かまへん部長!

yukke(ゆっけ)

第1話

どんっ


「あっ、すみません…!」

「かまへん、かまへん!」


車内はぼちぼち混んでいる。

社会人一年目、いや、一日目の小泉真理子は、慣れない通勤電車の中で知らない男性に鞄をぶつけてしまった。

今日は入社式だ。少し緊張している。



「おはようさん!おはようさん!」


この愉快な男性は柴田康明。

中小企業に勤める部長だ。

部長という役職にしてはフランクで、身だしなみも少しだけ汚い。

整えられていない眉はやや下がり気味だ。


「今日は入社式ですよ。スーツ、もう少しマシなの無かったんですか」

「あぁ、せやなぁ。でも、やっぱりいつも通りがええやん?」


柴田康明のスーツは、まるで「毎日それ着てませんか?」と言わんばかりにややくたびれている。

しかし、何故か清潔感があるようにも感じるのが不思議なところであると、佐伯良輔は常々思っている。



「入社式だるかったー」

「ね、ホント。校長とか社長とか、なんで挨拶長いんだろう」

「俺、半分寝てたわ〜」

「米田くん、だっけ?私に若干よりかかってたんたけど」

「そりゃすまん。でも、寝ている間のことなんて俺にはどうすることもできない…」

「はいはい」


入社式がだるかったのは大崎絵美。

挨拶が長いとイライラしていたのは島田晴香。

半分寝ていたのは米田翔太で、よりかかられたのは仲村真美。

同じ課に配属された新入社員だ。



「はい、では、新人社員のみなさんには、自己紹介も兼ねて挨拶をしていただきます」


課長を務めるのは柳田正志。

そのキリッとした顔立ちに、新入社員たちは少し緊張する。


「大崎絵美と申します。大学では常にフル単、GPAも上位を保つよう努力していました。よろしくお願いします」


「島田晴香と申します。コンビニのアルバイトをずっとしていたので、マルチタスクをこなすことが得意です。よろしくお願いします」


「米田翔太です!…あ、申します!大学ではなんとか単位取れて卒業したっていうか…あ、あんまりこういうこと言うの良くないですよね、えっと、底力には自信があります!よろしくお願いします!」


「仲村真美と申します。私には特技はありませんが、コスメやCDを集めることが好きです。コレクターです。よろしくお願いします」


「小泉真理子と申します…。よろしくお願いします」


「それだけですか?何か一言ありませんか?」


柳田正志、相手が新入社員だろうとお構いなしだ。


「えっ、わ、えっと…えー……」


こんな時なんと言えばいいのか、事前に調べておくんだったと思った。



「かまへん、かまへん!」



大きな声が社内に響き渡る。

その声のあまりの大きさに、小泉真理子は一瞬、怒られたのかと思った。

しかし、どこか聞き覚えのあるフレーズが気になった。


「かまへんでー。一生懸命頑張ってな!」


テカテカした顔でニッと笑ったその顔は、今朝、電車内で鞄をぶつけてしまった人だった。

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