-.はーとろっく


 時々、考え込んでいる。

 なぜ母は、妹として彼女を産んだのだろう、と。


 一度目の、わたしを無事に産み落としたときに、思ったはずなのだ。


 ああよかった、と。


 怖ろしい血筋の呪いに、心はおだやかでなかったはずだ。ところが何の無理もなくわたしを産み終えて、安堵を得なかったはずがない。


 一度目は成功したのだから、二度目も大丈夫――なんて、気楽に考えたのだろうか。

 あるいは、充分に覚悟していたのなら、そうまでして二人目を作ろうと思った理由は、何だったのだろうか。


「窯(よう)香(か)、さわってごらん」


 時々、夢で母の声を聞く。少し若い昔の声。


 誘われるまま、母のおなかに手を当てる。

 あたたかい熱が伝わる。かすかな鼓動が指先をくすぐる。


 抱き寄せられるまま、ふくらんだおなかに耳を押し当てた。

 華奢(きゃしゃ)な心音を聞く。すこやかに流れる血潮に頬で触れる。


「お姉ちゃんも、ここにいますよーって、教えてあげて」

「ここだよー」


 とんとん。指でたたく。

 答えるように、力強い振動が耳に伝わる。


「そこにいるの?」


 とんとん。


「ここにいるよ」


 とんとん。


 ここにいるよ。わたしはここにいる。


 あなたは、そこにいるの?

 いつか、ここにくるの?


 とんとん。あなたは、ここにいていいよ。

 とんとん。わたしは、ここにいていいの?


 とんとん。――どん、どん。


 ねえ、お母さん。


 訊きたいけど、訊けなかったこと。


 どうしてこの子を――なんてことではなく。


 わたしにとって、本当に怖かったこと。

 わたしが本当に母の望むものではなかったということ。






 母が欲しかったのは、ろくろっくびの子だったんじゃないかということ。







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