#09 VS 隆介に至る1時間前【前哨戦】からのデートごっこ



「来てくれたんだな。ありがと」

「あ、ああ。偶然通りかかったから」



ヴェロニカが本を差し出した。



隆介りゅうすけがとなりの空席をぽんぽんと叩いたら、ちゃっかり萌々香ももかが座ったくらいにして。当てつけかよ。だめだ、だめだ。平常心、平常心。俺はもう萌々香と無関係。無関係。

何も感じないただの他人。他人だから萌々香が誰と何をしようとも俺には関係……ナッシングぅぅぅぅぅっ!!



「あたし〜〜〜あくび丸先生の大ファンなんですぅ〜〜〜きゃあッ!! 実物もカッコいい!!」

「え”ッ!? ヴェロニー!?」



胸の前で五指ごしを組んで目をキラキラさせて……隆介を見つめる姿はどう見ても一介のファン。あんなに嫌いって言っていたのに。



「ありがとう。君、春輔しゅんすけの彼女? ほんとに!? 可愛いなぁ。春輔も別れたばっかりで早いね」

「彼女さんじゃないみたいなの。なんだか、P・ライオットのヴェロニカちゃんファンみたいで、似せてるんだよ。信じられないよね。隆介くん、ほら早くしないと後ろ詰まっているよ?」

「ああ、そうだね。ねえ、君、もし良かったら一緒にお昼でもどう? もちろん、春輔と一緒に」

「えぇぇ!? いいんですか? どうしようハル君?」



もちろん、ブンブンって頭を横に振るよ、そりゃあ。



「ハル君も行きたいって言ってます♡ ぜひ、ご一緒させてくださいっ♪」

「ふぁぁ!? あれ、俺、今全力で拒否したんだけど……」



(この、クズ助、そうね、あだ名は『ご時世なのに密男みつおでファ○ク葛島』に仕掛けたいことがあるの。ごめん。嫌だろうけどハル君付き合って)

(えぇぇ。なにその微妙なネーミング……)

(そこじゃない!! とにかく、考えがあるからお願い♡)



「じゃあ、この後、11時に3軒となりのビル2階に入るイタリアンでいいかな?」

「もちろんですっ♪ ああ、楽しみ。先生からどんなお話聞けるのかな」



後ろのお客さんに先頭を譲って振り返った瞬間、ヴェロニカの顔が一変。



「胸糞悪い。あたし、ああいう男が一番キライ!! 小学校の頃からあいつ——」

「小学校?」

「ああ、なんでもないなんでもないっ!! とにかく、一泡吹かせるわ」

「いや、無理しないほうがよくないか?」

「それに、あの女めッ!! キッーーーーっ!!」

「まあまあ、怒りを収めて」

「……ふぅ。そうね。ごめんハル君。あたしの嫌な面見せちゃったね」

「いや、そんなことないよ。誰にだって感情はあるからさ」



隆介に因縁があるって言っていたけど、そうとう根は深いんだな。



え? 



横を見たらヴェロニカはうつむいているんだけど、そっと俺の左手のいる。冷たくて小さい手だけど、柔らかくて。



「ヴェロニー?」

「ハル君はさ……あたしのこと……をさ」

「これは?」



掴まれた小指を持ち上げてみせた。ヴェロニカは俯いたまま。



なんで小指をつままれたんだろう。隆介に屈して逃げ出すとか思って捕獲されているのか。

ああ、そういうことか。

確かに逃げ出したいけど、ヴェロニカ一人行かせるわけにはいかない。

だって、絶対暴走するでしょ。この子。

俺が止めなきゃ。



大人気Vtuber『キャラメル・ヴェロニカ』レストランで罵詈雑言ばりぞうごんの一部始終!!

人気作家に食って掛かって大乱闘寸前!!



とかって誰かに撮られてネットに上げられたら目も当てられないもんな。

だから俺が守る。うん、決めた。



「ごめんね。少しだけ触れていたいの。いいかな?」

「え? 捕獲じゃないのっ!?」

「ぷっ!! 捕獲って。あたしは密猟者かーいっ!!」

「じゃ、じゃあこれなんなの……やっぱりつつも——」

美人局つつもたせじゃありませーん。いいのいいの。ハル君が不快じゃなければさ。11時まで1時間以上あるからデートごっこでもしようよ」

「ヴェロニーとデート……うぅ怖い」



渋谷なんて萌々香と来た以来だな。だって、用事なんてないし。それに肩ぶつかっただけで怖いお兄さんにボコボコにされそうで怖いし。



「あ、そうだ。キャットストリート行っていいかな?」

「……? 分からないけど、どこでも」

「ありがとっ♪」



キャットストリートというのは、渋谷と原宿あたりを結ぶ路地? なのかな。

おしゃれな店がのきを連ねている。人はいるけど、スクランブル交差点のような喧騒感けんそうかんとは程遠くて。なんだか落ち着くかも。ヴェロニーのお気に入りの店があるのだとか。



「ここ」

「へぇ。雑貨と家具を扱う店?」

「うん。知り合いがやってるお店なの。昭和レトロな家具とか置いてあって、嫌なことあったときとかに来るんだ」



確かに、店内は別世界だな。あえて天井の照明を落として床からのオレンジの間接照明で家具を照らしているのか。



「ほら、いい匂いするでしょ? 木の匂い」

「ああ。うん。ヴェロニーは家具好きなんだな」

「家具というか、家庭ってお父さんとお母さんがいて、こういう家具に囲まれて部屋があって。そういうのに憧れているっていうか。あたしにも昔はあったんだ。でも全部壊れちゃった。ここは、そういうのを思い出せるっていうかさ。昔、幸せだった頃を思い出せるっていうか」

「そっか。辛い過去があったんだな。すまん」

「なんでハル君が謝るの?」

「俺、割と幸せに育ってきちゃったから。その気持ち分かってあげられないなって」

「ぷっ!! あははは。ハル君ってだね。その言葉だけで十分なんだけどなぁ」



猫脚で花柄の生地のソファまで引っ張られて半ば強引に座らされた。小指の捕縛が取れない限りヴェロニカのなすがまま。あれ、なんだかこれって、ごっこじゃなくて、デートそのものじゃないか?



ヴェロニカがちょこっと隣に座って……距離近ッ!! あれれ、ずりずり近寄ってきて、俺の左の肩に頭を乗せて……ヴェロニカ。待て。待て待て待て。こんな人の目のあるところでそんなに密着したら……うわああああ既成事実ってやつじゃないかーいッ!



「やっと二人きりになれたね」

「え……いや」

「今日は、あたしのワガママに付き合ってくれてありがとう。ずっとね、この日を待っていたんだよ?」

「どんな日?」

「誰かにより掛かれる日」

「ああ、ソファに座って頭をもたれる日か」

「そういう意味じゃないんだけどなぁ。でも、おんなじか。さて。気分も落ち着いたし、行こうか」

「ああ、うん」



だが、小指の捕縛は剥がれないのな。ヴェロニーは少しセンチメンタルなのかも。初めて出会った日と昨夜、今朝に比べて、今はなんだか雰囲気が違うような。

どこか懐かしくて。

あれ、なんでだろう。出会ったばかりなのに。



そして、ソファを買った。大事なことだからもう一度言う。

ヴェロニカがソファを買った……。ウン万円もするのに。



理由をくと。



「だって、ハル君と一緒に座ったソファだもん。他の人に座らせたくない」って言って、知り合いらしき店長呼んで、即刻、奥に引っ込ませてビニールを掛けてもらったという……ワケワカラン。

発送は来週だって言われて、なぜか凹むヴェロニカ。

だって、持って帰れないでしょうよ。そんなに気に入ったのか。



そのあとも、しばらくブラブラしているうちに11時に近づく。移動してイタリアンのお店に。



ビルの二階に入るイタリアンの店の扉の前で待っていると、来たわ……。



萌々香の肩に手を回して身を寄せ合いながら階段を上ってくる葛島隆介くずしまりゅうすけが。


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