロポーションのせいでその着方で良いのだと思わせる雰囲気。だが発する声はとても表に出せるような声ではなかった。


 すぐに部屋の外は騒がしくなり人が集まってきた。見張りが何人もやってきた。そしてその人物をどうにかしようと動き始める。

 彼女を見張りたちが部屋から引きずり出そうとする。が、なかなか動かない。

彼女は御盆を片手で持つと空いた手で見張りたちを部屋の正面の壁へ放り投げ始めた。


「ウイ、ちょっと待っててね~!」


 彼女は私の方をよそ見して、見張りを放り投げながらそう言った。


 それはまごうことなく我が姉。

 誘拐された私を救った我が姉。

 カッコいい姿を見せてくれた我が姉。

 ちょっと本当に同一人物なのか疑わしい我が姉。

 アマツカエ・トウコであった。



 *  *  *



 アマツカエ・トウコ。彼女は私の姉様だ。

 髪は父親譲りの美しい銀髪。顔立ちも整っている。すらっとした手足は無駄な脂肪はなくまるで人形のようだ。まさに美少女と言える存在である。

 そんな姉様だが、彼女のことを話す際には二通りのものがある。


 一つは『学生最強』。

 剣の腕、魔法の技術。その両方がトップクラスである。その腕前を買われ、まだ学生の身にもかかわらず、国の騎士団に入隊したほどである。

 彼女が刃を振るえば斬れぬものなく、彼女が魔力を使えば勝てぬ相手はいないと学生の間では噂されているらしい。


 だがこれはとは別の、もう一方は少々問題がある。

 これはアマツカエ家内では周知だが、家の外ではあまり知られていない話だ。


 それは、『重度のシスコン』。

 アマツカエ・トウコは重度のシスコンであるということだ。

 そのシスコンぶりと言えば、酷いものである。もし『私という要素』、『私』ではなく『私という要素』と接触しない期間があったとする。すると姉様は段々と痩せ細るのだ。食事はちゃんと摂っている。それなのにどんどん痩せ細るのだ。意味が分からない。

 それにこれは前世を思い出し、歳以上の思考をするようになったことで気が付いたのだが、私が夜トイレに行き、そして帰ろうとすると必ず会うのだ。それはどんな日でも必ず。姉様の部屋は私の部屋からそこそこ離れているはずなのにそんなことが起きるって、今ではもう怖すぎである。


 そういうわけで姉様は重度のシスコンなのだ。



 *  *  *



「美味しい?」

「うん美味しいよ、姉様」


 私は姉様の膝に座りながら昼食を食べていた。

 メニューは焼き魚とおひたし。ご飯にお吸い物。何かよくはわからないが甘みのある物。全体的にthe・和食という感じである。

 最初は姉様が食べさせてくれると言ったが、さすがに恥ずかしいのでお断りした。膝の上も何とか断ろうとしたが、そのときの姉様の絶望したような顔は流石に可哀そうであった。それに誘拐されそうになった私を助けてくれたのは姉様だ。

 私はしょうがなく膝の上に座って食べることにしたのだった。


「そう、それは良かった。

 ねぇ、今日のご飯私が作ったって言ったらどうする?」

「そうなんですか?」

「これは違うわよ。もしもよ、もしも」

「もしそうなら姉様はすごいですね」

「えへへ、そう~。

 …………何とかしてみるか」


 我が姉様が何かを言った気がするが気にしない。私は気にしない。


 私はご飯から目を離し、脇を見た。

 部屋の扉は開けっ放しになっており、そこには何かが積まれている。一,二,三で一気に飛んで八、九、十。真面目な見張りの人たちがそこに積み重ねられていた。

 私は心の中で合掌しながら、ご飯を口に入れた。

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