第4話火の海

夜、準備を終えたサムは隠れ家から荷物をボックスに詰んだ〈ソードリッパー〉を外へ出し、トローが乗った〈クローリッパー〉に通信を接続する。

歳はサムと同じぐらいでボサボサの短い金髪、兄妹であるアリスと同じ青い瞳、黒いジャケットの下に赤色のTシャツを着ており、ダメージジーンズを履いている。


「準備完了だ」


「オーケー。俺達の家に案内するから、ちゃんと着いて来いよ?」


機体を歩き出させ、2人はその場を離れて行く。

しかしその光景はシンキ軍の潜入調査員の3人によって見られていた。


「こちらチームレッド。リッパーシリーズが隠れ家に帰還するために移動するのを確認しました。機体を使用し破壊します」


『分かった。相手は近距離と中距離を両立可能だ。抜かるなよ」


チームレッド、彼らは一般人に溶け込み、スパイ活動をしている部隊である。

そうは言えど彼らは言動は荒々しく、普段は大人しいが戦闘になれば暴君と化す。


〈ペガサス〉の赤き派生機〈フェニックス〉を乗り込なし、敵国を内部から潰して行くのを目的にしている。


今回の任務はペルシーでグワンの戦闘部隊を全滅させたリッパーシリーズを破壊すること。

戦闘機に偽装していた機体に乗り込み、ステルス機能でレーダーに探知されないまま距離を保ち街中で飛行して行く。


〈ペガサス〉の違いは変形機構である。

移動や空中戦を行う場合は飛行モード、地上戦を行う場合は人型モードを使用する。

これを瞬時の判断で切り替えて戦う訓練、そして実践経験を積んでいる。


「リーカン、デニ、命の駆け引きデスゲームの時間だ!」


敬語を使っていたハモの荒々しい声での発言を合図に呼ばれた2人の男性パイロットは不敵に笑みを浮かべるとリッパーシリーズに近づいて行き、前側に取り付けられた火炎放射器の照準を相手の機体の背後に向ける。


「イフリートの火力で消し飛ばしてやる!」


イフリート、それは〈フェニックス〉に搭載された火炎放射器の名である。

2人は不意打ちと言わんばかりにトリガーを弾き、凄まじい火力の火炎がサムとトローに迫る。

あまりの放射に近くの店共々が大炎上、突然の火事に悲鳴と被害者を生んだ。


「チィ、レーダーに映らない相手の攻撃かよ」


敵の攻撃に気づいたトローは動揺しながらもバックパックを起動し、カエルの様に飛び跳ね回避する。

一方サムは大剣を盾にしバックパックを起動、そのままリーカンが乗った〈フェニックス〉に突進する。


「こいつ!?」


「その程度の炎、ソードリッパーには無意味だ」


熱で赤く発光した大剣が迫り、彼は直前に舵を右に切る。

突進をギリギリで躱し、人型に機体を変形させ地面に降り立った。


〈ペガサス〉に似た赤い頭部はメインカメラがイエローの透けたカバーによって守られ、赤き翼にブースターが搭載され、両手でイフリートを構え、バックパックにはビームサーベルが2本取り付けられている。


「落ちぶれたな。シンキの軍は」


理想としていた兵士とはかけ離れている者共に失望しつつサムは頭部のビームバルカンを〈フェニックス〉1機に向けて連射する。

ビーム弾をブースターでのスライド移動で躱しながらイフリートの照準を〈ソードリッパー〉に合わせる。


「こいつらを倒さない限り先には進めないらしいなぁ」


『トロー、街中での戦闘は被害者を出す。とにかくこの場を離れた方が良い」


「オーケーだ。警察にも見られているだろうからな。とにかく場所を変えてあいつら潰すとしようぜ」


通信を終え、死神は町から逃走するべく〈クローリッパー〉のジャミングで他の機体達のメインカメラから見えなくする。


「緑の野郎が見えなくなったぞ?」


『構わない。まずは裏切り者を仕留める』


リーカンは目をパチクリすると、ハモが指示を出し攻撃を開始する。

トリガーを弾き火炎放射を放ち、バックステップで躱されるもデニが追撃の黄色き刃のビームサーベルで斬り掛かる。


「死にな! 裏切り者ぉぉぉぉ!!」


(〈ペガサス〉よりも起動性が上がっている。変形機構がありながらこの性能。シンキの軍はどこまで………)


大剣をバックパックのマグネットに取り付け、とにかくこの国を脱出することを優先、後ろを振り向きながらブースターでチームレッドから逃れようとする。


「逃がすかよ!」


だが〈フェニックス〉の起動性は〈ソードリッパー〉を遥かに上回り、ビームサーベルがボックスに当たり掛けた。


その時だ、偶然にも駆けつけた警察の機体〈パートス・ブラック仕様〉がアサルトライフルのトリガーを弾く。


「デニ! 攻撃が来るぞ!」


それにいち早く気づいたハモ。


「しまっ!?」


しかし一方及ばず銃弾に撃ち抜かれたデニの機体は爆炎に飲まれ、不死鳥の如く空へ部品が飛び散った。


爆風によって大きく吹き飛ばされた〈ソードリッパー〉は煙に視界を奪われながらもその場を脱出する。


数分後、なんとか国を出たサムの前に〈クローリッパー〉が姿を表す。


「上手く撒いたようだな」


「国は悲惨なことになっているが………赤い機体達はおそらく国の警察と戦闘しているだろう」


彼のしかめた表情にトローは「そうか」と一言口にすると、機体の方向を国から反対に向ける。


「それなら予定変更だ。さっさと隠れ家に行くぞ」


「だが………」


「お前がやられたらシンキはどうなる? 確かにあの国に思入れがあるのは察してる。でもなぁ? 俺達は正義の味方なんかじゃない。自分の正義を貫いているだけだ。人間は同時にできることは限られてくる。それぐらいの事はパイロットであるサムなら分かるだろう?」


頭の中では分かっている。

自分はシンキを止めるために戦っているのだと。

だとしても諦めきれなかった。


(俺はいつまでヒーローを気取っている? 俺は反逆者であり、兵士を殺している悪人だ。革命なんて起こせるはずもないことを実行しようとしている)


もうすでに悪魔と化した己の考え、そしてその手は操縦桿そうじゅうかんを握っている。


(そんな俺が頼ろうとしているのは武器を破壊することを目的とした狂った兄妹。偽善者である自分ができることはただ1つ)


トローの跡を追う彼の目が情けなさから涙目になっていく。

これから始まる戦いが激しい物になるのは言うまでもない。

だからこそ今は仲間が必要だ。


「案内してくれ。トロー達の隠れ家にな」


「ようやくその気になったか? それじゃあ行くぜ!」


2人はリッパー兄妹の隠れ家に向かってライトを点け前進し、この場を脱するのだった。



炎で包まれた街、そこに立つは赤き翼を持つ2機の〈フェニックス〉。

〈パートス〉のコックピットをタバコの吸い殻の火を消すよりも強く思いっきし踏み壊し、グリグリと機体を潰していくリーカンはデニの死に怒りをぶつけていた。


「デニ! デニィィィ!」


叫び声を上げ、悔やみ続ける仲間になにも言えずハモの表情は曇るばかりだ。


生き残りがいないか確認すると、燃え上がる店の中に毛皮がチリチリと焦げ、寝転んだ猫の死骸が見えた。


「命は軽々と見るもんじゃないとはよく言うが、リーカン、デニの命は軽いか? それとも重いか?」


「ハモ! お前はデニの死を無駄にしろって言いたいのか!」


「死を嘆くお前が1番無駄にしてんだよ! 俺達は国を破壊することが役目であり、リッパーシリーズを破壊する目的を持つ! 次こそは仕留めるぞ! いいな!」


兵士ならば勝利で示せ。

ハモの反論をリーカンはそう解釈した。


だがこれから2人で活動すると思うと、戦力差が気になるところ。

ぐうの音も出ず歯を噛み締めながら機体を変形させ、夜空へ飛び立つ。

シンキの方向へ向かって行く彼らは次の日必ずやリッパーシリーズを破壊するため、しばらく運転に集中するのだった。


次の朝、機体の応急処置を行いポリタンクからガソリンを補給した後サムとトローは引き続き歩み出す。


「それで? 隠れ家はこの付近なのか?」


『その通り、だが油断するな。またあいつらが襲って来る可能性があるからよぉ』


到着したのはインギロス国の州であるダリア州。

霧が薄っらと立ち込めるこの町の奥地、そこにはレンガで作られたそれは大きな家が経っていた。


左隣にはリッパーシリーズの1機であろう黒き機体が自立している。

その機体には腕が4本あり、それには電動カッター、いや、チェーンソーが1本に2枚搭載されている。

今までのリッパーシリーズに比べ全体的に太めな印象を受けた。


リッパーシリーズから降りる2人は玄関へ警察などに警戒しながら向かって行く。


「ここだぜ。俺とアリス、そして兄と妹が住んでる」


「野暮な質問だと思うが、親はどうした?」


アリス、そしてトローの歳からして親がいるはずだ。


それを当たり前だと決めつけたサムの思考から口に出た質問に、死神は視線を合わせ微笑みながら瞳に怒りの炎を激らせた。


「兵器開発場でリッパーシリーズが完成させた後に父は乗り込んで来た兵士に殺された。残された母は俺達を育ている間に難病を患って病死したよ」


「すまない。本当に野暮なことを聞いた」


親があの世に行ってしまった彼らに残されたのはリッパーシリーズとこの家だったのだろう。

トローがキーで玄関の鍵を開け、中に入る。


「ただいま〜 お客様が来たぞ〜」


「お邪魔します」


「あぁ、ゆっくりしてってくれ」


彼はだだっ広いリビングの大きなテーブルの下にイスを2つ置く。


「サム、長旅で疲れたろ。ホットコーヒー作ってくるから待ってろよ」


「よろしく頼む」


サムはキッチンに向かうトローを確認し、ゆっくりとイスへ背中を預ける。


(アリス・ザ・リッパー。俺は彼女にいつ許されるのだろうか。いや、まずは兄妹達との関係を築いていかなきゃならない。それには成果を出し信頼を得る必要があるな)


辺りを見回しながらコーヒーを待っていると、階段から人が下りて来るのが聞こえた。


リビングに入って来たのは幼い金髪で青い瞳を持つ少女、アリスよりも小柄でトロンとしたまぶた、フリフリが付いた薄い黄色のパジャマを着ており、大人しそう表情をした彼女はおそらく兄妹の中での末っ子なのだろう。


「あなたがトローお兄ちゃんのお客様?」


不思議そうに首を傾げこちらを見つめてくる彼女に、返事を返そうと視線を合わせ、思わず立ち上がる。


「初めまして。俺はサム・イラバ、トローお兄さんに呼ばれて遊びに来たんだ」


「サム? ネットニュースでシンキに反逆してる兵士と同じ名前だよね? そうか、そのまさかか」


今時の子供はネットニュースを観るのかと時代を感じつつ、「あぁ」と険しい表情で返事を返す。


「戦争しているシンキを止めたい。しかし俺だけじゃ戦力が足りない」


「だから私達に助けを求めに来た。トローお兄ちゃんも物好きね。私は別に構わないけど、あぁ、アリスお姉ちゃんがなんて言うか」


面倒臭そうに少女がため息を吐く。

そこにトローがホットコーヒー1杯入ったカップを運んで来た。


「ケンおはよう。コーヒー飲むか?」


「うん。それにしてもトローお兄ちゃん。この人を呼んで来て、アリスお姉ちゃんに怒られるよ」


ケンと呼ばれた彼女は兄であるトローに向けて目を細め、嫌な顔をする。


これから共に戦う仲間として、サムは不安を覚え始める。


だが今更引き下がれない状況に、心の中でため息を吐くのだった。

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