十四口目 出会い⁉
「ハァ……ハァ……ハァ……」
俺が逃げ込んだ場所、長い通りの先にあったのは大きな噴水広場だった。
楽しそうに談笑する若い
「……とりあえず休憩しよう」
俺は広場中央に
盗賊に襲われるわ、爆発に巻き込まれるわ、ついでに俺自身が泥棒と間違われるわで、もう散々な目に遭った。
理想と現実の
異世界に転生したらさぞ楽しいだろうというように考えてみたものだが、
「……ほんと、鶏に生まれて良かったー」
呟き、
それから
鶏にだって水道を使う権利くらいはあるだろう。俺は空に向かって軽く伸びをしてから、ゆっくりと立ち上がった。
「ああああもうっ、どうしれ昔っからああなのろぉ!」
背後から女性の
どうやら真昼間から外で酒を飲んでいるらしい。夢も希望もあったもんじゃないよ。
「……はぁ。どこの世界にもいるんだな、こういうだらしない人が」
ろくでもない大人だなあと思いつつ、噴水の縁から降りた俺は、ちょっとした興味本位で座っていた場所の反対側へと向かった。そして、ビール片手に
おいおい、マジかよ……。
つい
「ったく、なんれ私なんらっつーの」
お姉さんはゴクゴクと喉を鳴らし、アルコールを体内へと流し込む。
年齢にそぐわない豪快な飲みっぷりだ。もっとも、人は見かけによらぬものという言葉もあるが。
「……うわっ」
俺の口から自然と声が漏れた。
「んん?」
と、お姉さんが酔ってとろんとした瞳をこちらに向けた。
それから指先で
「なによぉ。どうせあれでしょ、みっともない女らなって思ってるんれひょ?」
「ソンナコトナイデスヨ?」
「ぜぇ~ったい思っへるれひょ! ほんとぉのことを言いなひゃいっ!」
お姉さんはそう言って、ひんやりとした缶で俺の頬をぐりぐりと押した。
「冷たっ! ちゃ、ちゃんと家に帰って飲まないとダメですよ」
「もぉ~話そらさないれっ」
「いやいや。お姉さん美人だし、こんな所で酔っ払っていたら危ないって」
それに白昼堂々、大勢の人間が見ている前で、若い女性が缶ビール片手に
事情を把握しているわけではないが、大方
「大丈夫ろ〜。らって、私すっごく強いんらもぉん」
手足をばたつかせて架空の敵を攻撃して見せるお姉さん。
お世辞にも優れているとは言えなかったが、それより何より、スーツスカートという服装が戦闘に向いていない。股を広げて脚をばたばたさせるもんだから、タイツ越しに見えてはいけないものが見えそうになる。
「わ、分かりました、もう分かりましたから! それ以上暴れないで下さい!」
「だめぇ〜。ぜぇ〜ったい信りてくれてらいもん」
「いや、ですから――」
言いかけて、口を
俺はごくりと生唾を呑み込んで、お姉さんに向かって
「すみません。今、誰と会話しています……?」
すると、お姉さんがにやりと笑う。
ぐびぐびと喉を鳴らしてビールを流し込むと、
「そんにゃの君以外にいにゃいでしょ〜がっ」
冷たい指で俺の額を
「え、いや、えっと……だって、俺、鶏ですよ?」
「あぁ確かにぃ。考えてみれば不思議ね〜」
「えぇ……」
「なんれ喋っれんの、君?」
「えぇ⁉」
「あははっ。最新のおもちゃらったりひれ〜」
むにーっと俺の頬を引っ張るお姉さん。
出会った人達の個性が強すぎて、もはやこの世界にまともな人間は一人もいないように思えた。
すると、その心中を見透かしたかのように、お姉さんは愉快そうに口元を
「ま、いいんらない? 一匹くらい人と話しぇる鶏がいれも」
「そういうものですかね……」
「そーゆーものよぉ」
お姉さんは缶底を天に向けて最後の一滴まで飲み干すと、中を覗いて「なんらぁ、もう終わりかぁ……」と呟いた。
「……」
そんな彼女の姿を見て、この人になら自分のことを話してもいいな、と思った。
いや……違うか。本当は自分の事を知ってほしかったのだ。元は人間で、どうして鶏の姿でいるのかを。
「あの、お姉さんっ! じ、実は……っ、俺――」
俺は全てを打ち明けた。
前世では人間の〈三枝光芭〉だった事。何者かに人違いで殺されて死んだ事。目を覚ましたらこの世界にいた事。
そして――
「あははっ。で、転生したら鶏だったんだ〜!」
俺の転生談を聞いたお姉さんは両手を腹の辺りに
「笑い事じゃないんですって……」
「ごめんごめん……ぷぷっ」
隣に腰掛けた俺は不満を口にするものの、お姉さんの笑いは一向に止まる気配がなかった。
最初のうちは割と真剣に話を聞いてくれていたのだが、段々と酔いが覚めていくにつれて表情が
「ぷははっ。あーもうダメ、お腹痛くなっちゃった」
「何がそんなに面白いんですか。こんな姿になっちゃうわ、トラブルばっかりだわで色々と大変だったんですよ?」
「えー私は可愛いと思うけどなあ、今のミツバ君。それにさ、ある意味で異世界生活を
と、赤い
「〈大変〉っていう字は〈大きく変わる〉って書くでしょう? 自分自身を否定したり、根っこから
脚を揺らしながら空を見上げるお姉さん。
目を細めているのは照りつける陽の光の
その口調は、俺にというよりも、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
「あ、あのっ!」
「ん?」
「その……お姉さん、良かったら俺とお友達になってくれませんか?」
「えっ?」
お姉さんは大きく見開いた
「あー……いや、その。お、俺には前世の記憶がありますし、そういう話とか興味あったらお姉さんも退屈せずに済むかなって」
「まあ、君がいた世界には興味あるけど……」
そこまで言って、お姉さんは何か心を決めかねているように沈黙した。
とはいえ、どうやら提案を嫌がっているわけではないらしい。ここはもう一押しか。
「ほら、お姉さんすっごく美人ですし! 俺的には友達以上の関係でも全然構わないですけどね!」
俺は片目を
だが、お姉さんは黙って
……やべっ、調子に乗りすぎたあぁぁぁああ!
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