第37話 思惑

 ヨコハマとマチダの戦況は依然として進展はなかった。

 トウキョウとは異なり、新聞社が二社あるサガミでは一定の情報が毎朝毎夕届けられる。新聞によれば、マチダは門を閉ざし対話を拒否し続け、ヨコハマはマチダ藩に所属する小さな集落を攻め落としながら侵攻を続けているそうだ。

 もともとマチダはトウキョウ独立戦の時から籠城戦に長けており、有事に備えて備蓄も相当あるそうで膠着状態は続くだろうという見通しだ。初めは常に一面を飾っていた戦況状況も、大きな変化がない日々が続くと紙面の端の方へと追いやられていく。

 ヨコハマと同盟を組んだサガミでは、いざという時に備え戦力を整えていた。そんな中、サガミで実施された志願兵募集試験で一次二次試験ともにハヤクモは筆記も実技もぶっちぎりのトップだった。

 出身学歴身分経験不問の能力主義をうたっていただけに、理由なしに落とすわけにはいかない。あちらとしてはこじつけしてでも落としたかっただろうに、残念ながら書類の不備は一切なく、たとえ身元調査されても、かつて命を助けた相手の家が住所だそうで、近所を含めて口裏を合わせており、抜かりがなかった。その上、新藩主の母親の推薦状まであれば盤石の布陣といってもいい。

 また一部の実技試験は一般人に公開にしていたために、外面のいいハヤクモは、そこにいるだけで耳目を集める存在になっており、三次試験の個人戦のリーグ戦で負けなしの実力も備わっていれば注目はますます集まる。

 ヒカルがサガミの新聞社の知り合いに声をかけ「今週の注目の顔」としてハヤクモのインタビュー記事が新聞に載れば、知名度は鰻登りで、いつの間にやら歩いていれば黄色い声援が飛ぶようになっていた。

 ヨシツグとの邂逅以来、宿泊先周辺にはヨシツグの放ったスパイが目を光らせていたが、うろつくハヤクモのファンの方が多い始末。

 宿泊先はさぞ迷惑だろうなと思っていたら「本日のハヤクモさんの朝食」という名のテイクアウト弁当を販売し始め、かなり繁盛していた。商売がうまい。

 ハヤクモのブロマイド写真とか売ったら儲かるんじゃないと冗談めかしていったら、悪ノリしたヒカルがどこからかすぐに手配し、弁当の隣に置かせてもらえばこれまたよく売れた。

 病弱という設定的に元気に出歩くのもままならず、俺の方が何かヘマして退去を命じられるような事態になるよりはと引きこもって暇だったのもあり、日がな一日、ハヤクモの写真を刷る羽目になった。なんでこんなことをと思わなくもないが、毎日マグロが食べられる額が稼げるならば文句は言えない。

 そうして快進撃を続けていたハヤクモに待ち受けていた最終実技試験は、観衆を前に、捕獲されていた機蟲たちとの戦闘だった。

 最終試験まで残ったメンバーで複数のサムライアリ型機蟲のいる閉鎖空間内で所定の時間まで生き残れという無茶な試験は、ハヤクモへの嫌がらせとしか思えず、後から急遽付け加えたように見えた。

 衆目を集める中、他の受験者を助けた結果、蟲人に変身せざるをえないような危機的状況にハヤクモが追い込まれた時は、ヒカルを連れてサガミから逃げる算段を頭が立て始めたが、あわやという瞬間、隠し持っていたシン・斬鉄剣を生身でふるい機蟲を切り捨てた日には、観客総立ちのスタンディングオペレーションで大喝采だった。

 劇場を作るのがうまいとヒカルが評価するのを聞いて、ピンチになったのも一発逆転で勝利したのも、すべてハヤクモが計算づくで行動していたのだとようやく気づいた。まんまと乗せられていた自分が悔しい。

「決して折れない剣と代々家に受け継がれていましたが、まさかこのような力があるとは思いもよりませんでした」

 後のインタビューでハヤクモはしれっと言った。ついこの間、折れたじゃんと心の中で思った。

 そうして、裏工作もちょっとありつつ、ハヤクモは堂々と志願兵募集試験をしたのだった。



 最終面接という体でサガミ藩新藩主の呼び出しを食らったのは、最終実技試験の翌日のことだった。しかもわざわざ「身内の弟さんもご一緒に」と一筆添えてだ。

 ヒカルは招待されていなかったが、勝手についてきても文句は言われなかった。藩庁内でヒカルが知り合いに出くわすたびに「お久しぶりですー! いやー実は解雇されちゃってー!」と挨拶する姿に、離れていた間にどれだけサガミになじんでいたのか見て取れた。本当にコミュニケーションお化けだと思う。

 藩主室へ通され中に入ると、かつて父が座っていた席に兄が手を組んで待ち受けていた。部屋には彼一人しかいない。敵意はないように笑顔を装い、槍は背後に立てかけられている。とりあえず不意打ちで攻撃されることはなさそうだった。

「その方が、巷で噂になっている黒き獅子か。聞きしに勝る伊達男ぶりだな。その名にはじぬ働きを期待しているぞ」

「身に余るお言葉をいただき、大変光栄です。感激で身が震える想いです。誠心誠意、身を粉にして努めさせていただきます」

 ヨシツグがにこやかな顔をして言うと深々とハヤクモは礼を尽くした。

 隣で声を殺して笑いをこらえるヒカルをこづくが、震えはひどくなる一方で、案の定、薄く笑うヨシツグに睨まれる始末だ。目がまったく笑っていない。

 しかし奇襲ではないのであれば何のために呼ばれたのか。単に激励の言葉をかけるためではないだろう。

「並居る志願者の中でも他の追随を許さないほど圧倒的な実力であった貴殿にわざわざこうして来てもらったのには訳がある。解決の難しい問題が浮上し、何か糸口になる奇譚のない意見が欲しいと思っていたところだ」

 言うや、部屋の中央に画面が浮かぶ。

 どこかの地下都市の映像だ。人の姿はなく、見渡す限り建物が破壊されている。ビルが立ち並んでいた痕跡を見るに、それなりに発展していただろうが、今や無惨な廃墟になっていた。

『ゲートが閉鎖されてから九十三日目。救援はまだ来ず。巣の大きさは先週に較べまた大きくなっている。くそったれめ』

 渋い男の声が聞こえた。

 声の主がビデオカメラを手にして撮っているのか、画面は大きく揺れる。映し出されたのは、天井にある大きな茶色いかたまりだ。波型の模様で縁取られ、幅は何十メートルもある巨大建造物で、図鑑で見たスズメバチの巣に似通っていると思った瞬間、鳥肌がたった。

 これは――マチダ第二層の映像だ。

「昨日、対マチダ戦線へ派兵している者から届いた映像だ。何者かがマチダの状況を伝えるために撮っていたもので映像を見る限り、マチダの第二層の住人は今に至るまで多数のスズメバチ型機蟲とともに閉じ込められ、奴らに餌にされるのを待つ日々だと思われる。この記録媒体を持っていたのは、この映像を記録を撮ったと思われる四十代男性で、機蟲から命からがら逃げる途中にやられたのだろう傷を全身に覆い、意識不明の重体と聞いている。話によればその男の背中に茶色い羽が生えているのを見た者がいるという。彼に心当たりはあるか?」

 映像が切り替わり、血塗れの包帯を巻かれ横たわる男の写真が写った瞬間、ヒカルが息を呑んだ音が聞こえた。マチダ第二層でリサイクルショップを営んでいた親爺さんだった。

「マチダ第二層に潜伏していた私の仲間です」

「サガミにもいるのか?」

「何度か潜入を試みましたが、いずれも失敗しました。長期間滞在していると誰もが心身に不調をきたすようになるのです。おそらくはその槍ゆえに」

「そういうことにしておこう」

 もはや仮面を取り繕うのをやめたヨシツグはハヤクモを冷ややかに見て鼻を鳴らした。

「記録映像のおかげでマチダの内部の様子が分かったものの、事態は非常に深刻だ。よもや、藩の一角がスズメバチに占領され巣と化しているとは。ハヤクモとやら、マチダの者らはどうしてこのような事態を引き起こしたと思う?」

「情報が少なくただの憶測ですが、研究していたスズメバチ型蟲人に不測の事態が発生し手に負えなくなったからかと」

「では今後、この事態はどのような方向へ転がる?」

「一介の浪人の身には分かりかねます。ただこのまま放っておけば、巣はどんどん肥大化し、いずれスズメバチたちは第二層の者たちを食い尽くす。そして外へと彼らが進出することになれば、オクタマのような地獄絵図さながらの光景が日の本に広がることになるでしょう。そのような事態にさせないためにも藩の枠組みを超えたレベルの緊急対応が必要かと」

「簡単に言ってくれる」

 ヨシツグは息を吐き、椅子の背もたれてに体を預けた。しばらく沈黙が続いた。

「……使える蟲人は何人いる?」

「ざっと二十名ほど。蟲人との戦いへの有用性は確かかと」

「思っていたより少ないな。見返りには何を求める?」

「今回のスズメバチ型蟲人の一連の出来事を、機蟲によるものと公表することです」

 ヨシツグは眉をわずかにあげた。

「それがお前のどういう益につながる?」

「私が目指すところは蟲人の地位向上。蟲人は化け物ではなく、あくまで個性の一つだと認められる社会の構築です。今回のスズメバチ型蟲人の件はかなり特殊な例であり、蟲人すべてがこのような存在であると思われるのはいささか都合が悪いのです」

「なんとも高い理想を掲げたものだ。よかろう、約束する。だがお前たちを使うにあたって、こちらからも一つ条件がある。人間社会に迫害された蟲人たちが潜伏する集落があると聞いたことがある。そこに案内しろ」

 今度はハヤクモが眉をひそめる番だった。

「ですが……」

「サガミには蟲人に関する情報があまりにも少ない。信頼に足る存在なのか、この目で確かめたい。こちらの手のうちをさらしているのだ。そっちも一つや二つ明かしてもらいたいものだ。それともただの人間が行けば殺されるような危険な場所なのか? だとしたら先程の理想とやらの実現は程遠いだろうな」

 ヨシツグはハヤクモの様子をうかがうように見た。まさに最終面接だ。こちらが否と言えば、不合格の判定が下され、今までの話はなかったことになる。蟲人たちの安全と彼らの未来の二つを天秤にかけ、覚悟を決めたハヤクモは観念したように息を吐いた。

「承知しました。ご案内しましょう。いつ出発しますか?」

「準備が整い次第すぐにだ」

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