Ⅶ 通りすがりの魔術師(4)

「マルクさん……」


「なあに時間稼ぎだよ。ああ言っておけば、巨人がまた現れる明後日まで村にいても文句言われないからね。それまでにこちらも対策が練られる」


 村長達が去った後、本心を確かめるようにサウロが声をかけると、マルクはニヤリと笑みを浮かべながらそう嘯いて答える。


「ああ、そうでしたか。もしや丸め込まれてしまったのではないかと心配いたしました……旦那さま! やりましょう! 今度こそ巨人を討ち倒すのです!」


 マルクがドゥルジアーネの犠牲を容認したのではないと確認し、安堵に胸を撫で下ろしたサウロはやる気満々に主人へ訴えかける。


「……いや、司祭殿の言う通りでござる」


 ところが、当のキホルテスはいつになく表情を曇らせると、俯いたまま弱々しい声でそう呟いた。


「それがしは、まるであの巨人にかなわなんだ……剣も槍も折られ、愛馬までをもうしない、自らも足腰立たぬまで叩きのめされた……完敗にござる……」


 普段の彼には似つかわしく、さらに弱気な発言をキホルテスは続ける。


「それがしが弱いばかりに、ドゥルジ姫を救えぬばかりか、村人達を余計苦しめることとなってしもうた……この体たらく、なにが騎士でござろうか……いや、今回ばかりではない。さきの戦でも友軍を危険に晒し、多くの仲間達を無駄に散らせた……騎士の位と領地を剥奪されるのも当然にござる……」


 自らの至らなさを猛省し、これまでの騎士としての生き様すらをも否定するキホルテス……司祭に突きつけられたその事実が余程応えたのであろう。


「サウロ、そなたにも迷惑をかけた……それがしのような主人でなければ、そなたも路頭に迷うことはなかったであろうに……」


「旦那さま……いえ、そんなことは……」


 それまで見たこともないような主人の姿に、サウロもなんと声をかけていいのかわからない。


 確かに彼の行き過ぎた騎士道精神のおかげで、サウロもすいぶんと迷惑を被ってきた。今だってそのおかげで行くあてのない旅暮らしだ……けど、だからと言ってそれに付き合わされてきたことを、サウロはさほど後悔してはいない。いや、そんな困った主人を支えてきたことは、従者である彼にとってむしろ誇りなのだ。


 そのことを伝えたい……だが、その思いをいざ言葉にしようとすると、どう言ったらいいのかがわからないのだ。


 騎士と従者……どちらも不器用な、似た者同士の主従なのである。


「それがしにもドン・ハーソン殿のような魔法剣さえあれば……いや、あれほどの魔法剣でなくてもよい。せめて、巨人と斬り合ってもけして折れぬ、頑丈な剣の一振りでもあればの……」


 一方、己の非力さに打ちのめされるキホルテスは、叶わぬ夢ながらも〝フラガラッハ〟のような魔法剣を手に、縦横無尽に戦場を駆け巡る騎士としての理想像を心の内に思い描く。


「それじゃあ、頑丈な魔法剣さえあればあの巨人を倒せるっていうんだね?」


 そんなキホルテスに、空気読むの下手なのか? どうにも軽い感じで無神経な質問をマルクがぶつけた。


「……ん? ああ、無論だ。少なくとも昨日のような遅れはとらぬ! 巨人に目にもの見せてくれようぞ! ……が、そう簡単に魔法剣など手には入らぬもの。すべてはないものねだりにござるよ……」


 その問いかけに一旦は自信を持って答えるキホルテスであったが、すぐにまた俯くとその瞳の色を曇らせる。


「いや、騎士たる者、愚痴など口にせせず、ただ潔く死すべきのみでござるな……かくなる上は我が命を以って、巨人にドゥルジ姫と貢物の免除を願い出るとしよう。せめてもの騎士としての務めだ……」


そして、敵を倒せぬまでも自らの命を代償に、ドゥルジアーネ達村の者を救う決意を固めるのだった。


「そ、そんな! 早まらないでください! まだ他に何かいい手があるはずです! せっかくマルクさんのおかげで助かったっていうのに、その命を巨人に差し出すだなんて!」


「いや、それがしにできることはもうこれしかないのだ。すまぬ、サウロ。再仕官の約束は果たせなくなった。悪いが我が亡骸はロシナンデスとともにこの地へ葬ってくれ。いつかはラマーニャ領へも帰りたかったが、それも最早かなわぬ願いだな……」


 驚いたサウロが考えを改めさせようと声をかけるが、キホルテスは頑なに聞く耳を持とうとはしない。


「なに言ってるんですか! 諦めないでください! 騎士としての誇りはどうしちゃったんですか! 旦那さまはまだ闘えます!」


「いや、闘ってもまた無様に敗れ、さらに村人達を苦しめるだけのことだ。騎士であればこそ、潔く自らの命で己がしでかした敗北の責を贖うのだ」


 さらに説得を試みるサウロだったが、一旦、こうと決めたらテコでも動かないのがキホルテスである。


「あのう……お取り込み中のところ悪いんだけど、その魔法剣、僕が造ろうか?」


 そうして主従が並行線のままに言い合いを続ける中、おそるおそるマルクは手を挙げると、遠慮がちに二人の間へ割って入る。


「そうですよ! 魔法剣を造れば巨人を……え!?」


「ほら、マルク殿も言っておろう。魔法剣は造れるものなの……だぬ!? つ、造れるでござるか!? 魔法剣を!?」


 さらっとしてくれた爆弾発言に、二人はお互いボケツッコミをかましながら、唖然とマルクの方を振り返る。


「い、いや、しかし、今はもう魔法剣を造り出す技術は失われてしまったのではござらぬのか!?」


「そうですよ。いくらマルクさんが魔術を使えるとはいえ、魔導書の魔術を以ってしても魔法剣は造れないって聞きましたが……」


「まあ、古代に造られた本物・・の魔法剣みたく超強力なのは無理だけどね。でも、ある程度のものならば、悪魔の力を付与することで再現するのは可能だ。いわば擬似・・魔法剣ってところだね」


 それぞれ疑問を口にする主従二人に、マルクは改めてその言葉の真意を詳しく説明する。


「ほら、戦でも城壁や兵器に悪魔の力を宿したりしてるでしょ? あれと同じさ。今回使った薬も大まかには同じ原理だね。ま、魔導書の召喚魔術も手間と時間がかかるんで、通常、個々の剣や槍まで強化することはしないんだけどね。悪魔の力を借りれば、巨人でも叩き折れない頑丈な剣を造ることぐらいわけないさ」


「なるほどぉ……確かに大砲とか砲弾の威力を魔術で増大させてるのは見たことあります! そうか。あれと同じ要領で旦那さまの剣も強化すれば……」


 マルクの説明に、サウロも戦場で見かけた悪魔の力の兵器利用を思い出して、なんとなく彼の言ってることを理解する。


「……うむ。それならばいけるやもしれぬ……あの硬い腕をも斬り落とせる剣ならば、今度こそ巨人を討ち倒すことができる!」


 一方、キホルテスもその眼に生気を取り戻し、みるみるいつもの熱き闘志を包帯ぐるぐる巻きの身体に宿し始める。


「よし! 話は決まったね。それじゃあ、雪辱戦の作戦会議といこうじゃないか……」


 そんな二人の顔を交互に見つめ、自称、旅の医者だと名乗るこの少年は、どこか愉しげな様子で不敵な笑みをその童顔に浮かべて見せた。

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