第44話 礼をもって礼に応える(9)

 翌日、実菜穂は陽向にアサナミの出来事を話すと陽向は目を輝かせていた。


「やったよ。それ、アサナミの神の意思だよ。みなもは、まだアサナミのもとに行っていない。アサナミは実菜穂ちゃんに記憶の一つを与えた。それがどういうことか・・・・・・実菜穂ちゃん、何かお願いした?」


 陽向は含み笑いをして実菜穂をじっと見た。その視線に実菜穂は上目使いに陽向を見ると顔を横に背けた。


「陽向ちゃんに言われたことは、守るつもりだったんだけど、実は・・・・・・・」


 実菜穂は申し訳なさそうに、願ったことを話した。陽向はそんな実菜穂を可愛らしく思いながら見ていた。


「実菜穂ちゃん、それは覚悟だよね。アサナミはそれに応えた。そうであれば、アサナミも水波野菜乃女神もみなもを消すつもりはない」


 陽向はグッと握り拳を作って、ガッツポーズをしてみせた。


「実菜穂ちゃん、いけるよ。あとは、しっかりみなもが帰る場所を作るだけだよ」 

「帰る場所・・・・・・祠のこと?」


 陽向は首を振ると、実菜穂をグイッと抱き寄せて左胸に手をあてた。実菜穂は電気が走ったように身体を一瞬ビクッとさせると、驚いて陽向を見つめた。実菜穂の胸はかなり高鳴っていた。陽向も実菜穂の鼓動を直に手で感じていた。二人はしばし見つめ合った。ちょうど、神霊同体でみなもと日御乃光乃神が見つめ合ったときのように。


 陽向は実菜穂と間近に顔を突き合わせると、言葉をかけた。


「祠は、みなもにとって寝床みたいなところ。それは、帰る場所じゃない。本当に必要なのは、実菜穂ちゃんの中にあるみなもへの思い。水波野菜乃女神にさえも触らせなかった聖域。そこにアサナミはみなもが神となったときの記憶を刻んだ。それこそが、みなもが帰る場所」


 今度は実菜穂を自分の胸に抱きしめた。陽向の柔らかい胸から鼓動が実菜穂の耳に届く。優しく波打つ美しい鼓動が実菜穂を包んだ。


「みなもは、消えてはいけないの。神と人は長い時を経てあまりにも離れてしまった。このままでは二度と元に戻ることはできないほどに離れていってしまう。みなもは、神と人を繋ぐ大切な存在。私の鼓動がいつまで続くか分からないけど、みなもといたら、もっと沢山の神と出会えるとんじゃないかと思う。そうなれば、きっと神と人はまた近づくこともできるんじゃないかって。私、もっと神様のこと知りたいの。実菜穂ちゃんやみなもと一緒にもっと沢山の神様と出会いたい。だから、みなもに帰ってきて欲しい。みなもがいないと本当に神と人はバラバラになるんじゃないかと思う。その先にあるのはもしかしたら・・・・・・」

「陽向ちゃん、私も同じこと考えてた。みなもや火の神それに陽向ちゃんと神社を巡れば、神様を見ることができるんじゃないかって。『神の眼』で見ることができれば、きっと知らない神様にも出会えると。ワクワクするなって。みなもが、人を理解しようとしたように、私も神様をもっと知りたいって。神様の世界に何があるのかを・・・・・・」


 陽向は実菜穂を引き寄せた。実菜穂は、一瞬驚いたが陽向の腕の中にその身を預けた。陽向がゆっくりと実菜穂と唇を重ねた。実菜穂は抗うことなく、陽向を抱きしめた。


 実菜穂と陽向は抱き合い、目に涙を滲ませた。それは、けして埃っぽい空気のせいではなく、もうこれしか帰る場所を示す手だてはないことを二人で確認した涙だった。不安がないと言えばそれは正直なところではなかったが、ただ、みなもに帰ってきて欲しいと思うことが唯一の手段であると確信していた。


 二人は、祠が移設完了する5日後に舞うことを決めた。


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