第7話 王女の侍女は数学の授業で頓珍漢なことを言ってしまいました

次の授業は数学だった。


入ってきたカスパル・フンツェルマンは目鼻形の整ったイケメンだった。まだ20代だろうか。結構若い。女の子らの目が光った。

先生にも若いイケメンがいるんだ。私は俄然やる気になった。


初めての数学の授業だ。私だってお金の計算や、暗算は出来る。リーナ王女にもソニアは計算は得意なのねって褒められたこともある。数学の科目は自信があるはずだった。


しかし、最初に教科書が配られてその分厚さにまず目が点になった。何でこんなに分厚いの?

そして、中身を見て更に驚いた。


「何これ。数学なのに何故かアルファベットが書いてある!」

思わず私は声に出していっていた。


しまった。声に出してしまった。でも、XとかAとかBとか、てんこ盛りだ。数学はいつから外国語の教科書になってしまったのだろう。私は教科書をパラパラめくって目が点になった。



「はい。今声を上げたのはソニアさんですね」

数学教師がニコニコしながらこちらを見た。でも、目が笑っていない。クズを見るような目だ。


終わった。イケメンへの淡い恋心が授業が始まる前に終わってしまった。


私は指されて仕方無しに席を立った。


「あなた数学の授業で文字を初めて見たと今おっしゃられましたか」

「すいません。式の中に数字以外のものがあるのを初めてみました」

私は赤くなって答えた。だって本当に初めてだもの。


先生が何故かおでこに手をおいてため息をついた。私はとんでもないことを言ってしまったようだ。

横のクリスを見ると目が笑っているし、前のアルバートのこちらを見る目は絶対に馬鹿めと言っている。



「他にソニアさんのような方はいらっしゃいますか」

教師が周りを見る。誰も手を挙げない。


えっ、うそっ。まさか、知らないの私だけ?私のいたインダルって数学は余程遅れているのだろうか。だって王女も絶対に知らないと思うし。そもそも実生活ではこれは必要なのだろうか?


でも、こんな事を知っているなんて流石ボフミエ貴族。飛ぶ鳥を落とす勢いのある国は違う。数学のレベルも次元が違うんだ。

やはり私なんかこの魔導学園に入る価値もなかったのだろうか。

私は呆然とした。




1+2=


先生が黒板に書く。


「これは判りますよね」

「はい。1足す2は3です」

流石に判るわよ。これは。何よ先生。馬鹿にして。私は切れかけた。



「そうそのとおりです。ではこれは」



X+2X=


しかし、私の勢いはそこで止まった。何だ?これは。


「すいません。わかりません」

私は真っ赤になって答えた。本当に皆判っているの?



「馬鹿だな、Xは10だ。だから答えは30だ」

デニスがバカにしたように言った。そうなんだ。何だ。そうか。これはギリシャ数字かなにかなんだ。私が納得した時だ。


「違います」

ブスッとして教師が言った。


「えっ?」

まさか違うなんて思ってもいなかったのだろう。デニスは驚いていた。


何だ。ボフミエ貴族も判ってないんじゃない。


周りを見るとぽかんとしている貴族もたくさんいるのが見えた。


良かった、私だけじゃない。私は少し安心した。


「これが判る人は」

先生がみんなを見回す。


前のボフミエ貴族はみんな目を合わさないように俯いた。


「はい、アルバートさん」

目があった教師が期待に満ちた目でアルバートを見る。


「Xが1個とXが2個で3Xです」

アルバートが当然のように答えた。


「正解です」

ほっとして教師が喜んだ。


「えっ、そんなふうに計算するんだ」

さすがドラフォード貴族。嫌味なやつだけど、頭も良いんだ。それも馬鹿な私でも判るように詳しく説明してくれた。

私は心の中で少し見直した。


「これ判った人」

先生か聞くと10人くらいが手を上げた。


「判らなかった人」

残りの30人くらいが手を挙げる。

それを見て教師は頭を抱えていた。


そもそもこんなの知らなくて当然じゃない。


クリスやアルバートが絶対に異常だと私は思った。


「すいません。ちょっとカリキュラムを見直します。今日はこれで授業を終わります」

慌ててカスパル先生は教室を出ていった。





「良かった」

「何のことか全然判らなかったよ」

「本当に」

「ソニアありがとう」

寮生の知り合いにお礼を言われて私は私だけが知らないのでなくて、皆そうだったのだと知ってホッとした。


それを首を振ってアルバートは見ていた。


ちらりとこちらを見た目は哀れみを込めた目だ。


ムッとして隣のクリスを見る。


「何故クリスは知っていたの?」

クリスに尋ねる。


「うーん、知り合いの先生に教えてもらったの。

でも皆知らないんじゃ、ソニアが知らなくても仕方がないよ」

クリスが慰めてくれた。


「だって侍女じゃこんな事必要なかったし」

私はむくれて言った。


「まあまあ、ソニア。それよりも時間が余ったし、ちょっと付き合って。魔術の練習しに行こう」

「えっ、本当に? 行く行く」

私は慌ててクリスについて行った。

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