第2想定 第9話

 正則を脱出口へと連れて行き海上保安庁へと引き渡した。彼はすぐにヘリで病院に緊急搬送されるだろう。なにせ右手を切断していて重症だからな。

その後俺は船内を捜索し、民間人を発見しては甲板や脱出口に連れて行ってという作業を繰り返した。海上保安庁との共同作戦で船内は空っぽ。あとは巡視船に収容するだけだ。

『巡視船さつまより活動中の各員。該船は15度に傾斜している』

 しかし最後のが問題だ。

 甲板でヘリに収容するのは数が足りない。巡視船に収容するにしても一度海面へと降りなければならない。脱出口では要救助者で混乱しているのだ。

 そして鹿児島SSTではヤンデレ鎮圧作戦が難航している。

「姪乃浜」

『なんだ?』

 相手が強力なのもあるだろう。

 要救助者が多いのもあるだろう。

 だけど最大の要因はこの船の傾斜。

 15度も傾いていたら普通に立っているだけでも困難だ。

「右舷に注水する」

『はぁ!?』

 この傾斜は海保の放水によってできたものだ。

 船舶火災で最も恐れられるのは機関室の誘爆。それが起これば爆発の影響で救助に遅れが出るし、なにより二次災害の危険性がある。

 それを防ぐために放水で機関室を冷やしているのだ。

 しかし機関室を浸水させるため船体の傾斜はきつくなる一方。

 傾斜を回復するにはどうすればいいか?

 排水ではない。

 反対側に注水して均衡をとればいいのだ。

 しかしその作戦に姪乃浜は反対する。

『だいたいバルブの位置が分からないだろ!』

「バルブなんて関係ない。プラスチック爆弾C4で穴を開ける!」

『だめだ! 危険すぎる!』

「うるせぇ! 危険じゃない現場なんてねぇんだよ!」

 たしかここだったな。

 むくどりの機内で見た船の青図を思い出し、おおよそ中央と思われる場所に爆薬C4を設置。

「吹き飛べえぇぇぇぇ!!!」

 俺は起爆スイッチを押し込んだ。


【SOTARO IS DEAD】


『おい宗太郎! お前はバカか!?』

「……いや、イメージはしてたんだよ」

『自分自身を吹き飛ばしてどうする!?』

 とんでもない失敗をしてしまった。

 俺は爆薬を設置したあと、その場で起爆スイッチを押してしまったのだ。

 本来なら時限発火装置をセットして離れなければならなかった。

 つまりは自爆。

 要するに自爆だ。

「いいか? 爆破して注水なんて危ないことはするなよ?」


【CONTINUE】


 俺は生き返った。

 そしてポーチからC4を取り出した。

「おい宗太郎!」

 姪乃浜から名前を呼ばれるが無視をする。

 壁にC4を接着し、時限発火装置を取り付けてその場を離れる。

 いくつもの水密区画を通り抜ける。船を浸水させるために水密扉は開けっぱなしだ。

 行く手には閉鎖された水密扉。

 手首にはめた腕時計をチラリと見る。

 もう起爆まで時間がない。

 俺はくぐったばかりの水密扉を勢い良く閉め、ハンドルを回してこの区画を密閉する。

 爆発まであと十秒……五秒……

 水密扉の向こうで想定より大きな爆発が起きた。

 足元がふわりと浮き上がる。


「――――――――!」

 俺は飛び起きるように目を覚ました。

 条件反射で腰に伸びた手が、拳銃を抜いていた。

 ……気絶していたのか?

『宗太郎! 大丈夫か!』

「あぁ……さっきの爆発は何だ?」

『宗太郎の爆破で機関室が誘爆した!』

 機関室が誘爆!?

 もしかして可燃性ガスが充満していたのか?

『その爆発の衝撃で怪我人が大量発生している。救助者、要救助者共にな』

 救助者の怪我ということは今後の救助活動の進みが遅くなるな。

「姉ちゃんは大丈夫なのか?」

『ありさは大丈夫だ。浦上が打撲と大牟田姉妹が二人揃って骨折らしい。愛梨からは応答がない』

 それはまずい。

『船は宗太郎が爆破した右舷に13度傾斜。各部で誘爆中。竜骨キールを損傷して船体断裂だ』

 やべぇ。

 始末書で済むかな?

 先日の訓練で銃剣の鉄線鋏カバーなくした分の始末書まだ書いてないのに。

『宗太郎、やってしまったことは仕方ない。すぐに愛梨を迎えに行け。船尾の倉庫にいるはずだ。時間は無いぞ』

 場所が分かっているならば手っ取り早い。

 俺は愛梨の救助へと向かった。


 数分後、俺は船尾倉庫に到着した。

 乗客の目に触れることのない、船底の倉庫だ。豪華客船といえどもここは装飾なんてものはない。ひんやりとした鉄の壁だ。

 水密扉ハッチの向こうには愛梨がいる。

 ハンドルを回すとガコンと音がした。

「……嘘だろ」

『どうした?』

水密扉ハッチが開かない」

『ロックがかかってるんじゃないのか?』

「俺はバカじゃない」

 さっきの爆発で船体が歪んでしまったのだろう。

 それならば開かないのも無理はない。

 爆破しよう。

 俺は爆薬C4を求めてポーチをまさぐる。

 ………………。

 そりゃあ持ってきた爆薬を全部使ったらこんなことになるわな。

 さて、どうやって愛梨を救助しようか。

 ナイフを取り出し、グリップで壁を叩く。

「おい愛梨! そこに居るんだろ!?」

『………………う~』

 無線の奥でかすかに彼女の声がした。

 なんとも緊迫感のない唸り声。

 どうやら無事のようだ。

 とりあえず一安心。

 だがのんびりしていられない。

 ここは既に浸水が始まっている。

 今はひざ下浸水といったところだ。

「愛梨! 応答してくれ!」

 壁を叩きながら彼女を呼び続ける。

 浸水する床。

 時間は刻一刻と過ぎていく。

 それでも呼び続ける。

 早く答えてくれ。

 じゃないと逃げ道が無くなってしまう。

『……宗太郎?』

 やっと応答があった。

「愛梨! 無事か!?」

『無事ってアンタねぇ!』

「説教は基地に帰ってから聞く! 今はここから逃げるぞ!」

『……覚悟しておきなさいよ』

 水密扉ハッチの向こうで気配がした。

「無駄だ。誘爆で歪んで開かないみたいだ」

『誘爆ってアンタ!』

「やっちまったモンは仕方ねぇだろ!」

『帰ったらぶっ殺す!』

 これは困った。

 帰ったらフルボッコにされるだろうな。

 やっぱり愛梨、置いていこうかな?

 だが水密扉ハッチが開かないんだから仕方ない。

 エンジンカッターで破るにしても装備は基地に置いてきてしまっている。

「姪乃浜、海保から救助要員を回してくれ。エンジンカッターが必要だ」

『人が足りてない。順番が回ってくるのに時間がかかるぞ』

『後でいいわ。民間人が先よ。それにこっちはまだ浸水してないもの』

『……了解した。救助が落ち着いてきたら回してもらう。二人ともそれまで別の脱出口を探せ。他に通路があるはずだ』

 民間人の救助にまだ時間がかかるはずだ。

 火災ならまだよかった。煙や炎に巻かれる危険はあるが船は沈まないから。

 しかし今となっては船体断裂。沈没の可能性が差し迫っている。

 救助の順番が回ってくるまでのんびりと待っているわけにはいかない。ハッチをこじ開けることができる道具がないか俺は周りを探して回った。

『こちら巡視船さつま。該船船首部の沈降が始まった』

 俺と愛梨がいるのが船体の後部。

 沈みつつあると報告が入った船首部は姉ちゃんたちがいる場所だ。

『ありさ、浦上! 大牟田姉妹を回収して退避。海保に船を回してもらう! 宗太郎は愛梨の救助を続行!』

 くそぅ。

 早く開いてくれ。

 俺は見つけた大型のバールをハンドルにかけて梃子のようにこじ開ける。しかしいくら力を込めても水密扉はびくともしない。力を緩めてガンガンと引っ張ってみるが、それでも扉はうんともすんとも言わなかった。

 足元程度だった浸水はいつの間にか太ももにまで達していた。この水圧も扉を開けるのを妨害しているのだ。

『鹿児島SST柏木三監より各員! ヤンデレを取り逃した!』

 なんだと!?

 相手をすると言ってヤンデレを引き取った瀬戸と高島は何をやっているんだ!

『誘爆の衝撃で隊員が失神と脚を損傷。その間に逃げた模様』

 俺のせいじゃねぇか。

『ヤンデレはナイフを所持している。各員、遭遇に注意せよ』

 ちくしょう!

 動く気配が全くない扉にイラついて俺はバールを放り投げた。宙を舞った鈍器は金属製の壁に衝突し、閉鎖された船内に不気味な打撃音が響く。

 バールは全然役に立たない。

 他に使えるものはないか?

 俺は再び狭く乱雑な船内を探し回る。

 ここは船内だ。修理のためのガス切断機ぐらいあるはずだ。

 積み上げられたコンテナをひっくり返し、古めかしい段ボールを引き裂き、入っていたガラクタを漁る。スチール棚に適当に置かれた工具をぶちまける。

 あった!

 切断機だ!

 やや小型の装置で少し頼りないが贅沢は言っていられない。それにホースも一緒に見つかった。

 それにしてもなんでここはこんなに散らかっているんだ。

 愛梨に部屋を荒らされるぞ。

 これが終わったら台風食らっちまえ。

 見つけた切断機とホースを接続する。

 俺はガス切断の免許なんてものは持っていない。そもそも取得できるような年齢でもない。

 だけどそんなことを言っている場合じゃないんだ。

 実際に切断したことどころか切断機すら触ったことがない。しかし俺は何度か姉ちゃんが作業するところを見たことがある。見様見真似でやればなんとかなるだろう。それに今回は愛梨が脱出できるような穴を開ければいいだけだ。綺麗に切断する必要はない。

 しかしこれだけではガス切断はできない。

 酸素ボンベにアセチレンボンベ。それに二つのボンベの圧力のバランスをとるための圧力調整機も必要だ。

 赤く塗装されていた調整機はすぐに見つかった。しかしボンベが見つからない。あんなデカいものが見つからないはずはない。棚に収納できるようなサイズでないから床に立てられているはずだ。隠れていそうな場所の障害物を投げ倒してみる。

しかしどこにもボンベなんてものは置かれていなかった。

クソッ!

切断機があってもボンベが無いじゃねぇか!

 こいつだけあってもただのガラクタだ。

 俺は切断機を投げ捨て、さっき壁に放り投げたバールを再び手にする。

『むくどりより鹿児島SST、船体後部左舷にてヤンデレを発見』

『柏木三監了解。瀬戸は現場に急行してヤンデレと交戦』

『瀬戸了解。船体後方左舷に移動する』

 鹿児島SST隊長の指示が飛ぶ。

『柏木三監、ヤンデレはこちらに向けて何かを叫んでいる』

『助けを求めているのか?』

『分からない。何かを探しているようにも見える』

『了解。瀬戸が到着するまで監視を続行せよ』

 俺はふたたびバールをハンドルに掛ける。

そして力任せに引っ張った。

 海水で濡れていたからだろう。バールが外れて俺は勢いよく尻餅をついた。床に沈んでいたガラクタに尻をぶつけて尾骶骨に激痛が走る。しかし痛いとか言っていられる場合ではない。愛梨をここから救い出さなければ、彼女がもっと大変なことになってしまう。

 俺はバールを杖にして立ち上がり、ふたたびそれをハンドルに掛ける。

「姪乃浜! 民間人の救助はまだ終わらないのか!?」

『まだだ! まだ終わってない!』

 全体重を乗せてバールを引っ張る。

 あまりにも力を入れたために血が頭にのぼる。

頭蓋骨の中で何かがブチブチと千切れる。

 早く開いてくれよ!

『こちら瀬戸。左舷後方に到着した。これよりヤンデレと接触する』

 その宣言の後に瀬戸さんがヤンデレに語り掛けている声が無線から流れ続けた。

『大丈夫! 落ち着いて! 俺は敵じゃないから!』

 微かにヤンデレの声が無線に入り込む。どうやら怒り狂っているようだ。

『一緒にいた男の子は無事だからいっしょ……がっ!』

『瀬戸、どうした瀬戸!』

『太腿を刺された……刃が飛んできた』

 スペツナズナイフか!?

 刀身を射出できるナイフ。それがスペツナズナイフだ。

『動けるか!?』

『這って移動できるがこれ以上の交戦は不可能』

 そりゃそうだ。

 太腿にナイフなんて刺さったら動くだけでも精一杯。

 ヤンデレと戦うなんて激しい運動は無理だろう。

『姪乃浜三監! 応援を!』

 船体断裂で姉ちゃんたちとははぐれている。

 浮いている船体後部にいて、ヤンデレの元へ向かえるのは俺だけだ。

 姪乃浜が命令する。

『むくどりは援護射撃、犠牲は構わん。宗太郎は愛梨の救助を中止、ヤンデレの対処にあたれ』

「愛梨を見捨てるのか!?」

『ヤンデレの鎮圧が優先だ』

「仲間を見捨てるのかよ!」

 俺にそんなことはできない。

 この水密扉の向こうで愛梨が助けを求めているんだ。

『むくどり射撃位置に占位。攻撃する』

 無線の奥で射撃音が響きわたる。

 MINIMIライトマシンガンの音だ。

 弾帯の連結数は二百発。

 軽機関銃ライトマシンガンは銃弾の再装填に時間がかかる。その隙はヤンデレの接近を許すのに十分だ。

 短連射バーストで射撃しているが、俺の移動時間を稼ぐのはギリギリだろう。

『宗太郎! 早く行くんだ!』

「でも愛梨が!」

『宗太郎、私のことはいいから』

「愛梨!」

『こっちは大丈夫。浸水はしてないし、する気配もないわ』

「本当に大丈夫なのか?」

『大丈夫って言ってるでしょ。私が信じられないの? 殺すわよ?』

「信じていいんだな?」

『宗太郎、一人でも死なせたらアンタをぶっ殺すからね』

「わかった。きっと誰かが助けにくるからしっかりしろよ」

 俺は腰にまで浸水してきた海水をかき分け、水密扉を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る