第6話 坑道

 薄暗い坑道を、バイクで走り続ける。

 空調管理されていたマチダと異なり、空気はひんやりとして湿度が高い。

 途中、第二層から逃げてきただろう集団と遭遇することもあったが、バイクを奪われる危険性もあったため、無視して駆け抜けた。

 立ち入り禁止区域を通り抜ければ完全な闇が広がり、縦横無尽に広がるトンネルをバイクのライトが行き先を照らす。人と出会う機会はなくなり、ここまで来れば機蟲の襲ってくる可能性はないだろうとようやく体から緊張が抜けていく。電子地図がなければ迷路のように複雑なこの坑道を迷わず進むことはできなかっただろう。閉ざされた扉の向こうにいる親爺さんが無事であるよう祈った。

 このまま順調に進めると思えていた道程が突如、途絶えた。地図で指し示された進路の先は大きな瓦礫で塞がっていたのだ。

「あちゃー」

 バイクから降り、二人で瓦礫をどかそうとしたが押しても引いてもびくともしなかった。

「進路を変える?」

「そうだな。クッソ、ヨコハマまであともう少しなのに。親爺さんの予備バッテリーがあるから結構余裕あるけれど、体力も電池もこれ以上無駄にはできないな」

 ヒカルが電子マップを操作してあーでもない、こーでもないと奮闘している中、手伝えることがなかったので、あたりの様子を確認しようと暗視スコープをのぞきながら周辺をうろついた。

 右も左もただ闇が広がるばかりで、聞こえるのはどこかで滴る水の音だけだ。

 もし途中でバイクの電池がなければこの暗闇に二人取り残されるのだろう。恐ろしい想像に不安が込み上げてくる。

 ふと、足にどこからか転がってきた石がぶつかった。

 暗視スコープで石が落ちてきたあたりをのぞくと、壁面が人の手で持てそうな瓦礫が積み上げられている。まるで誰かが穴を塞いだようだ。かがんで確認すると頬にふわりと風があたる。予想どおり向こう側と繋がっているようだ。

「ヒカル! ここなら通れそう!」

「お、まじか!」

 瓦礫をどけていくと、やがてバイクでも通り抜けられそうな穴ができ、頭を低くして進むと広い空間にでた。

 どこからか電力が通っているのかぼんやりと明るい。天井は高く、足元の地面には二本の鉄が途切れ途切れ置かれており暗闇へと続いていく。まるで巨大なモグラのトンネルを思わせた。大きなトンネルは何本もあり、その間にはコンクリートでできた平らな道が走っている。今まで走ってきた坑道とは雰囲気がガラリと変わり、今なき技術の片鱗があたりかしこに残っている。機蟲出現以前の旧文明が残した遺物だろう。

 赤外線機能であたりを見回すが、熱源らしきものはない。

「誰もいないみたいだ。でも、ここなんだろうね?」

「親爺さんの地図によると昔はシンヨコと呼ばれていた地下鉄の駅だそうだ。街を走っている路面電車みたいなのがバンバン通っていたらしい。ここよりさらに上にある地上には、藩と藩をつなぐ新幹線という時速300キロを超える乗り物もあったとも書いてある」

「今じゃ考えられない乗り物だね。関所とかどうしていたんだろう」

「さあな。ひとまずここらで休憩しようか」

「うん」

 背中のナップザックをおろそうとしたそのとき、視界の隅で何か動いた。先ほどまで誰もいなかったはずの場所にオレンジ色の熱源があった。

「ひとりいる。あの瓦礫の向こう」

 弛緩していた空気に緊張が走る。人はいないだろうとすっかり油断していた。熱源の主もこちらに気づいた様子だった。

「そこに誰かいるのか。こちらに敵意はない。俺ひとりだ」

 張りのある男の声が駅内に響いた。

(どうする、ヒカル?)

 武器になるものは何もない。ヒカルへ視線をやると、彼は手に顎をのせ、いぶかしげな顔をしていた。

「この声、どっかで聞いたような……」

 ボソボソとつぶやき、いきなり、あっと声をあげた。

「あんた、もしかして今日リサイクルショップにいた人?」

「そうだが、どうしてそれを?」

 瓦礫からヒカルが顔を出す。続けてこそっと顔をだすと、地下第二層で出会ったあの男がいた。彼はこちらを見て大きく眉をあげた。

「あの時会った少年たちか。無事だったのか」

「なんとかね。親爺さん……リサイクルショップの店長は? 一緒に逃げようっていったら、あんたの帰りを待つって言いはったんだ」

 男の顔に苦渋が浮かんだ。その反応に、いくばくかの希望は断ち切られた。

「合流できたが途中ではぐれてしまった。こちらも逃げるのに精一杯でその先は分からない。……すまない」

「そっか」

 重苦しい沈黙が訪れる。

 閉じ込められた地下第二層の人たちのその後を考えるだけで、胃の腑を締めつけられるようであった。その中に知り合いがいるかもしれないと思えば尚更だ。

「まぁ親爺さん、しぶとそうだし、大丈夫でしょう」

 ヒカルはどんより暗くなった空気をふり払うように明るく言った。カラ元気ではなく、そうだと信じて疑わないように。

 彼はいつもそうだ。どんな絶望的な状況でも僅かな可能性に希望を見出す。そして周りの人間にもそうであると信じさせる力があった。

「そうだな。私もそう思うよ」

 張り詰めていた男の顔がふっと緩んだ。

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