心美は己の身に起きたことを理解した。

 それに憧れていなかったと言えば嘘になる。


 しかし、あまりにも急すぎた。

 突然訪れた死によって、そして転生という形でこれまで過ごしてきた環境や家族と引きはがされたのだ。


 心美はそれを認めて泣いた。

 とても複雑な気持ちだった。

 死んだはずの自分がこうして生きていられる喜び。

 しかし、もう家族と会うことはできないと思うと涙が止まらなかった。

 それでも、もう一度得た生をこのまま棒に振っていい理由にはならない。


「ふぅ……随分泣いたわね。ここが人気のないところで助かったわ。おかげで少し落ち着きましたし……さて、これからどうしましょうか?」


 そう簡単に気持ちの整理や切り替えができるわけではないが、転生してしまった以上この世界で生きていくしかないのだ。

 それにあたって心美にはいくつか心配事がある。


「ここは多分森……ですよね。ここを抜けて人のいるところに行きたいですが……それは得策ではないかもしれませんね」


 通常ならば人のいる村や町を探して、そこを拠点に生活を組み立てるのがいいだろう。

 しかし、気がかりなのはその容姿だ。


「この眼……普通ならば恐れられるわよね」


 再度己の額に開く瞳を眺めてため息をつく。

 心美の場合はその眼を見て驚いたり怖がったりするよりも、死の自覚や家族との別れの認識で先に感情を埋め尽くされた。

 改めて確認してようやく不安の感情に駆られる。


 心美自身三つ目の眼があることに驚きはしたが、転生という突飛な出来事を体験した後だ。そんなこともなくはないだろうと割り切っていた。

 だが、他人の感情は分からない。

 この見た目を受け入れてもらえず非難されるかもしれない。


「そもそも私は人間なのでしょうか? そしてこの瞳は何なのでしょう? まさかただの飾りなんてことはないですよね?」


 自分は人として転生したのか、それとも人外として転生したのか。

 分からない。だから怖い。


 ヒトは未知に恐怖する。

 心美は今の自分が人間であるか分からないため、自嘲気味に呟く。


 そして額に開いた三つ目の眼。

 軽く確かめたところ閉じたり開いたりは己の意思でできるため、心美の身体の一部であることは間違いない。

 しかし、その瞳が何を映しているか分からない。


「あれ? なにこれ? もしかして……」


 だが一つ分かったことがある。

 その瞳を自分の体の部位と正しく認識したことで新たな発見。

 心美は両手の手のひらを下に向けて、何かを払い落とすように腕を振った。

 するとにゅるりと滑り落ちるように、二つの球体が宙に浮いた。


「手のひらに額の瞳と同じようなものを感じたのでまさかと思いましたが……やはりありましたか。しかし、身体から分離できるとは……」


 心美は宙に浮く瞳のついた球体を手のひらに乗せる。

 速度は出ないが身体の近くならば自分の意思で操作が可能らしい。


 そして戻そうと思うと手に沈んでいく。

 額にある瞳のようにそこにあると一目で分かる形に留めることもできるが、その瞳の存在をうっすらとしか気づいていない状態の時のように、完全に隠すこともできることが分かって心美は一安心した。


「あ、やっぱり。額の瞳も沈めるように意識すれば隠せるのね。逆に浮き上がらせるイメージをすれば……分離もできる」


 現状、瞳は球体の状態で額、左右の手のひらに存在する。

 未知だった瞳について一つ知ることができたのは大きい。


 長い髪に隠れていたとはいえ完全に隠せるわけではない。

 それを自分の意思で目立たなくできるのは、心美にとって非常にありがたい発見だった。


「でもこちらの瞳は開きませんね。どうしたのでしょうか?」


 左手のひらに浮かぶ閉じた瞳は心美の意思でも開けることができない。

 とはいえ、額の瞳が開いていても特に変化もなかったことから取り急ぎ開いて確かめる必要もないと判断し左を諦め、右へと対象を変えた。

 心美の意思に従ってゆっくりと開く瞳。すると今までにはなかった変化に見舞われた。


「……私を上から見ている? 通常の視点とは別の視点を発生させる力なのでしょうか?」


 心美は変わらずに川を正面にして座っている。

 しかし、その眼を開いた途端に現れた視界は心美自身を上から見下ろしていた。

 そしてその視点は動かすことができて、自分の顔を正面から見たり、少し離れたところまで視線を飛ばしたりすることもできた。


「これは便利ですが少し疲れますね。見れる距離に制限があるみたいですが、千里眼……というにはおこがましいのかもしれませんがこれは助かります」


 千里を見通すとは言えない目だが、自分の姿を鏡なしで見れたり、離れた場所を観測できたりするのは便利というほかない。

 心美はその瞳を名目上千里眼と名付け、確認が済んだ右手の瞳を閉じて手のひらにひっこめた。


「しかし、この眼で見た情報が正しいのであれば、随分と広い森ですね。限界まで視線を

飛ばしても一面緑じゃないですか」


 心美はどうしたものかと考えこんだ。

 視線を動かせる正確な限界距離が分からないためはっきりとはしないが、それでもかなりの距離を飛ばしたと自負している。


 やみくもに歩いても果てしなく広がる森からは出ることは叶わなかったかもしれない。

 そう思うと大して移動することもなく情報を得られたのは幸運だった。


「野宿も覚悟しておきましょう。日が暮れる前に何か食べられそうな物でも見つけられるといいのだけれど……」


 それこそ千里眼の力が役に立つ。

 心美は再び右手の瞳を開いて辺りを捜索する。

 知識がないため何が食べられるのか分からないが、木の実っぽいものを発見しそちらの方角へ向かう。


(そういえばこの瞳は開くけどどんな眼なのでしょう? まさか見掛け倒しなんて事は…………ないと願いましょう)


 閉じたままの左手の瞳と違って、開いている額の瞳。

それにはどんな力が宿っているのかまだ分からない。

心美は額の瞳を大切そうに両手で抱えて、現状に苦笑いを浮かべる。


「こんなことになったのだからもう少し取り乱すものかと思いましたが、存外適応できてますね。こんな姿でも私はもう私を受け入れている。でも……悪くないわね」


 起きてしまったことはなかったことにはならない。

 普通の女子高生位だったころの心美はもうここにはおらず、今ここに存在するのは人間かどうかも分からないたくさんの眼を有する少女だ。

 それがありのままの姿なのだから受け入れるしかない。


「まあ、先行きは不安ですが何とかなるでしょう。ひとまず衣食住の確保を目標に頑張っていきましょう」


 こうして多くの瞳を抱える心美の異世界転生生活は幕を開けたのだった。

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