夜に花咲くプリンセス

鮎猫

第一話 眠り姫

 自宅のリビングにて——。

 俺は、隣で俺の肩に頭を預けてすやすや眠っている幼馴染みの可愛らしい寝顔を眺めていた。

 花束はなたば——それが幼馴染みの名前で、俺は『ハナちゃん』と呼んでいる。

 ハナちゃんは日本人の父親とドイツ人の母親をもつ所謂いわゆるハーフで、その容姿は母親に似たのか妖精のように可愛くはかない。

 髪の色は生まれつきの暗めの金色ダークブロンドで、開けば大きな瞳の色は透きとおるような蒼色ブルー

 体は華奢きゃしゃで、肩幅は狭く手は小さく割と色白。

 胸元は小さめながらも女の子特有の膨らみがあり、お腹とお尻も小さい。

 小食ではないはずなのだが、もっと食べたほうがいいんじゃないかと心配になるほど贅肉ぜいにくがないので、周りの女子からは羨ましがられている。

 俺とハナちゃんは単なる幼馴染みであり恋人である事実はないのだが、学校内では公認夫婦扱いされている。

 ところで、俺の名前は秀一しゅういち——ハナちゃんからは『シューくん』と呼ばれている。

 こうして隣で可愛い幼馴染みが眠っているというのに、俺の心が波ひとつたたないほど冷静なのは、ひとえに付き合いの長さ故だろう。

 寝顔は……寝顔も可愛いが、その程度では動じない鋼のメンタルを手に入れることができたのは、ハナちゃんの無防備さが尋常ではなく、ある程度慣れてしまったがためである。

 あどけない寝顔を見せてくるなんて序の口で、着替えを手伝わされることなんてしょちゅうだ。

 ハナちゃんの胸が膨らんできた中学生の頃はドギマギしたものだが、そのおかげ(?)で思春期男子らしからぬ女の子耐性を得たのだ。



「すぴー……」

 今なお気持ちよさそうに寝息をたてているハナちゃん。

 ハナちゃんはゲーマーで、徹夜してまでゲームに没頭する超夜型。

 そのため朝はいつもこんな感じである。

 とはいえ、そろそろ起こさないと学校に遅刻してしまうのだが……。

「ハナちゃん、起きて。遅刻するよ?」

「すぴー……」

 呼びかけても体を揺すっても起きない。

 いつものことではあるが、胸を触られても起きそうもないのは問題だと思う。

 眠っているハナちゃんの胸を興味本位で触ったことがあるわけではない——そもそも起きてる時ですら触ったことはないけど。

 触ってみたいと思ったことは……それは年頃男子なので、素直にあると答えよう。

 話が逸れた。

 とにかく何をしてもハナちゃんが目を覚ますことはないので、今日もいつも通り、俺がハナちゃんを背負って学校へ行かなければならないらしかった。

 …………。

 余談だが、リビングには母親もいたのだが、俺とハナちゃんのやりとり(?)は日常と化しているので、おんぶした程度では何も言ってこない。

 せいぜい家を出る前に「いってらっしゃい」と言ってきたくらいだった。


      ***


 ハナちゃんを背負ったまま学校に到着。

 道中、一般の方やまだ見慣れていない下級生たる一年生はともかく、俺たちと同じ二年生や上級生たる三年生の面々は見慣れた光景で、好奇の目で見てくる者はいなかった。

 むしろ温かい目で見てくるくらいである。

 当事者としては多少の恥ずかしさはあるんだけど。

「すぴー……」

 もうひとりの当事者は暢気のんきなものである。

 もう少し女の子としての自覚を持ってほしいというか、俺を男として意識してほしいというか……。

 教室へ入るなりクラスメイトたちから挨拶をされる。

「今日もお勤めごくろうさん」

「おはよー浅井あさいくん。今日も女連れ?」

「あんたたちいつ結婚式挙げるの?」

 挨拶じゃないのも混じっているが、だいたいいつもこんな感じだ。

 ちなみに浅井というのは俺の苗字である。ハナちゃんの苗字は深井ふかい

 浅井あさい秀一しゅういち深井ふかい花束はなたば

 テストに出るから覚えておくように。

 冗談はさておき。

 ハナちゃんは自分の席に下ろされるなり、机に突っ伏して眠りを継続させている。

 おそるべき睡眠欲。

「なーに彼女の寝顔見てにやにやしてんだよ」

 一年の頃から付き合いのある駿輔しゅんすけが、近づいてくるなりそんなことを言う。

「にやにやなんてしてないだろ」

「そうかぁ?ま、おまえの場合年中そんな顔か」

 俺とハナちゃんの顔を交互に見ながら意味ありげである。

「俺とハナちゃんはただの幼馴染みだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「以下でもないってのには激しく同意するが……それ以上ってのは、全校生徒に訊いたら全員が『それ以上じゃなきゃなんなんだ』って返すだろうな」

「だから幼馴染みだって」

 隣の席で寝息をたてる幼馴染みの顔を見やる。

 担任の……というよりクラスメイトたちの『浅井と深井はセット』という計らいにより、席替えがあっても俺とハナちゃんは隣の席にさせられている。

 とはいえ嫌というわけではもちろんなく、むしろありがたいんだけど……。

 皆から恋人認定されているというのは、未だに慣れないというか、こそばゆいというか……。

「ま、なんでもいいけどよ」

 それよか、と続ける駿輔。

「おまえらどこまで進んでんの?」

 なんでもいいんじゃなかったのか。

 駿輔も存外ぞんがいしつこいやつである。

「そもそも、ハナちゃんは俺のことを男として認識してないんだよ。じゃなきゃ着替えさせたりしないし、ひどいときだと体を洗ってほしいがために『一緒にお風呂に入ろう』って言うくらいだぞ」

 さすがに一緒にお風呂は断っているが。

 思春期男子が同い年の女の子とお風呂って……いくら俺が女の子に耐性あるとはいえ、理性が保てる自信がない。

「なんつーか……むしろ熟年夫婦?」

「やめろ。せめて父と娘と言ってくれ」

「それでいいのか……」

 父娘おやこ発言に呆れたのか、駿輔がため息を吐く。

「つかおまえ、深井さんのこと好きなんだよな?」

 突然核心を突いてくる駿輔。

 俺は慌ててハナちゃんへと目を向けた。

 よかった……安らかに眠っている。

「寝ているとはいえ、ハナちゃんの前でなに言い出すんだよバカ」

 好きなのは事実だけど……。

「前に言ってたろ。まぁ言われなくてもバレバレなんだが」

「バレバレって……俺、そんなにハナちゃん好き好きオーラ出してる?」

「それもあるけどよ、少なくともおまえと深井さんの関係性を知ってるやつら……たとえばうちのクラスの連中なんかは気付いてるね」

「そんなまさか……」

 考えてもみろ、と駿輔。

「身内ならいざしらず、好きでもない女の着替えを手伝ったり、おぶって学校に連れてきたり、一緒に風呂入ったりするか?」

「いやお風呂は入ったことないから」

 そこだけは訂正させてもらう。

「浅井の好きな子が深井さんだと思うやつ挙手!」

 駿輔が唐突に大声でそう叫ぶ。

 ハナちゃんが起きたらどうするんだと思う暇もなく、既に登校している全クラスメイトが同時に手を挙げた。

「全会一致ってやつだな」

 駿輔の言葉に頷くように、クラスメイトたちがうんうんと首を縦に振っていた。

「マジか……」

 クラスメイト全員が俺の好きな相手を把握してるとか、ふつーに恥ずかしい……。

 などと思っていると——。

「てゆーか、二人が教室でちゅーしても驚かないよね」

「それな!ハナもぜってー浅井ラブっしょ!」

「あ、さすがに教室でのは勘弁ね?」

 女子たちが口々にそんなことを言いはじめる。

 おっぱじめるって、俺たちをなんだと思ってるんだ。

 どうツッコんだものかと考えあぐねていると、朝のホームルーム開始の鐘が鳴った。

 教室内に一瞬の静寂が訪れるも、我がクラスの担任が未だ顔を出さないのを見て、静かに会話を再開するクラスメイトたち。

「ハナちゃん、そろそろ先生来るから起きないと」

 ハナちゃんの口からよだれが垂れていたのでハンカチで拭きとりつつ、肩を揺する。

「んー……」

 ハナちゃんは小さなうなり声をあげながらも、未だ夢の中のようだった。

 涎を垂らす寝顔すら可愛いって、罪だよなぁ……。

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