第26話 空港にて

目覚ましで龍一が目覚めたのは午前5時。

花田の家で待ち合わせは午前6時だ、

この日は先日のプロレスに出場した選手たちが帰る日なので、

空港で待ち伏せしてサインをねだり、写真を撮ろうという策略だった。


朝に弱い龍一はゆっくりを身体を起こして少しボーッとする。

一点を見つめて目の焦点が合うのを待つのが龍一流。

徐々にボケていた焦点が合い、我に返る。

こうなった龍一はまるで時間に余裕が無いサラリーマンの朝のように、

歯を磨きながらズボンを履き、顔を洗ったら着替えつつパンを噛む。

1つの事をしながら別の事もする『ながら式』が龍一の得意技だった。


準備が整うと龍一は静かに玄関を出て鍵をかう。


靴のつま先でトントンと地面を突くと靴のかかとがきちっと足にハマった。

外人選手に『サインプリーズ』とスムーズに言えるよう、練習しながら歩いた。

心の声のはずがうっかり外に大きめに漏れていたことに気が付かない龍一。

『サインプリーズ』


『はぇ?』


早朝から庭いじりをしていた近所の婆ぁが返事をした。

『おはようございます』


作り笑顔で挨拶をすると婆ぁは『ふんっ』とブルース・リーのように、

顎をくいっと上げて挑発するような顔をした。

龍一は気分を害し『なんだババァこの野郎!』と言って走って逃げた。


花田の家に着くと玄関の前にすでに花田がいた。

『よう』と右手を軽く上げたので、龍一も『よ!』と右手で応える。

花田突然『桜坂、ちょっと見てくれよ』と言ってコインを自分の左の手の甲に乗せた。

外国のコインのようで、一円玉くらいの大きさ、銀色で女性の横顔が彫り込まれていた。

『これが?』と聞くと花田はコインを乗せたままその手をグーにした。

龍一の顔の前に花田は右手を持ってきてパチンと指を鳴らすと、

左手がくるりと回転して握った方を上にして見せた。

その手を花田が開くとコインは消えていた。


『え?』と驚く龍一に花田はその右手を開いて見せると、

その手の平には先ほどのコインがあった。


『スゲー!』


驚く龍一に花田は『俺、マジック好きなんだよね』と話した。

そこに中村とタカヒロが合流し、途端ににぎやかになった。

こんな状況、今までの龍一には無かったので、少し新鮮だった。

うぜぇとか面倒くさいとか感じない自分に龍一はハテナ?だったが、

とても心地よく、楽しいとさえ感じるのだった。


バスに乗り、空港へ到着した4人。

空港内に入って周囲をキョロキョロ見て歩く。

中学生にとって空港は滅多に来る場所ではないので、興味深々が止まらなかった。

タカヒロが龍一にニヤニヤしながら話しかけてくる。


『なぁ龍一、あの店員さん綺麗だな』


『店員って言うのか?シチュワーデスじゃねーの?』


『スチュワーデスだろ』と中村が突っ込むが、冷静に花田が『いや、係員でいいんじゃね?』

『そうだな・・・』と全員が納得。


『でもよ、龍一、龍一はあっちのお姉さんの方がいいよな?』


『やめろよタカヒロ』


『え?龍一は熟女好き?』『そうなの?』


『いや違うって!』


『まじまじ、おっぱいなんか垂れ乳が好きなんだぜ!』


『おいタカヒロ!違うって、重力にちょっと負けて横に流れた感じが好きなんだよ!』


『あー!自分で言ってやんの!』


『そうなのか龍一』『へー龍一はおっぱい好きなんだ、意外だな』


『おっぱいじゃねぇ!大人のおっぱいが好きなんだよ!』


いつの間にか全員が自分を「龍一」と呼んでいる事に気づいていたが、

なんとなく気恥ずかしかった。


そうこうしているうちにタクシーが到着した。


『誰だ?誰が乗ってる?』


『大仁田だ!大仁田じゃん!』


早速サインを貰いに駆け寄ると快くサインをくれた。

その後数台のタクシーが到着し、ジャンボ鶴田選手やジャイアント馬場選手をはじめ、色々な選手が降りて来た。外国人選手もたくさん到着し、殆どの選手がサインをしてくれたのだった。ファンサービスの一つなのか、もともとがそう言う人たちなのか、みんな優しく対応してくれて写真まで一緒に撮ってくれたのだった。


『来てよかったな!』と4人が満面の笑みで歩いていると、中村が一人の学生とぶつかった。『痛って!』その学生と中村が同時に振り向くと、その学生の仲間がゾロゾロと集まってきて騒ぎ立てた。どうやら修学旅行生らしく、旅先で暴れてやろうと言ういう悪戯心と、旅で気持ちが大きくなっているのも手伝い一触即発の空気となった。


『悪ぃ!』空気を呼んだ中村は素直に謝って見せたが、『それが謝る態度かコラ』とセオリーのように噛みついて来る修学旅行生。ざっと数えたところで向こうは10人、こちらは4人。龍一はキレたらそこそこ戦える、タカヒロも喧嘩慣れしており根性があるのを龍一は知っている。問題は中村と花田だ、手合わせした事はあるので花田はカンフー、中村は空手を使うのは分かっているのだが、実戦経験があるのかは聞いていなかったからだ。しかし、手合わせした感触では『行ける』と確信もあった、いや『行けるだろう』、『行けるんじゃねーかな…』


その時いきなり修学旅行生の一人が突き飛ばしてきた。金髪のリーゼントが突き飛ばしたのはタカヒロだった。細めのタカヒロはそう言う突き飛ばしや体当たり系にはめっぽう弱かった。とは言え負ける意味での弱いではなく、肉体的な弱点と言ったところだ。『こんのヤローがぁ!!!!』直ぐに起き上がって吠えるタカヒロ、素早く構えを取る花田、『ふーっ』と深く息を吐きながら修学旅行生を睨みつける中村。


『コラァ!なにやってんだ!』


一触即発の状況をたった一人の警備員が収めた。


中学生は警察や警備員に敏感だ。全員で回転ドアを抜けると金髪リーゼントがこっちこいよと言うジェスチャーをした。龍一は3人の顔を伺ったが、やる気満々で鼻の穴を広げ、目玉をひん剥いて奥歯を噛みしめている音が聞こえそうな顔をしていたので、覚悟を決めた。


金髪リーゼントの後をついて行く9人のヤンキー、その後ろをついていく4人。龍一は『このまま逃げたら?』と思う程その行列は異様で滑稽だった。そんな事を考えていると金髪リーゼントが左に曲がった、距離的には100mと言ったところだろうか、工場の倉庫らしき建物の角を左に曲がると、塀に囲まれた空き地があった。恐らくは倉庫で使う荷物置き場的な場所なのだろう、乾いた地面に大きなタイヤの跡が色んな方向に走っており、車の出入りがある事を物語っていた。


『ここ。喧嘩するにはいい場所なんだよね。』


『あぁ?お前旅行生じゃねーの?』タカヒロが首を斜めにし、眉毛を思いッきりハの字にして眉間にいくつもの皺を寄せて半歩前にでた。


『うるせぇな、転校してきて今はこっちに住んでんだよ、湯中の金獅子(きんじし)知らねーの?転校してきて即行3年迄シメてやったぜ、だからお前らも楽勝。』負けじとタカヒロよりも顎を突き出しより低い姿勢から舐めまわすようにゆっくりタカヒロの周囲を歩いて回った。


『湯中の番格かよ・・・』中村が静かに呟いた。転校して即1年と3年をシメてしまった男、その風貌と、圧倒的強さから金獅子と呼ばれているその男は前の学校の仲間が修学旅行で来るので、空港で落ち合う約束をしていたのだった。中村が番格と言ったように、その噂は他中にも広がっていた、言わば名のある男だったのである。



『あぁ?番格じゃねーよ、頭だよ、俺が湯中だよ』



龍一のタイプ『犬』が発動する。

いくつものタイプを持つ龍一のタイプの1つ『犬』は主に喧嘩の時にその能力を発揮する。しかし今回の犬の能力は犬の中でも『闘犬』の方だった、相手の動きを見てウィークポイントや能力を観察し、考察して戦うタイプ。金獅子の体格や相手に不用意に近づくあたり、武術と言うより喧嘩慣れによるものではないかと推測した。武道経験者であれば基本的に不意打ちを警戒し、自然に間合いを取るのではないか?と考えたのだ。だが侮れない、恐れずこちらの射程距離にズカズカと入るのだから余程の喧嘩経験と自信があるのだろう。


その時喧嘩っぱやいタカヒロが金獅子に殴り掛かった。


『ばっ!やめろ!』龍一が叫んだ瞬間タカヒロが鼻血を噴き出してよろめいた。

金獅子がタウンターで頭突きを見舞ったのだった。


『マジで強い』龍一がそう感じた瞬間だった。

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