第1想定 第10話

 俺たちは目的地である音楽室に到着した。

 風紀委員長は目を覚まさないように、姉ちゃんが処理止めを刺してある。まさかあんなところ校門付近の茂みに死体が隠されているなんて誰も想像できないだろう。

 装弾の確認もした。

 準備完了、いよいよヤンデレとご対面だ。

 スライディングドアをがらりと開け、音楽室に突入する。

「あっ、先輩!」

「おまえかよ!」

 突入した音楽室の中にはひなたが立っていた。

 そして舞香が縛られて横たわっている。

 奥では栗野が倒れていて、それを起こそうと坂本が必死に揺り動かしている。

「なぁ、ひなた」

「はい?」

 俺はちらっと栗野のほうに目を向けた。血の海に体を横たえた彼女はぴくりとも動かない。

「……今度は何をしたんだ?」

 またひなたの前で、俺の悪口でも言ってしまったのだろうか。

 ツンデレも考えものだよな。

「ちょっとした尋問ですよ」

 なるほど拷問か。

 栗野が今度は何をやらかしたのかという意味で聞いたけど、別の意味で捉えたようだ。栗野に今度は何をしたという回答が返ってきた。

「先輩の制服姿とか、好きな食べ物とか、普段の服装とか……。先輩のいろんな事を聞いたんですよ」

 聞き出したの間違いだろ。

「それでどうして栗野はあんなことになっているんだ?」

「はい。先輩のことを話すときの栗野さんが嬉しそうだったので片付けました」

 栗野は俺のことが好きだもんな。

 ディスっているときにまたその感情がポロっとこぼれてしまったのだろう。俺をディスるときの栗野ってなんだか嬉しそうだしさ。

 さて鎮圧を始めますか。

「坂本、逃げろ」

 まずはまだ生存している坂本に逃走を促した。

 彼女も殺害対象に入っていてもおかしくはない。作戦失敗の要因を一つ減らすためにも彼女には逃げてもらわければ困る。

 しかし彼女は戸惑っていて逃げる様子がない。

「だって……」

「いいから逃げろ!」

 語気を強めて言うとようやく逃走を開始した。

 ちらちらと栗野を振り返っている。

 戻ってくるんじゃないぞ。と坂本の背中に釘を刺す。

 よし、これで民間人はいなくなった。

 本題に戻る。

「それで舞香はどうしたんだ?」

「吹奏楽の練習が終わってみんなで先輩の話をしてたんですよ」

 俺ってモテてるんだな。

 知ってたけど。

「そしたら話に長伊土先輩が入ってきて、先輩と付き合ってるって自慢気に話してきたんです。ウザかったので縛っておきました」

 そういうとひなたは舞香のそばまでゆっくりと近づいて、弱々しくなった舞香に冷ややかな口調で一方的に話始めた。

「これでも感謝してるんですよ、長伊土先輩?」

 ひなたは感謝しているといっているが俺には到底そうは見えない。

「先輩は私からフルートを奪いましたよね」

「フルートを希望していたのは同級生じゃなかったのか?」

「いいえ。長伊土先輩は私が入部したときは二年生、途中入部だったんです」

 あのじゃんけんの相手って舞香だったのか。

 でもそれなら俺と出会ったことでチューバの魅力を知り、フルートへの未練は断ち切ったはずだ。

「ひなたはそのことで舞香を恨んでいるのか?」

「長伊土先輩が私からフルートを奪ったのはもうどうでもいいんです。そのおかげで先輩に出会えたんですから……」

 ひなたは少し黙り込むと、今までの冷たい口調から一変し、叫ぶようにして俺に訴えてきた。

「でも、長伊土先輩は私からフルートだけじゃなく、先輩も奪ったんです」

 何言ってるんだこいつ。

「奪うもなにも、俺と付き合ったことはないだろ?」

 俺にとって舞香は初めての彼女だ。

「先輩は私に共感してくれたじゃないですか。つまりお互い通じあっている、愛し合ってるってことじゃないですか」

 こいつヤバい。

「ほら長伊土先輩。今ここで上岡先輩と別れてください」

 ひなたは舞香の髪の毛を鷲づかみにして、顔をあげさせる。

「………………」

「ほら」

「………………」

「意地でも別れないんですね……だったら先輩とはここで永遠にお別れです」

 その『先輩』という単語はどちらを指しているのか。

 どちらの意味でも意味は一緒だ。

 ひなたの手に鉛筆が浮かび上がる。

 だが、その凶器は完全に形ができる前に消滅してしまった。

 姉ちゃんが発砲し、ひなたを無力化したのだ。

「宗太郎、こいつはボクにまかせて!」

 姉ちゃんは一瞬にして距離を詰め、ひなたに組み付いた。

 俺の役目はひとつしかない。

 舞香の元へ駆け寄ると、ずりずりと引っ張ってひなたから距離を取る。

 ある程度離れたところで片膝を建てて座り、サブマシンガンを脇に置き、舞香を縛る縄をナイフで切断した。

「舞香! 俺だ! 俺の声がわかるか!?」

 舞香の柔らかいほほをぺちぺちと叩く。

「!」

 熱い。舞香のほほが尋常ではないぐらいに熱い。

 俺は舞香のまぶたを引っ張って、眼球を観察する。

 ……これはまずい。熱中症だ。

 まぶたを剥かれて露わになった眼球。その中央にある瞳孔は拡散していた。瞳孔の拡散は熱中症の症状の一つだ。

「ほら! 舞香! 飲め!」

 俺は腰のポーチから水筒を取り出し、キャップを外して舞香の口元に近づける。

「………………」

 舞香はぼんやりとした瞳で俺をじっと見つめる。唇に当てられた水筒に気付いていないようだ。

「……そ……ろう」

「俺だ俺! 俺のことが分かるか!?」

「そう……ろー……」

「そうだ! 宗太郎だ! そ・う・た・ろ・う! ほら言ってみて」

「……早漏」

「………………」

 舞香の意識は回復した。

 それと誰が早漏だ。俺はどちらかというと遅ろ……なんでもない。だいたい、俺たちは清く正しいお付き合いをしているのであって、不純異性交友などは一切――、

『宗太郎! 後ろだ!』

「!?」

 姪乃浜に言われて後ろを振り返ると、姉ちゃんがひなたの顔面を掴み、彼女の後頭部を柱の角に何度も打ちつけていた。

 ヤンデレ化している!?

 俺はMP5――いやサイドこっちのほうが早い。すぐさまUSPを抜いて数発発砲する。

 命中だ。

 沈静化された姉ちゃんは手の力が緩む。しかし、ひなたが動くことはなかった。

「姉ちゃん、なにやってんだ!」

「宗太郎、どうしたの?」

 あんたがどうしたんだよ!

 MP5に持ち替える。

 もちろん、その間にUSPの銃口を外すようなヘマはもちろんしない。

「だってこの女、宗太郎に擦り寄ろうとしていたんだよ」

「ひなたは俺のことが好きだからな」

 今回の事件も前回の事件も、俺のことが好きで発生してしまったのだ。

「だけど片想いぐらいさせてやってもいいだろ」

「よくないっ!」

 その声は怒気に満ち、輝きの消えた瞳からはとてつもない殺気が放たれていた。

 こんなのいつもの姉ちゃんじゃない。

「そこで寝転んでる女も渡して」

 姉ちゃんは舞香を指さし、俺にそう言った。

「宗太郎にはこの女もその女もいらないの。宗太郎にはボクだけがいればいいの。宗太郎はボクだけのものなの。……だからその女を渡して。後はボクが片付けるから。ねっ?」

 もしかして姉ちゃんがヤンデレ化してるのは俺が原因なのか?

「姉ちゃん、落ち着け。舞香を殺す必要はないはずだ」

「宗太郎、すぐ終わるから、大丈夫だよ」

 俺は姉ちゃんを説得しようとするが、まったく耳を貸してはくれない。

『ありさの弾薬をロック』

 姪乃浜の報告が入る。これで姉ちゃんはUSPを使えない。

「宗太郎どいて! その女殺せない!」

「やだよ!」

 舞香は絶対に渡さない。

 その意思を表明するように、MP5のストックを当て直す。

「……だったら」

 !

 銃口を向けているというのに飛びかかってくる。

 俺は冷静にトリガーを絞――ろうとしたときには既に側面に回られ、銃をつかまれていた。

 それだけでなく顔面をつかまれ、軽々と後ろへと倒される。

 まずい!

 しかもスリングをナイフで切り裂かれてMP5を奪われた。それで撃たれると覚悟する。

 しかし撃たれることはなかった。

 俺のMP5はマガジンを外され、チェンバーから銃弾が抜かれ、手の届かない遠くへと放り投げられた。

 くそぅ。

 メインアームを失ったいま、頼れるのはUSPサイドアームと格闘術のみだ。

 俺は一瞬の隙をついて飛び起き、姉ちゃんに対峙する。

 お互いに臨戦態勢で円を描くように間合いを図りあう。

 左右に動き、飛びかかるフェイントをいれつつ――やべぇ!

 いつの間にか俺と姉ちゃんの位置が入れ替わり、守っていたはずの舞香が姉ちゃんの後ろに見えた。

 タイミングなんてものを図っている場合じゃない。俺はすぐに飛びかかった。

 しかし姉ちゃんはそれを待っていた。舞香に立ちふさがる俺を突破したとしても、俺が飛びかかってくることを予測していたのだ。

 伸ばした腕はあっさりと掴まれて、軽々と一本背負いを決められた。

 しかも運が悪いことに、叩きつけられる場所には舞香が横たわっている。

「ギャッ!」

 なんとか地点をずらそうと、せめて胴体をはずそうと抵抗してみた。だけどその効果はなく、俺の踵が勢い良く舞香の腹部に直撃し、足元で悲鳴があがる。

「舞香! 大じょ――」

 上半身を起こして彼女の無事を確認しようとするが、首にナイフが当てられてその動きを制された。

「姉ちゃん! 舞香は無事なのか!?」

「宗太郎はどうしてそんなことが気になるの?」

 俺の彼女なんだから当然だ。

「そんなのどうだっていいじゃない。ボクのことより、この女のほうがいいって言うの」

「そういうわけじゃ……」

「宗太郎はそんなこと言わないっ! 宗太郎だったら「お姉ちゃんが大好き」って即答するもんっ!」

 それこそ言わねぇよ!

「そんなの宗太郎じゃないッ!」

 激昂した姉ちゃんは俺の首をサックリと切り裂いてしまった。


【SOTARO IS DEAD】


『宗太郎の死亡を確認。残りライフ二つ』

 まさか姉ちゃんに殺される日がくるとは思わなかった。

「くそぅ、なんで俺を殺そうとするんだ」

『いや、違うな』

 どういうことだ、俺は確かに姉ちゃんに殺せれたぞ。

『さっきは殺されたが、それは宗太郎が地雷を踏んだからだ。それ以前のありさは宗太郎を殺そうとはしていない』

「なぜだ?」

『さっきの会話を聞いていても短絡的すぎる。おそらく宗太郎をどけるためだけに格闘を仕掛けたんだろう』

 舞香のところへたどり着くことが目的だから、わざわざ俺を殺す必要はない。

 姪乃浜の言うとおり、きっと俺をどけるために技を仕掛けたんだろう。

 そして俺が技で負けたあと、地雷を踏み抜いてしまったから殺されたんだ。

『ありさが言っていた「そんなこと言わない」というセリフはヤンデレの典型的なセリフだ。大抵が妄想から来ている』

「その妄想に対処する時にはどのような事に気をつければいいんだ?」

『まずはその妄想を否定しないこと。かといってそれを全面的に受け入れてもいけないぞ。ややこしくなるからな』


【CONTINUE】


「どうしてそんなことが気になるの? そんなのどうだっていいじゃない。ボクのことより、この女のほうがいいって言うの?」

 さて、なんて答えよう。

 いや考えている時間はない。ここはまず姉ちゃんの妄想を受け入れて、

「姉ちゃん、俺は、姉ちゃんのことが……だ、だ大好きだ! だから――」

「だったらこの女なんてどうだっていいよね?」

 悪化したじゃねぇか!

「でも、舞香だって大事なんだよ。なんだって俺の彼女なんだから」

「あはははは、宗太郎。この女のどこがいいの?」

 いつもは無表情なのにたまに笑うところだな。いわゆるクールビューティー。それにその笑顔を俺に対してしかしないというのも独占欲が満たされていいと思う。そしてクールビューティーのよさを一層引き立てているあの毒舌だっていいよな。別に俺はマゾってわけじゃないんだけど、なんだかゾクゾクするんだよね。マゾじゃないけど。そして追い込まれると照れるところとか、さらには怒って照れ隠しするところだってすごく可愛いんだぞ。まぁあの胸はちょっと不満だけどな。足りないところ……いや余計なところはそこだけだ。

「この女なんてただの他人じゃない! 姉弟でもなんでもないじゃない!」

 当たり前だ! もし姉弟だったら恋愛感情なんて持つわけがない。俺はクリスマスの夜に東京の中心で妹にプロポーズした千葉県の兄貴じゃないんだよ!

「高校を卒業したら遠くに行っちゃうかもしれないんだよ? そして自然消滅しちゃうかもしれないんだよ? だから他人のこの女より、姉弟のボクのほうがいいんじゃないの!?」

「だとしても、普通は姉弟で恋愛なんてしない」

「別にしたっていいじゃない」

「は?」

 こいつなに言ってんの?

「愛なんて人種も国籍も性別も関係ないのよ?」

「否定はしないけど……」

「それは愛があるから関係ないの。だったらお姉ちゃんでも愛さえあれば関係ないよねっ?」

「問題大ありだ!」

 いろんな意味でさ。

「姉弟で恋愛なんて、絶対におかしいぞ! そんなこと考えるやつの気がしれない!」

「おかしい……、気がしれない……」

 あれ? なんか地雷踏んじゃったかな?

 姉ちゃんの手が俺の首をつかみ、親指を立てて押さえつけてきた。

 息がっ……。

「なんで宗太郎もそんな酷いことをいうの!? あいつと違って宗太郎はそんなこと言わないと思ってたのに! どうして! なんで宗太郎もあいつと同じことを言うの!? ねぇ、なんでなの!?」

 俺「も」? そして「あいつ」?

 ちょっと文章に気になるところがあった。

 しかしそれをヒントに話題を展開することはできなかった。

 またもや首を切り裂かれてしまったから。


【SOTA IS DEAD】


『宗太郎の死亡を確認。残りライフ一つ』

 とうとう2キル目を食らってしまった。

『先ほど大分SSTに応援要請をした。今頃は出動準備をしているところだろう。だが到着まで十分近くはかかる。準備を含めると十五分前後だ。宗太郎はあと十五分粘るか、連中が到着する前にありさを鎮圧するかしかない』

「そんな無茶な……」

 十五分だぞ? 

 そんなに長く耐え切れそうには思えない。

 だって俺、姉ちゃんとの戦闘が始まって二分もしないうちに2キル食らってんだぞ?

 十五分も持ちこたえられるとは思わない。

『………………』

 突然、姪乃浜が黙り込んだ。

 その無言から放たれる雰囲気は重々しい。

『……宗太郎、もうありさは手に負えない』

「……どういう意味だ」

 全身から嫌な汗が吹き出した。最悪のことを考えてしまう。

 どうか違っていてくれ。

『……射殺だ』

 姪乃浜は淡々とそう告げた。

「でも――」

『増援の到着まで十五分以上はかかる』

 俺が助かるにはその時間を耐え凌ぐしかない。

 だけど俺は新人だ。そんなに耐え切れるわけがない。しかも戦闘開始から数分で二回も殺されている。きっと五分すらもたないだろう。

 それは頭では分かっている。

「姉ちゃん……射殺……」

 だけどそんなこと、俺にできるわけがない。

『ありさを失うことは愛情保安庁にとって大きな損害だ。しかし止むを得ない。宗太郎、ありさを射殺せよ』


【CONTINUE】


「それは愛があるから関係ないの。だから、お姉ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ?」

 姉ちゃんがいろいろと問題のある演説をかましているところに戻ってきた。その最中に、

『チェンバーの弾薬を実弾に変更! 射殺を許可!』

 待って!

 待ってよ姪乃浜!

『このままでは宗太郎はありさに殺される。そうしたら次は長伊土舞香が殺されるだろうし、そこで死んでいる前田ひなたも生き返ることができなくなる。栗野も死んだままだぞ!』

 それは知っている。

 でもそんなことをしたら姉ちゃんが死んでしまうじゃないか!

『……宗太郎、一人を選ぶか四人を選ぶか今すぐに決めろ』

 姪乃浜からの無線はそれっきりだった。

「ねぇ宗太郎、聞いてるの?」

「え?」

 しまった!

 姪乃浜の無線に集中していて聞いていなかった。

 未来が見える。話を聞いていなかったことに激昂してSOTARO IS DEAD――

 そんなのマヌケすぎる。

 何の話だったか?

 思い出せないと悲惨な未来が待っている。

 いや、未来がない。

 頑張れ俺の脳みそ。

 もうちょっと、もうちょっと……きた!

「ああ、聞いてるぞ。お兄ちゃんだけど愛さえあれば――」

 間違えた。

「ふふっ。宗太郎、ボクのお兄ちゃんになりたいの? それでもいいよ、お兄ちゃん」

 やめろ!

 俺にそんな趣味はない!

 そう言おうとしたけど、ギリギリのところで踏みとどまった。

 まずは姉ちゃんが馬乗りになっている状態をなんとかしなければならない。そのためにはこの会話の流れはチャンスなんじゃないのか?

「俺がお兄ちゃんになったら姉ちゃんに甘えられないじゃないか」

 うわぁ。

 まさか俺の口からこんな言葉が出るなんて。

「俺は弟として姉ちゃんに甘えたいんだよ」

 思いついたなかで最も良いと思った口説き文句をささやきかける。

 恥ずかしいとかそんな場合じゃない。

 もうちょっとだ。

「そうだね。宗太郎はボクの弟だもんね」

 よし、体が開放された。

 自由を取り戻した俺は素早く立ち上がり、姉ちゃんにUSPを指向した。

「姉ちゃん……」

 俺は条件反射でUSPを向けていた。しかし発砲するつもりはなかった。

 いや、発砲できなかったのだ。この中にはいつもの鎮静弾ではなく実弾が入っている。俺がトリガーを引けば姉ちゃんは死んでしまう。

 だけどひなた達を助けるには撃たなければならない。

「姉ちゃん、お願いだ。正気に戻ってよ!」

 撃ちたくないんだ!

「……そうなんだ」

「!?」

 姉ちゃんは俺の手からUSPを奪い取り、スライドを引いてあっという間に射撃準備を完了させる。

『まずい!』

 姪乃浜の叫び声が耳を貫く。考えていることは俺と同じだろう。

 トリガーには指がかけられている。


【SOTARO IS DEAD】


『おい宗太郎、なぜ撃たなかったんだ!』

 死亡早々、姪乃浜の説教が始まった。いつもの形式張ったセリフはない。

「だって姉ちゃんだし」

『そんなの関係ない! 一体どうするんだ! もう宗太郎のライフは無いぞ!』

「……なんとかする」

『なんとかならないから射殺命令が出てるんだろうが!』

 姪乃浜の言うとおりだ。これまでに相手をしてきたヤンデレたちとは明らかに何かが違う。

 なにかこの状況を解決するものはないか?

「機動隊! 機動隊だ!」

 俺は一つ思い出した。

 この現場を封鎖しているエリート部隊がいることに。

「機動隊を突入させてくれ」

『だめだ。これ以上被害を増やすわけにはいかない』

 しかし却下される。

 それもそうだ。彼らが姉ちゃんに勝てるとは思えない。

 わざわざ被害を広げるようなマネをする必要はないのだ。

『生き返るのはこれで最後だ。生き返ったらすぐにありさを射殺して決着をつけろ。そして生きて帰れ。分かったな?』

 俺の意思が聞かれることは無かった。


【CONTINUE】


 俺のライフはもうない。

 生き返るのはこれで最後だ。

『チェンバーは実弾だ』

 わかった、実弾だな。

 俺はスライドを引き、チェンバーに入っていた実弾を排出する。

『おい! 何をやってる!』

 見てわかるだろ。

 実弾を捨てたんだ。

 どうやって正気に戻そうかなんてまだ思いついていない。

 だけど射殺する選択肢だけはない。だから実弾は必要ないんだ。

 俺は姉ちゃんを助ける。そして舞香とひなただって助ける。それに栗野だって。

 誰一人として見捨てたりはしない!

 姉ちゃんと一緒に基地へ帰るんだ!

 俺はUSPを指向する。次の銃弾が持ち上がってきて今のチェンバーには鎮静効果のある弾薬が――え?

 USPのスライドは後退したまま。

 つまりスライドオープン、弾切れだ。

 姉ちゃんは俺の失策に気づいて突進。襟首に掴みかかった。

 リロードをする時間はない。

 こうなったら最後の手段、近接格闘術!

 俺の襟首をつかむ手をがっちりとつかんで外側へ回す。すると姉ちゃんはあっさりと仰向けに倒れた。

 よし、うまく技が――

「うぐっ!」

 決まったと思ったら下っ腹に強烈な衝撃。

 姉ちゃんは蹴りを入れて、俺の小手返しに反撃してきた。

 あまりの痛さにその場にうずくまり、動けなくなる。

 あの小手返しはたまたま成功したのか、それともアレを誘うためにわざと襟首に手を伸ばしたのか。

 そのどちらだとしても格闘返しを食らったことには変わりない。

「?」

 目の前に小さい箱が落ちてきた。USP用のマガジンだ。

 蹴り食らった衝撃でマグポーチから脱落したもの……いや、装弾が減っている。だいたいそのくらいの衝撃で落っこちるようなものではない。

「動くな」

 頭の上では姉ちゃんが俺にUSPを突きつけていた。

 だけどそのUSPをよく見るとグリップが空っぽ。

「姉ちゃんの銃弾はすべてロックされてる。撃てないぞ」

「………………」

 ヤンデレ化したせいで冷静さを欠いているのだろうか。SST歴の長い姉ちゃんだったら銃弾をロックできるということを知っていてもおかしくはないはずなのに。

 俺は立ち上がる。

 普通、銃を突きつけられて、しかも「動くな」と命じられている状態で動こうとするやつはいない。マガジンが脱落しているといえども、チェンバーにはまだ銃弾が入っているからだ。

 だけど姉ちゃんが持っているUSPの中に入っているのはロックされた銃弾。いくらプライマーをぶっ叩いても撃発することはない。だからあのUSPはただの鉄くずだ。

 それに対して俺のUSPは空っぽ。だけどここでリロードするのは自殺行為。

 だからナイフを抜いて姉ちゃんに飛びかかった。

 刺すためでなければ切りつけるためでもない。ナイフは相手を引っ掛ける近接格闘の道具にもなるのだ。

 しかし姉ちゃんは俺の意図に気付き、ハイキックでそれを蹴り飛ばした。

 そして再びハイキックを繰り出すモーションに入る。

 まずい!

 狙われていた頭部を左腕でガードする。

 しかし左腕には衝撃はこなかった。そのかわりに脚と脇腹に軽い蹴りが一発ずつ入る。

 くそっ、フェイントだったか。

 だけどもうそんな小細工は通用しないぞ。

 姉ちゃんの攻撃がやみ、お互いに攻撃するタイミングを図り合う。

 …………!

 仕掛けようとする直前、その気配を察知したのか、姉ちゃんが蹴りを繰り出してきた。

 右ひざの中段蹴りだ。

 俺はその部分をガードする。

 しかし姉ちゃんは空中で脚を入れ替え、左足で上段蹴りを入れてきた。

「うっ!」

 またフェイントか!

 モロに攻撃を受けた俺はすぐに体勢を整えることができず、軽々と投げ飛ばされてしまった。

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