第1想定 第12話

 姉ちゃんの人間関係に解決のヒントがあると考え、俺は姉ちゃんに質問を始めた。

 もちろん地雷を踏み抜かないよう細心の注意を払いながら。

「小学生の時、家に同級生を連れてきていただろ? 連中はどうしたんだよ」

「……小四の終わり頃から、だんだん趣味が合わなくなってきた」

 小四?

 確かステルスゲームを親戚に貰って、それにドハマリした年だな。

 確かに小四の女の子だったらミリタリーで話が合うなんてことはめったにないだろう。

「じゃあ、中学生の時は?」

 俺は、姉ちゃんに尋ねた、気の合う友達の一人ぐらい必ずいると思ったからだ。

「ボクと同じ趣味を持った女子はいなかった」

「男がいるだろ」

 大抵の男子中学生は女子のことしか頭にない。それに男だったらミリオタの一人や二人、普通にいるだろう。

「その人たちにも声をかけたんだけど……」

 まぁだいたい予想できた。

「ボクの方が詳しすぎて、仲間に入れてくれなかったんだ」

「それじゃあ高校も……」

 だいたい予想しているが、一応聞いてみる。

「入学してすぐに趣味仲間ができたよ」

 お、予想が外れた。

「女子か?」

「ううん、男子」

 いらっ。

「どんな奴だったんだ?」

 なぜかぶっきらぼうな声が出る。

新田原しんでんばる君って言うんだけど、空軍マニアで専門は輸送機だったの」

 空軍マニアで名前が新田原ねぇ……。新田原にゅうたばる基地を思い出してしまった。三〇五飛行隊が異動してきた空自の基地だ。空軍マニアになるべくしてなったような人なのだろう。

「ミリオタ歴は?」

「たしか三年目って言ってたかな」

 今も続けていたら八年目といったところだろう。

「それで新田原君とは本の貸し借りをするようになったんだ。ボクが『特殊部隊の装備』を貸したときは大喜びしてたんだよ」

「あぁ、『特殊部隊の装備』か。あれはコンバットタロンの説明も載ってるから喜ぶだろうな」

 ハーキュリーズという超有名な輸送機を改造したのがコンバットタロン特殊部隊支援輸送機だ。特殊部隊の空中投下や物資の補給で使われることもあれば、航空攻撃エアカバーもできるというスグレモノ。こんな改造を考えたやつはエジソンやスティーブジョブズに並ぶ天才発明家と言っても過言ではないだろう。

 「フルトン回収やSTAR回収で盛り上がったんじゃないか?」

 コンバットタロンⅡ以降は外されたが、コンバットタロンⅠの機首には兵員回収用のアームが取り付けられていた。

 ちなみにフルトン回収システムとは、まず回収対象者がワイヤーを装着し、その反対側についている気球を空に浮かべる。そして航空機が機首のアームでワイヤーを捕まえ、そのまま連れていくという回収方法のことだ。僻地の郵便物を回収するための技術を、米海軍が遭難者の救助用に応用したのがはじまりらしい。STAR回収もだいたい同じだ。

 ちなみに、某かくれんぼゲームにもこれが登場するんだが、本物のフルトン回収は気球が浮かぶだけ。人をすっ飛ばすほどの浮力はない。

「うん、それにHALO降下も初めて知ったって喜んでたよ。

 姉ちゃんはどこか嬉しそうだったのだが、またすぐ元気がなくなった。

「でも突然、話を聞いてくれなくなったんだ」

「何があったんだ?」

「………………」

当時のことを思い出したのか、姉ちゃんは今にも泣きだしそうな顔で、何とか言葉をひねり出した。

「前日に貸した本を叩きつけながら、『このサイコパス女!』って」

 なんだよ姉ちゃんがサイコパスって。そんなわけがない。……いや、舞香とひなたを躊躇なく瞬殺した姉ちゃんを前にしてこんなことを言っても説得力に欠けるが、少なくとも普段の姉ちゃんはサイコパスではない。そもそも姉ちゃんはサイコパスではなく狂気系のヤンデレだ。

「姉ちゃん……」

「ボクはただ……銃の本を貸しただけなのにっ!」

 姉ちゃんはヒステリックに叫ぶと、そのまま泣き始めてしまった。

 でも一体どんな本を貸したんだ? 銃の本でサイコパスと思われるようなものはないぞ。いや、俺が知らないだけかもしれないけど、少なくとも姉ちゃんはそんな本を持っていない。

「ちなみに貸した本のタイトルは?」

「『●●●●●●』」

 あれになにかマズいものが載ってたっけ?

 むしろ喜ばれるはずだ。

 この趣味の世界では銃の操作法について書かれた本が数多くある。

 しかしあれは銃弾が人体に与える影響ストッピングパワーや銃器犯罪についてまとめた画期的な書籍だ。ショットガンを口に突っ込んで撃つとどうなるか、その死体の写真を踏まえながら議論を展開して……あ、これか。

 俺が中学生に上がりたての頃の出来事を思い出す。

 今となっては平気だけど、あのときは死体の写真をみて眠れなくなったんだ。

 だけどあの程度で「サイコパス女」って罵倒するか? 死体の写真を喜々と見せて……だったら考えられるが、それでも罵倒するようなことではない。

 そもそもこの趣味の世界に長くいるのであれば、死体の写真。少なくともそういう文章は読むはずだ。俺たちの趣味はそういうものだと理解するはずだ。

 疑問は残る。

 しかし俺は会話を続けた。急に会話が途切れるのはアレだったし、なによりこれからの会話でそれを解消するヒントが出てくるかもしれないからだ。

「あの本には散乱した死体の写真が載ってるだろ?」

 餓死した日本兵の死体とか、頭を撃ち抜かれたスナイパーの死体とかであればまだマシだったかもしれない。ちなみにこの写真が載った本は両方とも家にある。

 だけどそれが散乱したものであれば限界のラインも下がってしまうだろう。

 俺が始めたあれを見たときは、ショック二週間ほど一人では眠れなくなってしまった。きっと姉ちゃんもそんな感じだったはずだ。

 そして新田原とやらもそうだったに違いない。あれがショックで姉ちゃんを『サイコパス女』って罵倒したんだろう。たったあれだけで『サイコパス』扱いするとは思えないけど、とりあえずこの線で話してみよう。

「あれを最初に見たとき、姉ちゃんは平気だった?」

「うん」

 あんたすげぇよ。

「俺が初めてあれを見たときはショックで眠れなくなったんだ。でも今は違う。俺の趣味はそういうものだって知ったから」

 俺たちの趣味は言い換えれば効率的に人を殺す技術だ。

 だけどそれを運用する人たちは人殺しをやりたくてやっているんじゃない。

 世界は話し合いで解決するほど甘くはない。誰かを守るためには誰かを殺さなくてはならない。そして誰かがそれをしなければならないんだ。

 戦時であれば敵の銃弾に身を晒し、平時であれば人殺しと批判され、ときには殺人罪で訴えられる人がいる。自分自身を犠牲にしてでも誰かを守ろうとする人がいる。

 俺たちはそういう人たちに惹かれてこの趣味を続けているんだ。

「新田原とやらはまだその段階に達して現実を受け止めていなかったんだよ。ミリタリーがただカッコイイものとしか見ていなかったんだろうよ」

 もうひと押しだ。

「とにかく、俺はもう三回も殺されたんだ。そろそろ正気に戻ってくれ!」

「!」

 突然、姉ちゃんの瞳に絶望の色が浮かぶ。

 やべぇ! もう少しだったのに地雷踏んじまった!

「ボク……ボクは宗太郎を殺しちゃったの……?」

 どうしよう!

 なんてごまかそう!

「しかも……三回」

「違う!」

「嘘っ!」

 あっさりと見破られた。

 ちくしょう! 嘘が使えないとなると他に何がある!

「宗太郎に酷いことしちゃった」

「いや違うんだ!」

 たしかに殺されたけど、半分は俺の不注意のせいなんだよ。 

 俺がマヌケだったから死んじまったんだよ。

「ボク、もう死ぬよ……宗太郎に酷いことして、これからもう生きていけない……」

 姉ちゃんは唐突に死を口にした。

「ふざけるな、死ぬとか簡単に言うな! 死ぬってことは逝くってことなんだぞ!」

 だめだ、何があってもそれだけはさせるわけにはいかない。

「だって、ボクは、宗太郎を三回も殺してしまってるんでしょ? もうこれ以上、迷惑をかける訳にはいかないよ」

 そう言うと姉ちゃんは、涙を流しながらニコッと笑った。

「姉ちゃん、何を……」

 待て、待ってくれ、姉ちゃん……。

「姉ちゃん……」

 姉ちゃんはUSPの銃口を胸に当てた。

 いや、そのUSPに入っている銃弾はすべてロックされているから撃発したくてもできないんだけど。

 なんだ、この場に自殺に使えるようなものなんてどこにもないじゃん。

「ごめんね、宗太郎。さようなら」

 ヤンデレが自分自身を沈静化するなんて、愛情保安庁で初めての事例かもしれない。

 しかもその銃はマガジンが脱落していて――マガジンが無い!?

 まずい!

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