Ⅳ 従者の苦悩(1)

 その少年の名はサウロ・ポンサ……エルドラニア王国カテドラニア地方の南方、ラマーニャ領を治める騎士カヴァイエロ、ドン・キホルテス・アルフォンソ・デ・ラマーニャに仕える従者である。


 今は亡き父サンジオの代から先代のラマーニャ領主ドン・セルバンチョスに仕える下僕の家に生まれ、不幸にも先代が戦で討死し、同じく父もその戦で負った傷がもとで命を落とした後は、跡を継いだ息子のキホルテスに彼が仕えするようになった。


 キホルテスは10歳年上の騎士道文化をこよなく愛する人物で、〝若君〟と呼ばれていた頃にはまだ幼きサウロに騎士道物語ロマンスを語って聞かせてくれたり、剣術の真似事や乗馬を教えがてらに遊んでくれたりもよくしてくれたものだ。


 そんな、古き良き騎士達の心躍る大冒険譚や騎士ごっこにサウロも魅了され、自らを小姓ページに見立てると、いつの日か自身も従騎士エスクワイアとなって修行を積み、やがてはキホルテスみたいに立派な騎士になる夢を見るようになったのもごくごく自然な流れであったのであろう。


 だが、大人になるにつれ、そんなことは所詮、夢幻ゆめまぼろしの如くであり、この世界はもっと残酷で冷徹であることに彼は気づかされる……騎士になれるのは騎士の家に生まれた者だけであり、下僕はいつまで経っても下僕のままなのだ。


 厳然としてそこに立ちはだかる、そうした身分制度という名の高い壁の存在を知り、夢破れた少年の心持ちはいかばかりだったことか……。


 しかし、いくら泣き言を言ったところでこの世界が変わるわけもない。彼はその現実を真正面から受け入れると、あくまでも従者としての立場から、主人を盛り立てることに生き甲斐を見出すようになった。


 従者である自分が支えることでドン・キホルテスに武勲を立てさせ、恩賞を得ては領地を広げ、より高い身分の貴族へと立身出世させるのだ!


 まあ、先代の従者であった父の跡を継ぎ、やはり家督を継いだキホルテスに実際仕えるようになると、その騎士道精神を重んじる理想がいかに今の世とかけ離れているかをサウロもよく理解するようになり、あまりにも常識のない主人の尻拭いをすることもしばしばではあったが、それでも彼は…いや、だからこそ、この従者としての責務に俄然やる気を感じていった……。


 平時はもちろん、戦場であっても従者としてともに出陣し、その時々に応じて求められる様々な種類の刀剣類を用意しては、常識がない代わりに剣の腕はピカイチである主人の活躍を支えた。


 それは、主人に得物を渡す際、投げ渡したりすることもあったためにいつしか抜群の投擲コントロールを身につけ、その技を転用してナイフ投げも名人クラスの腕前にまでなったほどである……。


 また、母も幼くして流行り病で亡くしており、さらに父まで失った天涯孤独のサウロにとって、主人であるとともに兄のように育った仲でもあるキホルテスは、唯一の家族と呼べるような存在でもあった。


 それは、同じような境遇にあるキホルテスにとっても言えることだったのかもしれない……ゆえに、この主従の結びつきはたいへん強固なものであり、まだ若くしてサウロは、自分の生きるべき道をすでにしっかりと見据えていた。


 〝騎士〟とはいっても治めるラマーニャ領は小さな村程度の大きさで、しかも、標高が高く強い風も吹くために、農作物の育ちも悪いカラカラに乾いた痩せた土地である……。


 しかし、そんな貧しく小さな村がゆえに、懇意にしている村の教会の司祭ペレロスや床屋のニコルらも気軽に城へ出入りしており、彼らと困った主人のことをボヤきながら送るこの暮らしを、なんだかんだ言ってサウロは気に入っていたのである。


 ところが、そんな生活にも突然、終わりの時が訪れることとなる……。


「――ええっ!? 騎士の身分を剥奪された上に、ラマーニャ領を召し上げられたあ!?」


 1585年、ミラーニャンを巡るフランクルとの戦に勝利した後、論功行賞を終えて帰ってきた主人ドン・キホルテスの言葉に、宿営地で待っていたサウロは目をまん丸く見開くと驚愕の声をあげる。


「ど、どうしてそんなことになるんですか!? ニ十機余りの騎士を討ち取ったゆえ、恩賞は間違いござらん…て、そう自信満々に言ってたじゃないですか!?」


 サウロは唖然とした顔で、キホルテスのモノマネを交えながら彼に尋ねる。


「いやあ、それがしもすっかりそう思い込んでいたのだがの。ところがいざ論功行賞に行ってみたら驚きだ」


 サウロに問い詰められたキホルテスは、苦笑いを浮かべながらその時のことをサウロに説明する――。


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