#02 4人目の家族




「おおー、おはよーシナモンちゃん、どうぞお上がり〜〜」

「ハルさん、おはようございます。これはこれは、ご丁寧に。おじゃましま——」



って玄関入って1秒で固まったんだが、どうしたシナモンちゃん?

掃除したばかりでキレイだし、散らかっていな——あっ!



1LDKなもんだから、奥が丸見え。布団そのまま。

ここからは俺の予想な。

ヴェロニカはシナモンちゃんとリオン姉に、『ハル君のとこに泊まってくる〜〜』とかなんとか言って出てきたんだと思う。まあ、付き合ってもいない男の家に二人きりってのもちょっと異常な気がするんだが、なんらかの理由でシナモンちゃんとリオン姉をパス。


で、来てみたらこの有様。



布団一つしか敷いてねえじゃん。って。



「あのな。シナモンちゃん? 俺、無実だからね?」

「……と、ハルさんは言いました。けど、それは責任を取らないための口実なのです」

「なになになに。なんでナレーション的な口調になるわけ」

「しかし、いや、しかし。ハルさんは責任を取らざるを得ません」

「……待て。俺、本当に何もしてないからね?」

「だって、ヴェロ姉さんあんなに上機嫌だし。わ、わたしは……その、もう少し恥じらいを持ってほしいというか。その。生々しいお二人を見たくないというか」



完全に俺とヴェロニカが結ばれたと思ってるじゃないかーいッ!!

って、ヴェロニカッ!?

あれほど火は使うなって言ったのに。なんでフライパンから火柱が立ってるんだよッ!!



「あはは。油入れたらファイアーっ! て、なたよ……」

「あはは……じゃねえよ。木造建築45年舐めんなよ?」




慌てて消火。ふぅ。本当に笑い事じゃねえからな。ったく。




「ああ、そうだ。呆気あっけにとられてしましました。ヴェロ姉、大変なんですッ!!」



むぅ、と口を結んでヴェロニカ不機嫌そう……。なんだか感情の起伏が激しいな。



「シーナーモーン……4日後は!?」

「ク、クリスマス・イヴ」

「じゃあ、なんで様子なんて見に来たのっ!? 好感度上げなきゃなのっ!! めっ!! だからねっ!!」

「ご、ごめんぴーッッッ!! って、違うの。そうじゃなくて」

「……?」

「もうッ!! ヴェロ姉はスマホの電源落とさないでくださいッ!!」

「あ……邪魔されないように切ったままだった……」

「って、それどころじゃないですッ!! 魅音みおん姉が階段から落ちちゃったって、今朝連絡が入って」

「……え」

「それで、病院に運ばれたって」

「うそでしょ。大丈夫なの?」

「分かんない。だから、リオン姉と行ってみようって。ヴェロ姉は行く?」

「行くに決まってるでしょ。待って、大至急準備するから」



みおん姉? 誰のことだ? 

それに階段から落ちたって、只事ただごとじゃねえよな。



「ハル君も準備して。すぐに行くから」

「俺も?」

「うん。最悪の場合に備えて紹介したいの。お願い」



いやいやいや。なんで俺がそんな知らない人に紹介されなきゃいけないんだって。

……え? あのヴェロニカが割とマジな顔してる。というよりも、泣きそうなつらか。



「……分かったよ。料理は後だ。風呂に入る」

「……仕方ない。時間がないから一緒に入っ——」

「ヴェロ姉、ふざけてる場合じゃないからね?」

「う。分かった。とりあえず着替える」



なんで本当に悔しそうな顔してるんだよ。とにかく、寝汗がすごい理由は、お前だからな。なんでいつもそんなに距離感が近いんだよ。ったく。

ヴェロニカは結構運動しているらしくて、代謝が良いんだろうな。

冷え性ではない。うん、絶対。




んで、電車に乗ってはるばるとやってきた多摩センター。駅でリオン姉と合流して、タクシーに揺られること10分。病院に到着して病室に駆け込んだ。



「ごめんねぇ。みんなに心配掛けちゃったねぇ〜〜〜」

「もう……魅音みおん姉。心配したんだからねっ!!」

「わざわざ来てもらっちゃってありがとう。美羽みう、元気そうね」

「魅音姉さん、よがっだぁ、よがっだぁぁぁっ!!」

紫音しおんは泣かないの。ほら、お菓子あげるから」

「いつまでも子ども扱いして。魅音姉、やっぱりわたし達と一緒に住もうよ?」

「ああ、シナ——紫音しおんの言うとおり。私たちはいつでも姉さんを受け入れられる」



姉さん? あれか、前にチラっと言っていたシナモンとリオン姉のお姉さんか。

シナモンが宮島紫音みやじましおんで、リオン姉が宮島凜音みやじまりおんだっけ。

どうりで美人なわけだ。少し癖のある長い髪を一本に縛って肩から垂らしているけど、妙にそれが色っぽいというか。リオン姉とはまた別の色気があるな。

年上の憧れのお姉さんって感じ?

頭に包帯巻いているけど、痛かったろうに。



でも、どうして階段なんかから落ちたんだ?



「ハル君? 今、なにかいやらしい想像したでしょ?」

「ファッ!? してないしてない」

「ああ、ハル殿、紹介する。私とシナモンの姉の、宮島魅音みやじまみおんだ」



かしこまって紹介されると緊張するな。



蒼乃春輔あおのしゅんすけです……いつも、三人にはお世話になっています」

「ごめんねぇ。みんなマイペースでねぇ。とくに美羽なんか、春輔君に甘えて大変でしょう? でも、美羽を受け入れてくれてありがとう。わたしもホッとしてるのよ」

「い、いえ。美羽から俺の話を?」

「ええ。施設にいる頃から何度も。最近なんて電話でノロケ話を毎日聞かされてねぇ。いい男じゃない。これからも美羽をよろしくね。できれば早く結婚してくれるとありがたいんだけど」

「ちょ、ちょっと。魅音姉っ!!」



よく見たら、窓際のベッドサイドに車椅子が置いてある……。もしかして。



「魅音さんは……その、脚が?」

「……うん。そうなんだ。病気になっちゃって。でも大丈夫」

「大丈夫じゃないよ。魅音姉、お願いだから家に来てよ。家広いし、エレベーター完備だし」

「いいの。3人は3人の生活があるんだから。わたしは意外と不自由なく暮らしてるでしょ」



優しい眼差まなざしでさ。まるで陽光ようこうのような、ぽかぽかした人なんだな。

3人がなついているって言ったら失礼かもしれないけど、信頼していて、大好きなんだろうな。

姉さんか。妹じゃなくて、こんな優しい姉さんがいたら俺も甘えていただろうか。



ところで、なんで俺を紹介したんだ?



病室から出た瞬間、みんな無言。

魅音さんの前では、あんなに明るかったのに。



「ハル君、付き合ってくれてありがとう」

「いや、いいけど。なんで魅音さんに俺を紹介したんだ?」

「ずっとね、施設にいた頃から、ハル君のことを話していたから、魅音姉もいつか会ってみたいって」

「なるほどな。それにしても優しそうな人で、美人でうらやましいな」

「でしょ。でも、魅音姉は……」

「ん?」

「ううん。なんでもない。さて、食べそこねたご飯でも食べるとするかーっ!」

「「「おーっ!」」」



勝鬨かちどきを上げなかったからって、俺を一斉に見るなって。



「食べるとするかーっ!!!!」

「「「おーっ!!」」」

「お、おー……」





『移りゆく季節に車輪をいで』のモデルが魅音さんだということを知ったのは、定食屋に入ってすぐのことだった。



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