#24 傾くクズンドラ@久米姉妹はゆっくりと立ち上がる




——イカサマダイス決戦前夜




「美羽……私がな、七家なないえの名前を出すなと言った意味が分かるか?」

「……六歌りっか姉さんに迷惑がかかるからでしょ?」

「はは……違う。私と関わりのあることをお前たちが自分から言う必要はないと思ったからだ。お前たちは顔を出していないとはいえ、一応有名人に変わりはないだろう?」



頭がとろーんってなってきた。六歌姉さんの作るお酒って美味しくてすーって入っちゃうから飲み過ぎちゃうのよね。だめだめ。敬愛する六歌姉さんがせっかく話しかけてくれているんだから、ちゃんと聞かなきゃ。



「いえ。あたし達が……有名になったのは、目的を果たすためなので。だから、目的のために手段は選ばないというか」

「もし、本当に危険になったら私の名前を出せ。さすれば——もし、どんなにヤバい状況になっても命までは取られることはないだろうな」

「いいの? 使わせてもらうよ? 切り札と言わず、はじめから」

「ばか。お前は本当に手段を選ばないな。だが、まあ、美羽なら構わないか。お前の夢は……」

「六歌姉さん……それは絵空事なので」

「ばか言え。夢はでっかくだろ。自分たちのような悲しむ人たちを一人でもなくしたい。これのどこが絵空事なのだ?」

「ただ……なくしたいわけじゃなくて……屈しないで欲しいだけ。世界から悲しみは絶対になくならないから」

「あいつらもか?」

「シナモンとリオン姉も……きっと同じ」



……ハル君だって、きっと分かってくれる。

そのためには手段を選んでなんていられないもの。

そして……魅音みおん姉のこと……魅音姉の屈辱は絶対に果たす。そのためには、どんなことだって。

もし……あたしが……っても……ハル君は分かってくれる?



蒼乃春輔あおのしゅんすけには話さなくていいのか?」

「……話したらハル君はきっと止めるから……。だって、もし作戦失敗したら」

「お前も女だな。筋をそこまで通さなくてもいいだろう? 逃げればいいだけじゃないのか?」

「いえ。そんな中途半端なキモチじゃ……負けちゃう。それに、命……掛けるのに……後ろ髪引っ張られたら本当に決心が鈍っちゃうから」



ハル君はきっとあたしを引き止める。

それで……またにして……。



「もし、あたし達が失敗したとして……ハル君だけでも助けて欲しいって言ったら?」

「はぁ……仕方ない。分かった。うちの半田を行かせる。腕っぷしは立つ男だ」

「もう大好きっ! 六歌姉さん」

「相変わらず調子の良いヤツだなお前は」



あ、ハル君がトイレから戻ってきちゃった。



「ん? 何の話?」

「ううん。ただの世間話。えいっ」

「お、おいッ!! 七家さんの前でくっつくなって。ご、誤解されるだろッ!!」

「誤解? お前達……恋人同士ではなかったのか?」

「ち、ちがう、違うって」

「違うの?」

「……え? あれ?」

「ん?」

「え?」




吹き出しちゃいそうになった。

もーっ。照れちゃって可愛いんだから。ハル君。




温かいなぁ……。



眠くなってきちゃった。



ハル君。






——1週間後。





「やっほーーーキャンディ・ストラテジーチャンネルのキャンディで~~す」




おお、始まった……。しかし、暴露系のVtuberなんて斬新ざんしんだなぁ。このキャンディちゃんの中身って……ヴェロニカだよな? え? 違う? 絶対そうだよね?



「ちょっと時間経っちゃったけど聞いて聞いて。ようやく久米夢実くめゆめみちゃんのスキャンダルの最新情報をゲットしました~~~パチパチパチ。それで、今日はゲストを呼んでいま~~す。はい、久米夢実ちゃん本人で~~す」

「ど、どうも……こ、この度は世間をお騒がせして——」

「夢実ちゃんんが謝ることじゃないんじゃないかな~~~って思いますね。だって、夢実ちゃんは被害者なんですよ? 大事なことだからもう一回言いますよ?」

「い、いや、その、私も……」

「こほん。えっとね。結論から先に言うと、脅迫でした。すでにその件で首謀者の、えっと、言っていい? あ。だめ? いや、言っちゃおうよ。もう言う。クズンドラっていう新しいプロダクションの幹部、海原ってヤツが仕組んだ、罠だったんです」

「あわわ……いいのかな」



大丈夫か……? まあ、だけどすでにネットに流れ出た夢実ちゃんの……写真は取り返しがつかないし。



「まず……夢実ちゃんをめた男は、先日逮捕された鬼島という男でしたね。彼は、夢実ちゃんの妹を人質に取られて、強引な手口で……夢実ちゃんを襲いました。そう、あの写真は彼氏との写真なんかじゃなくて……脅しのネタで撮られたものだったんです。鬼島と海原は裏でつながっていて……そう、ご察しの通り。うんうん。そう。あの問題の事務所移籍です。はじめはかたくなに夢実ちゃんは移籍なんてしないって拒否していたんですけれど。交渉が決裂したからって写真がばら撒かれて、挙げ句、さらに妹さんを人質の取られて仕方なく……事務所を移籍したんでしたね。ここまでオッケー?」



夢実ちゃんもVtuberのキャラ作ってもらったのはいいけど……泣いてるんじゃないかな。

すすり声が聞こえるよ……。



「はい。それで、クズンドラは今回の一件で謝罪文をホームページに掲載しています。が、夢実ちゃんに対しての謝罪は一切なく、ちょっと会社的にどうかなって思いますね。それはともかく、な、な、なんと夢実ちゃん……元の事務所に戻れることになりました~~~パチパチパチ。はい、ここで鬼島から取った証言を再生します。あ、ちなみに鬼島本人から承諾済みです~~~すごいでしょ」



留置所に面会に行ったヴェロニカの話によると、鬼島は七家六歌さんの名前を聞いただけで配信を許可したらしい。しかも震え上がっていたとか。

イカサマサイコロゲームで暴露した内容は夢実ちゃんの被害を証明する貴重な証拠だ。

あと、今まで被害に遭った人も相当数確認が取れたらしい。

みんな何かしらの弱みを握られていたって。



海原が捕まるのも時間の問題だろうな。

これはまさしく……強制性交罪として逮捕されるのは間違いない。

脅迫した上に襲ったのだから。

鬼島と海原の二人とも社会には当分出てこないだろうな……。



鬼島はすべてを隠すことなく自白したらしい。

それと、他の動画は世に出ることなくすべて押収されたとか。

出回ってしまったものは……なんとか火消しできないものだろうか。

だが、世間の風当たりは変わってきているし、もしかしたら……。



それと、まさか……萌々香まで絡んでいるとは思わなかった。

萌々香も大ダメージを負った。間違いなく大ダメージだった。

まだ取り調べを受けているらしい。鬼島と一緒にいたのだから当然といえば当然だろうけど。

あと、海原と一緒に組んでいたなんてバラされた挙げ句、夢実ちゃんに送っていた酷すぎるメッセージがネットに公開されて……。



正直……幻滅した。あいつ……中身はグレーどころか真っ黒じゃねえかよ。

付き合っていた当時……そんなこと夢にも思わなかったな。

まさか、夢実ちゃんをイジメていたなんて。信じられねえよ。




キャンディ・ストラテジーチャンネルの内容は瞬く間に世界に配信されて、本家のパーティー・ライオットチャンネルの再生回数を抜くんじゃないかって勢い。

そりゃそうだよな。




まさしく……反撃のきざしだ。




「ハルきゅ~~ん」

「はッ!? いつの間に?」

「ん~~~扉開いていたから」

「……ふ、不法侵入で——」

「ふふ。ねえ、ハル君。これで残るは……葛島隆介だけになったけど」

「……うん?」

「次はハル君の番だからね?」

「は?」

「だから、NTRの仕返しするのはハル君だよ?」

「……お、俺が?」

「……うん。魅音姉の……仇も同時に討つ」



だからと言って。



「なんでべったりくっついてんだよぉぉぉぉぉ」

「あたしと」

「あたしと?」

「ハル君は?」

「俺は?」

「濃厚接触可能者だからっ!!」

「い、意味分かんねぇぇぇ」

「えいっ」



く、くっつきすぎーーーーーッ!! 俺とヴェロニカは……。

ん。どういう関係だっけ。あれ。

なんだか、脳が麻痺して意味がわからんのよ。



「な、なあ……ヴェロニカ……俺、ヴェロニカのいったい?」

「離さない」

「え?」

「離したくない。このままずっとくっついて未来永劫過ごしたい」



ああ、つまり……こうか。



ヴェロニカーーー洗い物するから5歩向こうに行くぞ~~~。

う、うん。ま、待って。足がしびれて……。

あっ!! ト、トイレ……。

ま、待って動けないからもう少し。

も、漏れる~~~~ヴェロニカ~~~。



って、違ッ!!



「ふ、不便すぎーーーーーッ!!」

「不便でもくっついていたいの。だって……好きだから」

「ん? もっと大きい声で言えって。聞こえないぞ」

「なんでもなーい。ほら。今日はくっついたままデカイテレビ観るんでしょ」

「……なんで」

「なんでも」

「いいから離れろぉ~~~~~」

「イヤ」





とにかく……今日はヴェロニカが上機嫌だな。






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