Ⅺ 巨人の正体(1)

「――さあて、サウロくん。そろそろ僕らも行こうじゃないか!」


「は、はい!」


 一方、少し時を戻し、そうしてドン・キホルテスが巨人と死闘を繰り広げていたその頃……マルクとサウロは夜陰ならぬ深い霧に紛れ、その巨人の背後へと密かに回り込んでいた。


「……ここら辺かな? よし、シャックス! 扉を開けろ!」


 キホルテスの奮闘により、まさかの苦戦を強いられた巨人は二人の動きを気にかける余裕もなく、その隙に巨人の背面間際まで近づいたマルクは、虚空に向かってなにやらそんな言葉を投げかける。


「フン! やってやってもいいが、その代わりおまえの魂をいただくぜ?」


 すると、どこからともなく半透明をした大きなコウノトリが傍らへと飛来し、不気味なしわがれ声でマルクの呼びかけにそう答えた。


「…わっ! ま、マルクさん、この鳥はいったい……?」


「ああ、ソロモン王の72柱の悪魔の内序列44番・掠奪侯シャックスだよ。さっきはこいつを召喚してて遅れたのさ」


 当然、驚いて目をまん丸くするサウロだったが、その妖しげな鳥の正体についてマルクは淡々と説明する。


「こいつはね、まあ、言ってみれば盗みの天才さ。なんで、侵入困難な場所へ忍び込む際にはなかなか重宝する……さあ、シャック、さっさとやるんだ! そんな脅したって無駄だよ? 取れるもんなら僕の魂とってごらんよ? なんならこのサウロくんのも取っていいよ?」


「ちょ、ちょっとマルクさん! そんなこと悪魔に言っちゃってもいいんですか!?」


 その上、続けて悪魔にケンカ売るような態度をとる怖いもの知らずなマルクに、正気の沙汰とは思えないサウロは慌てて止めに入るのであったが。


「大丈夫だよ。こいつ、魔法円の外では嘘ばっか吐くんだ。さっき、魂の対価なしで言うこと聞くって契約したからね。悪魔は一度交わされた契約を破ることができない。ほら、シャックス! 契約通りにしないっていうんなら、またこいつで責め苛むけどそれでもいいのかい?」


 マルクはあっけらかんとそう答え、懐からシャックスの印章シジルが刻まれたペンタクルを取り出すと腰の〝カットラス〟も引き抜き、それらをコウノトリに突きつけながら、いつになく強い口調で脅すように言う。


 いや、それはカットラスのように見えてカットラスではない……柄の部分はカップ状のナックルガードの付いたまさにそれなのだが、刀身部分はやけに短くナイフ並みの長さしかなく、しかもサーベルのような片刃ではなくて両刃の剣になっている。その上、そこには神聖文字や魔術記号が無数に刻まれており、じつはそれ、魔術武器の〝短剣ダガー〟なのだ。


 サウロに貸し与えたのも同じく〝短剣ダガー〟であるが、このカットラスに見立てた特注品の方こそがマルクの普段使っている愛用のものである。ちなみに黒い革の鞘は通常の長さと変わらないという、一見してそうとわからない、遊び心満載な一品となっている。


「うっ……わ、わあったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ……」


 その悪魔が苦手とする二つの魔術武器で脅された半透明のコウノトリは、渋々という感じで返事をすると、その両の眼を赤くカッ…! と輝かせる……すると、驚くべきことにも巨人の大きな背中の真ん中に、四角く木製の古びたドアが浮かび上がったではないか!


「不用心にも鍵はかかってねえからすぐに入れるぜ? さあ、これで用は済んだだろ? 俺はおいとまさせてもらうぜ」


「ああ、ありがとうシャックス! それじゃ、またね……永遠に終わりなき第一者の名によりて帰るがよい、掠奪侯シャックス!」


 だが、その不可思議な現象をもさも当然というばかりに、暇乞いをする悪魔に対して送り返すための呪文をマルクは唱える。


「ケッ! 二度と呼ぶんじゃねえぞ……」


 そんな呪文に見送られ、コウノトリの悪魔はしわがれ声で悪態を吐くと、バサバサと翼を羽ばたかせながら、虚空へと溶け入るように消え去ってゆく……。


「ま、マルクさん! きょ、巨人の背中にドアが……」


 かたや、またしても驚嘆の面持ちで目を見張るサウロは、その扉を唖然と指差しながら、譫言のようにしてそう呟く。


「ああ。巨人の中へ入るためのドアさ。さあ、いよいよ〝巨人の心臓〟――即ち、巨人を操ってる黒幕・・とのご対面といこうじゃないか……」


 しかし、やはりマルクは平然とした様子で、愉しげに口元を歪めながらその扉のドアノブへと手をかける……これがまた不思議なことに、巨大な脚の分だけ高い位置にあるはずなのだが、なぜか彼の手はにゅっと伸びて、いともなくドアノブへと届いてしまうのだ。


「よっこらせっ……と」


「……あ、ま、待ってください!」


 ドアを開けると、そのまま吸い込まれるようにして中へと消えるマルクの後を、ただただ呆気にとられるサウロも慌てて追いかける……すると、背よりも高い位置にあるその四角い穴に、どういう理屈かサウロも難なく侵入できてしまう。


「どうも、おじゃましますよう……」


「……!? ……え、なんで? どうしてあなたがここに……」


 今日はもう何度目になるのか? マルクについて扉を抜けたサウロは、そこに見た光景にまたしても驚愕させられることとなる。


 巨人の体内……のはずなのに、そこにあったのは全体が円形をした狭い部屋の内部であった。


 狭いが天井が高く、石と木と漆喰で造られたその丸い部屋の中には、太い梁や柱ばかりでなく、何やら木製の歯車みたいなものが幾つか組み合わさって頭上に設置されている……壁が弧を描くその丸い形からして、塔か何かの中だろうか?


 また、石造りの床にはマルクの使った〝ソロモン王の魔法円〟とはまた少し違う、円と四角を組み合わせ、神聖な文字と記号を加えた魔法円が白いチョークで描かれている……。


 そして、その円の中央には、片手に黒い革表紙の本を携えた、白い祭服姿のパーネス・モンテ司祭が立っていた。


「な、なぜ、貴様らここに……」


 突如現れた二人に、パーネス司祭の方も唖然と目と口を開いている。


「なに、僕もあんたと同じように悪魔の力を借りただけさ……司祭さま、聞いたところによると、あんたはもと魔法修士の出身みたいじゃないですか?」


 驚きの連続に、一人取り残されてポカン顔のサウロと、また、状況を理解できずに呆然と立ち尽くす司祭本人をも他所よそにして、マルクはまるでおかまいないしに淡々と種明かしをし始める。


「それが、方針転換して司祭に叙任され、このトボーロ村の教会へ着任したのがちょうど一年前。すると、その頃からこの村には〝巨人〟が出現し始めた……偶然の一致にしちゃあ、できすぎてますよね?」


「な、なにをバカな……」


 嫌味ったらしい笑みを浮かべて語るマルクの言葉に、パーネス司祭は精悍な顔を青褪めさせて明らかに動揺している。


「そこで、巨人が現れる四辻を改めて眺めてみたら、こいつ・・・が目に入りましてね。調べてみると奇遇にも教会の持ち物だっていう……その上、都合のいいことにも壊れてしばらく使われていないときている……となれば、悪魔を取り憑かせて巨人にするにはもってこいの物件じゃないですか? こうして粉挽用の石臼・・・・・・ を取り外し、魔法円を描いておいても誰にも見咎められることがない……」


「………………」


 がらんとした円形の粗末な室内を見回しながら語るマルクに、司祭は険しい表情を固めて押し黙ったままだ。


「着任する前から考えてたのか? それとも村に来てから思い付いたのかは知らないけど、あんたはこいつ・・・を悪魔の力で巨人に変え、恐怖で支配した村人達から貢物をせしめ取る悪事を思いついた……もと魔法修士の知識と技術があればり造作もないことだったろうね」


「そ、それじゃあ、司祭さま…いや、パーネス司祭がこの巨人騒動の黒幕……」


 すべてを理解し、傍らで聞き耳を立てていたサウロが思わず間の手を入れる。


「その通り。領主に討伐軍を差し向けられてはさすがにマズイんで、その前に訴えようとしていた村人を殺害してそれを妨害したのもね。おまけに村一番の美人ドゥルジアーネ嬢に岡惚れすると、人身御供と偽って手に入れようとまでした。本人には〝自己犠牲の精神〟とかなんとか、ご立派な説教をぶって言い含めるなんていう小細工までしてね。まったく、聖職者の風上にもおけない色惚け破戒神父さまだよ」


「…………なぜ、わかった?」


 陰謀を解き明かされ、ついでに歯に絹着せね言葉で侮辱までされたパーネス司祭は、ようやくその口を開くと重く低い声で尋ねる。


「なあに、魔法修士じゃあないけど、僕も一応、同業者・・・だからさ。さすがに巨人を造ろうなんていう発想はなかったけど、悪魔の使い方ならこちらも熟知してるんでね」


 対してマルクはそう嘯くと、肩掛け鞄から司祭と同じような黒い革表紙の本を取り出してみせる。


「……そうか。そういうことか……きさま、もぐり・・・の魔術師だったか。ただの医者のガキだと思って油断したな……」


「チェックメイトだ、パーネス司祭。村人達にすべてを白状し、溜め込んだ貢物を返すってんなら、なぶり殺しにされないよう口添えくらいはしてあげるよ? あとは逃げるなりなんなり好きにするがいいさ」


 最早、悪事を隠す素振りも見せない司祭に対して、マルクはそう交換条件を添えて降伏を促す。


「……フフ……フハハハハハ…!」


 だが、悪事もカラクリもすべて露見したこの状況にあっても、司祭は赦しを乞うどころか、むしろ勝ち誇ったように高笑いを高い天井に響かせるのだった。

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