Ⅹ 雪辱の騎士(1)

 そして、ついに巨人の予告した三日後の朝がやってきた……。


「――えいっ…!」


 朝霧に包まれた果樹園の片隅、サウロの投げたマルクの短剣ダガーがカン…! と小気味良い音を立て、枝に吊るした的の板切れに見事真っ直ぐに突き刺さる。


「サウロ、そろそろ頃合いだ。いざ、参るといたそう……」


「あ、はい!」


 そんなナイフ投げの練習をしていたサウロに、農作業小屋から出て来たキホルテスが厳めしく声をかける。


 今日はここ数日の包帯姿から一転。これまで通りのキュイラッサー・アーマーにその身を包むと、左肩には銀に輝くカイト・シールドも提げた完全武装の騎士姿である。


 また、その腰にいた剣はもちろん、昨夜、マルクが悪魔〝サブノック〟の武装化の力を宿した擬似魔法剣・・・・・のブロードソードだ。


「ロシナンデス、行って参る。なに、安心して待っておれ。そなたの仇も必ずや取ってみせようぞ!」


「ロシナンデス、どうか旦那さまに力を貸しておくれ。私もおまえの分まで旦那さまの戦いをお支えするからさ……じゃあな……」


 そして、他人の土地ではあるが、小屋の傍らに勝手に穴掘って作った愛馬の墓へ二人して向かうと、その棒切れを立てただけの粗末な墓へ語りかけ、いよいよ巨人との再戦のために四辻のある村の中心部へと向かった。


 道すがら、徐々に周囲を取り巻く朝霧はその深さを増してゆき、いつしか三日前と同様、一寸先をも見通せぬほどの白い濃霧に村全体が包まれてしまう……。


 だが、この霧はキホルテス達にとっても好都合だ。これならば村人達に見咎められることなく、巨人が現れるその時まで身を潜めていることができる。


 ちなみに怪しまれても面倒臭いので、寝泊まりしていた小屋には「お世話になりました。では、お約束通り、また旅に出ます 騎士とその愉快な仲間達より」という偽の置き手紙を、マルクの指示でしたためて置いてきてある……子供のように見えても、あの童顔の旅の医者、なかなかどうして抜かりはない。


 しばらく物音に気をつけながら霧の中を進むと、やがて、主従二人はあの〝供物台〟と呼ばれる大通りの四辻へと到着する。


「ドゥルジ姫、今しばしの辛抱にござる……」


「今度こそ、あなたもこの村も救ってみせますからね……」


 濃い霧の中で目を凝らすと、辻の真ん中には馬のない荷車と思しき影が浮かんでおり、すでに三倍の貢物と人身御供であるドゥルジアーネはお供え済みの様子だ。


 無論、ドゥルジアーネは逃げられないよう、先日よりもいっそう頑丈に縄で縛り上げられているに違いない……。


 また、これは予想通りのことであったが、巨人を恐れる村人達は今日もひとっこ一人周辺に見られない……つまりは、思う存分、巨人と雪辱戦が繰り広げられるということである。


「いやあ、お待たせ。なかなか相棒・・が言うこと聞いてくれずに手間取っちゃったよ……」


 先日同様、深い霧の中でまたも畑のあぜの裏に主従が隠れていると、そこへ、まだ準備があるからと別行動をとっていたマルクが少し遅れてやって来た。


「よかった。まだ巨人は現れていないようだね……ドン・キホルテス、サウロくん、聞くまでもないと思うけど準備はいいね?」


 二人にならって畦の裏へとしゃがみ、静まり返った四辻を眺めながらマルクは一応、尋ねてみる。


「うむ。戦の前と同じく胸が昂ぶって致し方ないでござる」


「はい。ナイフ投げの特訓もしてきましたのでなんとか……」


 マルクの問いかけに、腰の剣の柄を握りしめながらキホルテスは鼻息を荒くし、サウロの方は少し緊張した面持ちで、マルクの短剣ダガーを革製ホルダーから引き抜いてみせる。


「作戦っていうほどのものじゃないけど、大まかにはドン・キホルテスが巨人と闘っている隙に僕とサウロくんで突っ込んで黒幕・・を捕まえるって感じでいくよ? 細かいとこはまあ、各自の判断で……おっと。いよいよお出ましのようだ」


 そんな二人に続けて作戦を説明するマルクだったが、ちょうどその時、白一面の景色の中にあの山のように巨大な黒い影が、ギシギシと不気味に軋む音を立てながらゆっくりと浮かび上がり始めた。


「きゃあああぁーっ! ……ど、どうか……どうかお助けください! 巨人さまあっ!」


 その姿を目にしてか? 辻の真ん中に置かれた荷車の方からは、命乞いをするドゥルジアーネの絹を裂くような悲鳴が聞こえてくる。


「…ガハハハ……ムラビトドモヨ、チャントヤクソクヲハタシタヨウダナ。ゼンカイノコトハユルシテヤロウ……」


 一方、何度見ても恐ろしげな四つの腕を持つ巨大な人影は、そんな彼女の恐怖する姿を真っ赤に光る眼で悠然と見下ろし、重低音の高笑いを霧に響かせながら満足げに独りごちる。


「さあて、それじゃあドゥルジちゃんも怖がってることだし、さっそく巨人退治を始めるとしようか……戦の火蓋を切るんなら、やっぱりこれ・・てもんだよねえ……すぅぅぅぅ〜…」


 その巨人に対しておもむろに立ち上がったマルクは、待ってましたとばかりにそう嘯くと、思いっきり息を吸い込み、突撃を告げる角笛・・代わりにラッパをプウゥゥゥゥ〜っ…! と高らかに吹き鳴らした。あの、悪魔召喚の儀式で使ったラッパである。


「うむ! ドン・キホルテス・アルフォンソ・デ・ラマーニャ! 再び参る!」


 それを合図にキホルテスは兜のバイザーをカチャン…と下ろし、腰のブロードソードを颯爽と引き抜くと、畦から飛び出して勢いよく駆け始めた。

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