三人で土蔵の扉口をくぐった。

 なかは薄暗かった。四方を囲む壁の上のほうに設けられた小さな窓から、かぼそい光が差しこんでくるばかり。暗いうえに、湿って、かびくさい。それでも、予想に反して蜘蛛くもの巣だらけでないのは、一応は掃除したということだろう。


 土蔵のなかは、存外広く感じられた。部屋の中央に、太い木の格子でかこんだ牢が設けられている。牢のなかは、四畳半より少し大きいぐらいか。若い身空でここに閉じこめられていたのでは、さぞかし窮屈きゅうくつであったろう、とときは思った。


 薄暗さにも目が慣れて、さらになかを見まわす。四方の壁のあちこちに、おふだが貼られていた。どれもかなり古びている。

 格子にも、いくつものおふだが貼ってある。あやかしを格子の内側に閉じこめておく意図で貼られたものか。


 ときは考える。

 ゆき姫のなきがらが運びだされたとき、いていたあやかしは、この牢から、あるいは土蔵から、出られただろうか?

 もし、これらのおふだが効いて、出られなかったとすれば、いまもこのなかにいる、ということになる。

 しかし、それにしては、強烈なあやかしの気配がしないのはなぜなのか?

 それとも、八十年のうちに、息絶えたか、消えたか、出ていったのか?

 答えは見つからない。


 左馬之介が先に立って、牢のなかにはいることになった。いまは、錠はかかっていない。高さが五尺に満たない格子の扉を開き、腰をかがめてなかに入った。

 姫が閉じこめられていたときは、ここに夜具や文机ふづくえなどがあったのかもしれないが、いまはなにもない。木の床が広がるばかりの、いたって殺風景な様子だ。


 ふと、ときは太い木の格子のひとつに目をとめた。

 おふだが一枚、肩くらいの高さに貼られていた。

「どうかしたか?」

「あれは?」

 父に訊かれ、ときは疑問を口にした。

 格子の内側に貼ったおふだなど、姫が簡単にはがしてしまうではないのか?


 それに対して語ったのは、左馬之介である。

「ゆき姫がおられたときに貼られた、とは限らぬぞ。姫が亡くなられて八十年。その間、何度もおはらいをしたという。そのとき、祈祷師が貼ったものではないのかな」

 左馬之介の説明を聞いてからも、ときはじっとそのおふだを見ていた。

「気になるのか、あのおふだが?」

「なんとはなしの嫌な感じが、あのおふだから、ちろちろと出ているような気がします」


 左馬之介がしたり顔で口を開く。

「たとえば、残り香のようなもの、ということはないのか?」

「残り香?」

「そうじゃ。八十年前、ここにはあやかしにとりつかれたゆき姫が閉じこめられておった。姫は亡くなり、運びだされて焼かれた。じゃが、あやかしの放つ気配だけは、残り香のように、牢内にこびりついておる。そうではないのか? それだけのことであれば、この格子を外へ出して焼き、土蔵をこわすことができる。どうじゃ?」


 左馬之介が、話を自分に都合のよいほうへ持っていきたい、というのはありありとわかった。しかし、簡単にはうなずけない。

「はてさて、なんとも言えませぬ」

 ときの答えに、左馬之介はまた小さく舌を鳴らす。いらだっている。


 とりなしに入ったのは、鬼一郎である。

「近藤どの、近くにゆき姫をまつった塚があるのですな?」

「そうじゃ、すぐそこにある」

「ではこうしませんか? いったん外へ出て、土蔵を外から見てまわる。それから、その塚を見る。そうしてから、もう一度もどってきて、あらためてこのなかを検分する、ということで」

 左馬之介はしぶい顔をしたが、結局は承諾した。

 三人で牢の出入り口をくぐりぬけ、土蔵の扉から出ていこうとする。


 と、そのとき――。

 ポン。

 背後で、鼓を打つ音がした。

 と、ときは思った。


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