第8話 聖女様、未来を変える
ミーニャの郷の危機を救った後、旅立つまでの一週間。
マーレットとの別れを惜しむようにそれはもう毎日のように盛り合っていた。
家に帰るなり、母親と妹に心配されるほどの匂いをつけて居るが、一向に妊娠しないのは内側にあたしが居るからだ。
だったらマーレットと一緒に旅立てばいいんじゃないかと思うが、マーレットにはお役目があるから無理なのだとか。
かつて冒険者であり、とある事情から郷に戻ってきたマーレットは次期投手としての役割を持っている。
まだ当主がご健在なのでそのサポート役を担っているのだ。
郷になくてはならない人物で、ミーニャとしても別れるのが惜しいという感情が伝わってくる。
あたしが願ったばかりに、彼女に無理をさせている。
正味、マーレットに取り憑かなくて良かったと思うことにした。まだミーニャの方が自由の身だからである。
そして旅立ちの日。
母と妹に見送られてミーニャはセヴァールへ旅立った。
結局身一つで世界を回るには冒険者になる必要があり、証明書がわりにも使えるライセンスの取得が手っ取り早いらしい。
前の世界ではあたしのわがままで振り回してしまったが、次は上手くいくと信じている。
が、やはり発情期中の猫人族に対する世間の仕打ちはあたしが想像するより斜め上にかっ飛んでいた。
「おう、にゃんころ。ここから先は通行料が必要だ。ナニをどうすればいいかお前さんにならわかるよなぁ?」
「嫌にゃ、離すにゃ!」
突然、ゴロツキたちに襲われた。
それも街に入るなりだ。
体から香り立つフェロモンで早速人間に悪影響を与えているのだろう。
そして身体能力がそこまで高くないミーニャはあっけなく捕まり、男たちのおもちゃにされる。
もちろん、あたしの住居に侵入させはしないけどな。
向こうが攻め入ってくる直前にこちらから打って出る所存である。
薄く張り巡らせていた肉体を一点に集め、拳を握るように一気に射出する。
これぞカウンターアタック!
身体中を舐め回されてるミーニャには悪いが、最悪のことにはさせないから勘弁な!
早速侵入者に一人を撃退、不能にしてやった。
喜び勇んでいると、不意にクトゥーラが勿体無いと意識を寄せる。
『アリーシャは生ぬるいのよ』
『つってもさー、住居に侵入されたくないじゃん?』
『私の体の扱い方がまだまだわかってないわね。お手本を見せてあげるわ』
そう言って肉体の権限をパス。
不能になった男に変わるようにもう一人の男がミーニャに覆い被さり、侵入してきたところに、逆に新ミュ仕返す。
『アリーシャとしてはこの男たちが二度と住居に侵入してこないようにしたいのでしょう?』
『うん』
『だったら男の性癖を変えるほかないわね。内側に入り込んで分体を残し、脳に住み着かせてモンスターと同性以外でしか興奮しないようにすればいいのよ』
『なるほど。でもそれをやると……』
『すぐにこの子の肉体を乗っ取ることはできなくなるわね。でも代わりに彼女の恋人が残した種を吸収すれば生き残れるわ。あれほど濃い命の源も中々ないわよ?』
マーレットの種は隔離して別のところに保存していた。
クトゥーラはそれを摂取しろという。
この肉体にとっては栄養になるからと。
流石にまだ人間としての意識の残るあたしには難易度が高く、そしてミーニャに悪い気がした。
マーレットの残してくれた種があるから遠く離れても頑張れると思ってるからだ。それがずっと残ってるかと言われたら怪しいが、身綺麗なままでいさせてやりたいというのはあたしにわがままだ。
『なら私がこの男たちの種を根こそぎ奪っておいてあげるから、貴方は聖堂の方でお祈りしておいてくれない?』
『うん、ミーニャの事頼むな?』
『私にとっても扱える肉体が増えるのは本望よ。それにあなたのお気に入りの子なのでしょう?』
『前の世界でさ、一緒に冒険したんだ。出会う前にこんな根にあってたなんて知らなくて、もっと図太いやつだと思ってた。でも違ったんだ……こいつなりに苦労していたんだってようやく理解した』
『そう、苦労の度合いでは貴女も相当だと思うけどね? それでも助けるの?』
『助けたいよ。なんせあたしが唯一心を許した親友だもん。最後の最後に裏切られたけど、あれはあいつの本心じゃなかったと思うし』
『男達は食べちゃっていいのね?』
『そいつらは要らない。どうせ生きてても碌なことしないだろ?』
『じゃ、遠慮なく行くわね』
ぶつり、とミーニャの内側に宿っていた意識が途切れて聖堂で祈るあたしに切り替わった。
クトゥーラに任せておけば大丈夫だろう。
ミーニャは私の友達だと念を押したし、まだあたしの力が必要だから望みは叶えてくれるはず。
そのためにもオルファンの聖女の地位くらいは確保してやらないとな。
他の奴らにとって教会での仕事は苦行みたいに思われがちだが、今のこの体ならなんて事ない。
水を吸収するだけで肉体の構築が容易いからだ。
それ以外にも人間の70%は水分でできている。
人間からも直接吸収することも出来る優れもの。
ただし相当いやらしい関係になるのでほどほどにしないと勘違いされるデメリットもある。
最近シスター達にあたしはそう思われてる節がある。
顔を見合わせるたびに頬を赤らめられるならまだしも、裏では次は誰が摂取してもらえるかで競い合ってるという噂が聞こえてちょっと控えようと思ったくらいだ。
あたしが控えたところでクトゥーラがすると思うけど。
これだから悪心は。
人間に害することしかしないからタチ悪いよな。
もうちょっと普通に暮らせないものかな?
正義の心が強すぎて色んな事件に首突っ込みたがるノーデンスもアレだったけど。
祈りを終えたらご飯の時間だ。
クトゥーラはなんだかんだ楽しんでるようで、ミーニャの体から侵入、ミーニャに突然飽きた男が仲間達を性的に襲い始める事で場を収集した。
ミーニャに残した分体を通じてあたしはその情報を獲得した。
前まで育てた肉体の60%持っていかれたので念話すら出来やしないが、心が折られるよりなんぼかマシか。
「聖女様、本日は誰から召し上がりますか?」
食堂についた側から、もじもじするシスター達。
いいからご飯持ってこい。
普段からクトゥーラがシスター達を食い物にしてるのはありありと思い浮かぶ。
その一言で中身がクトゥーラでない事を察知したシスター達がいそいそと身支度を開始した。
お陰であまり用意されてない状況からの調理で大したものは出て来ず、それでも自分で作るよりなんぼか上等なものが出てくる。
「お口に会いましたか?」
「ええ、とても美味でしたわ。本日の食事当番はどなたかしら?」
「私ですわ」
「カーマさんでしたのね。後で私のお部屋へいらしてくれる? 感謝の印を述べたいの」
「見ぬ余るお言葉、後ほど伺わせていただきますわ」
「ええ、お願いね」
もともとそういう気で居たのなら、こちらから吸ってあげねば可哀そうだもんね。
毒されてるなぁと思いつつも、吸ってあげたら満たされるのは私も同じで。
恍惚の表情で喘ぐカーマもまた可愛く思えた。
クトゥーラが人間に抱く愛情がこれなのだとしたら、相当に歪んでるよなぁと思いつつも、ちょっとだけわかる気がした。
猫人族でさえ肉体関係で通じ合うのだ。
人間だってそうなのだろう。
中には愛情も何もなくソレ目的で近づいてくるものもいるけど、それは違うと思うんだよね。
居たがいが同意の上でするのが望ましい。
今のあたしとシスターカーマの様に。
「ご馳走様、貴女の感情がわたくしに流れ込んでくる様でしたわ」
吸収とはそういうものなので嘘は一才言ってない。
ご馳走様という意味合いもクトゥーラの存在だから言える事だ。けどシスターカーマはそう捉えない。
えっちな事をすると気分が良くなる気質なのだろうと思い込んでいる顔でこちらを覗き込む。
「そんな、私如きが恐れ多い」
「そんなに自分を卑下なさらないで。貴女はとても謙信的に教会に尽くしてくれてます。聖女として貴女達に目をかけてやれなかった事を今になって後悔していますのよ」
「ああ、聖女様」
なぜか顔を近づけてきたので望む様に吸収の続きをした。
こっちが望まなくても向こうからこうしておねだりして来るので断れないのだ。
ぞるるるる、と啜ってやれば本人が喜ぶのでいい事ずくめだ。
ぶっちゃけこの子はイカロスの分体なので共食いに近いのはさておき、崇拝してる神の分体であるあたしに捕食されたがってる狂信者である事は疑いようもない。
それはシスターカーマに限らず、他のイカロスに侵食されたシスター達にも言えることだ。
イカロスとはそういうお付き合いはしたくもないが、どこかあたしの知らないところでしてたりするのかな?
してたらしてたで嫌だな。
『終わったわよー。分体も元に戻して置いたから戻っていいわよ。教会の方は大丈夫だった?』
『うん。ただシスター達に視線がね、日に日にそういうのになってるのが辛い』
『あら、そう言いつつもお楽しみしてたんじゃないの?』
『吸収はしたけどさ、複数人は無理だって』
『甘いわね。私なら同時に五人は愛せるわ』
『それって誇れる事なのか?』
『十分にね、残された子が可哀想になるもの。日替わりで全員を満たすのが部下を労うコツよ』
『あたしには無理だわ』
『すぐに慣れる筈よ』
気持ちが追いつかねーんだよ!
クトゥーラと喧嘩別れする様にミーニャへと意識を戻す。
確かに元の肉体に戻ってきているが、変な情報媒体が混ざってる。と言うより、前よりもずいぶん肉体が育ってる気がした。
まぁそれはともかくとして、
「一体何だったにゃ? 身は守れたにゃんけど」
一人、暴走した男が同士討ちを始めるシーンを目に焼き付けたミーニャは新しい扉を開いてしまったかの様な表情で困惑する。
路上には尻を突き上げて転がる四人の男。
そして大の字に仰向けで寝転がる一人の男が、下腹部を露わにしながらグースカいびきをかいている。
今のうちに脱出を、ミーニャはそろりそろりと忍び足でその場を去った。
それから発情期が落ち着くまでの間、奇異な出来事に何度も出くわすミーニャ。
その度にあたしやクトゥーラが出動して撃退&分体の拡散をしていく。
冒険者になっても、すぐに生活は落ち着かなかった。
ミーニャの特性が常に状況を悪くしていく。
そして冒険者になって二ヶ月もすれば、ようやく発情期も収まり、世間がミーニャを一般的に見る様になった。
それだけ長い発情期を乗り越えた後、ミーニャに待っていたのは過酷な現実だった。
「んにゃ!? 何であちしとは誰とも組んでくれないにゃ!?」
発情期だった頃は誰彼構わず声をかけてきたと言うのに、収まったら治ったでそれと言って魅力のないミーニャはパーティに拾ってもらえず、ソロで冒険をするハメになる。
ミーニャの得意武器は高火力。しかしそれを成し遂げるまでの長い詠唱とコントロールの悪さは致命的。
それを知った後で仲間に入れ用だなんて者はいなかったのだ。
まだ発情期の頃の方がモテていたミーニャ。
どうせならあの時にお手つきされて居れば今頃こんな目に遭わなくても良かったのでは?
そんなふうに自虐するミーニャに、あたしは都度念話を仕掛けて訪問する。
彼女は表面上なんてことないと言い訳をするけど、その心が泣いている事をあたしはよく知っているから。
「にゃー、聖女様に比べたらあちしなんて全然ですにゃ。聖女様に自慢できる生活をすぐに手に入れて見せますにゃよ」
あたしに比べたら、と言うが当のあたしから見てもミーニャの境遇は辛いものがある。
早くファルやイーシャと合流してほしいと思う反面、そう言えば三人がどう言う経緯で出会ったか過去に聞いていなかったなと思い出す。
『一緒に旅をしてくれるお仲間ができたら良いのですけどね』
「あちしと組んでくれる物好きもそうそういないと思いますけどにゃ」
『こんなに可愛らしいのに、世の殿方は見る目がないのですね』
「可愛いだけじゃ生きていけないのですにゃ。聖女様も表に出ればわかりますにゃよ」
『世知辛い事ですわね』
「んにゃー」
ミーニャもミーニャでそこら辺は慣れてる様だ。
慣れなくたっていいのに。
そう思えば前の世界のあたしは出逢いに恵まれていた。
ミーニャも苦労してなさそうな顔してたのに、裏でこんな目にあっていたなんて知らなかったよ。
いや、でもあたしがこんな風に直接関わったから未来が変わった可能性もあるな?
もしかしたら手を出したから未来が変わったのか?
そう思うと少しだけ悪いことした気がする。
何はともあれこのままじゃミーニャが潰れてしまうのも時間の問題だ。早いとこ仲間が欲しいと思わずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます