第39話 特攻

『作戦決行まであと十分』

 ヒカルの声が無線で伝わる。ここ数ヶ月、素顔でいるのに慣れていたせいかヘルメットを装着しているとどこか落ち着かない。しかも、ヨコハマ最新鋭の装備に身に包みながら、最後に振りかけるのが俺のフェロモン香水というのがなんともいえなさがある。

 ヘルメットの視界右端に映る映像には、他の特攻チーム三人にそれぞれ配置されているキムシ弍号機・参号機・四号機の視界が表示されている。四人はマチダ藩第二層第二ゲートから少し離れた場所で待機していた。

 少人数特攻チームは表向きはサガミ藩により抜擢された任務部隊となっているが、そのうち三人が蟲人で、一人はサガミ藩主という珍妙な組み合わせだ。

「いやだーあのクソ藩主のところになんて絶対にいきたくないー!」と駄々をこねるミズキの首根っこを掴んでヨシツグが向かったヨコハマで、ヨコハマ藩主であるあの少女にどんな話をしたのか不明だ。

 水面下ではどういう交渉が行われているのかとヒカルに聞けば、複雑だけど、と前置きをして紙一枚におさまらない人物相関図を書いて説明が始まったが、知らない国の歴史ドラマをあらすじもなく、いきなり謀略パートだけ見せられたようないろんな陣営が入り混じる複雑怪奇な人間関係に五分で音をあげた。「アラタは余計なことを考えずに戦いに集中すればいいよ」とヒカルは言うけれど、それって戦争が終わって平和になったら邪魔だと処分される武将の立場だなと思わなくもない。俺には、戦いの決着がつく前からマチダの戦後処理を考える人たちの気持ちなんて分からない。

「あっちだって、わざわざ蟲がいっぱいいるところへ特攻しようとする俺たちの気持ちなんて分からないだろうよ」

 ヨノの言葉に確かにそうだなと思う。人類をヒカルタイプとヨノタイプの二つに分けるなら俺は間違いなくヨノタイプだ。「戦いの場さえ用意してもらえればいいんだ。いざ、その時がきたら体が動くように時間を有効に活用するだけだろ?」

 ハヤクモやヨシツグたちがどこぞへ交渉へ出かける中、俺はヨノとひたすら手合わせをして過ごし、そして今日という日を迎えた。

『アラタ、緊張している?』

 ヒカルの気遣わしげな声に、思わず頬が緩んだ。

『していないって言ったら嘘だけど、ここまで来たらもう引き返せないし、目の前のことに集中するだけだよ』

『だな。まぁ、俺がしっかりサポートするから安心しろよ』

「うん。任せたよ、ヒカル」

 多くの思惑が交差する状況の中、俺の望みはただ一つ。女王バチに会うことだけだ。

 ヘルメットに映る映像が切り替わる。ヨコハマの部隊が第二層第三ゲートに到着するのが見えた。何十車両もの装甲車、輸送トラックに燃料タンクが列をなし、車列の合間を武装したサイボーグ部隊が居並ぶ。隊員たちからは、蹂躙された藩や仲間を亡くした怒りに震えるオーラが見えるようだった。

 そこへスズメバチらの大群が現れた。黄色のドクロが波のように押し寄せ、部隊へとなだれ込む。

『ヨコハマ第九部隊、突入!』

 スズメバチらとヨコハマ部隊と激突する。焼夷弾が炸裂し、画面が真っ赤に染まっていく。続いて遠い場所から爆発音が響き、坑道が揺れる。隠密で動いている、ハヤクモの腹心であるマダラ率いる蟲人部隊も第一ゲートから攻め入っているのだろう。戦いの火蓋は切って落とされた。

『こっちも始めるよ! 目標は女王バチ一体の撃破!』

『安全圏から見ているから頑張ってね。おみやげよろしくー』

 本部でナビゲーターを務めるヒカルとミズキの指示が届く。

 ヨコハマの部隊らが正面突破を試みて注意を引いている間に、特攻チームは第二ゲートへ向けてバイクで走りだした。

 例のビデオ解析によると、スズメバチの巣は第一層と第二層の間に作られた秘密研究所に覆い被さるように築かれているという。そのスズメバチの巣へ侵入し、内部深層にいるだろう女王バチを倒すことが目標だ。

 ゲートが閉じられて以来、第二層から唯一脱出できた親爺さんが使ったマチダ内部へと続く道は、毎日壁を少しずつ削ってできており、彼の不屈の魂を物語っていた。無事、親爺さんが回復しますようにと願いながら道を通り抜けた先には、変わり果てた二層があった。

 スズメバチに蹂躙されたオウメを目にしていたから心づもりはしていたが、それ以上の光景が広がっていた。廃墟と化した建物は墓石のように立ち並び、荒廃した大地には汚泥と下水と排泄物の混じったぬかるみが広がる。鼻につくのは耐え難い悪臭だ。メンテナンスが行われないまま故障したのか、人工太陽は時折思い出したように点滅を繰り返し、生温かい風が頬をなでる。がらんとした家の内部を除くと、血の海が乾いた跡と乾いた肉片が転がっている。どの建物内も同じような状況だろう。

 上空には、茶褐色の巨大な巣そびえたち、周辺には多くのスズメバチ型機蟲が飛び交っていた。

 第二層の人たちを食べて大きくなった帝国。あの映像の時よりもはるかに大きくなっており、現在進行形で拡大化は続いている。

 マチダにスズメバチ型機蟲が襲来して以来数ヶ月がたつ。その間、第二層の人たちはずっと、いつ狩られるか分からない状況下で、恐怖の隣り合わせの日々を送っていたのだろう。腹をすかせたスズメバチが出て来ないよう、二層の生き残っている人間に食料と水が他の層から一定量供給されていたと聞くから、まさに生き地獄だったに違いない。

 第二層はヒカルに付き合って仕事や買い物に出かけた思い出の多い場所だっただけに、今や見る影もない現状には絶句しかない。この地獄を終わらせるためにも今は目の前のことに集中するしかないのだ。

 スズメバチたちは侵入者たちに気づくとすぐに近寄ってきたが、周囲を飛び交うだけでまた元の場所へと戻っていく。ミズキの作った香水は効果ありだ。

 そのまま巣の真下へ到着すると、それぞれ機蟲形態に体を変化させる。

 スズメバチ、オオカマキリ、カブトムシが並び、羽を広げて、帝国目指して駆け上がるように飛び続ける。一番飛ぶのが得意な俺がヨシツグを運び、やがて巣へと達した。


 巣の入口に降り立つと、手前にいた十数匹のスズメバチたちが振り向き、巣に侵入するものたちを排除しようと一斉に向かってきた。

 たとえフェロモンの効果があっても敵意を感じるのだろう。兄は槍を、ハヤクモは鎌を、ヨノは斬鉄剣を振るい、機蟲たちを薙ぎ倒していく。せめて苦しみのないように、一噛みで首をもいで飛び抜ける。

 他の攻撃部隊へと気をとられているため、スズメバチたちの数はまだそう多くないが、そのうち巣が攻撃を受けていると知られたら、殺到するだろう。一秒でも無駄にしている時間はなかった。

 エントランスホールへと踏み込み、ヨノを先頭に下へと続く階段を駆け降りる。そのまま三つ下のフロアまで階段を下りたところで階段は瓦礫で埋もれていた。

『その先は完全に塞がっているから、踊り場から廊下に出るしかない』

 ヒカルの指示の通り進むと、両端に扉がいくつも並ぶ長い廊下にでた。中間地点とその先に階段が見えるが、侵入者らを待ち受けるように二体のスズメバチ型蟲人が行く手にいた。俺にそっくりの見た目だが少し小柄だ。うわー!とミズキの興奮した声が聞こえた。

 彼女らは侵入者を感知するや同時に攻撃体制に入った。

「ハッ! 蟲人形態もいるのかよ」

 ヨノが迷わず進み出て、渾身の一撃を一人の蟲人の頭部へと振り下ろす。だが蟲人は顎で斬鉄剣を受け止めると、顔を大きく振り上げ刀身を噛み砕いて両断した。

『うわああああああ!! せっかく改良したシン斬鉄剣があああああ!』

 ミズキの悲鳴がヘルメット内に響く。機蟲形態とはまるで異なる強さだ。ヨノは後方へ飛び退き柄を投げ捨てると楽しげに笑った。

「いいじゃねか。雑魚ばっかりで正直物足りないと思っていたところだ。アラタ、先に行け! ここはハヤクモと俺でやる」

「でも……!」

「ハヤクモの乱舞をかわしながら行動するのは至難の技だぞ」

「正直言ってこの狭い場所で周りを気遣っている余裕はない。うっかり巻き込まれて攻撃を喰らいたいのなら別だが」

 ハヤクモはさっさと行けと目で促すと、床を蹴って一直線に飛び出し片方の蟲人の懐まで飛び込み、体をひねり鎌を広げその腹に打ち込む。その一撃を蟲人が手で受け止めると、勢いのままハヤクモは体を反転させ宙に舞い、壁に足をつけて踏み出し相手の背後に回り込み、くるくると回りながら優美に斬撃を流すように打ち込んでいく。避けるときはひらりと交わして攻撃をすり抜け、つんのめる相手に再びステップを踏んで床を滑るように舞い続けながら斬撃を食らわせる。

 ヨノはハヤクモの舞踏の合間をぬって猪突猛進を繰り広げる。動きは大雑把ながらも、危ういところでハヤクモの攻撃をかわし、時に踏み台になって立ち回る。言葉を交わさずとも互いの動きを察知し、見事に連動していた。ハヤクモとは長い付き合いだからな、といつかの日かヨノが言ったのを思い出す。ここにいた方が彼らの邪魔になるだろう。二人に蟲人の相手を任せ、攻防の隙間を縫ってヨシツグとともに奥へと急いだ。

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