14・精霊使い

 運ぶ人数の増加をものともせず、レグナは相変わらずの高速で、マトスマデルを出て半日後には、ネイサたちはニグテグント魔術学校に到着した。そしてその到着から遡ること1時間ほど。


 丸、三角、四角と様々な形をした大量の窓が印象的な、学校というより宮殿のような見た目のニグテグント魔術学校の校舎の1室。学生魔術師のシオンは、抜け出してきた退屈な授業の代わりとばかりに、ある魔術を試みていた。

 六芒星を形作るように並べられたロウソクに、手に持った別のロウソクから移すことで火をつけていく。その過程でぽたぽたと落ちた蝋が固まる、ロウソク六芒星近くに立ち、ビンに入った黄色混じりな緑の液でつけたばかりのそれらの火も消す。

 不真面目だが、決して愚かではない彼だから、慎重に、丁寧に、1つ1つのそういう手順をこなしていく。

 彼が試みようとしているのは”霊術れいじゅつ”の降霊こうれい


 肉体など物理的なものが存在する世界は物理世界である。しかし実は物理世界のあらゆるものは、単に器に過ぎず、生命体というのは、器である肉体を、魂なる存在が意識や感情によって操作する事によって成り立っている。

 魂のような霊的なものが存在する世界は、物質世界に対して霊界と呼ばれている。

 ちなみに魔術師が利用する”生命樹”というのは、さらに深淵にある要素で、それらは物理的、霊的という分類に関係なく、あらゆる物の真の仕組みとも言えるものだが、それを上手くコントロールして物理世界に変化を生じさせ、利用するのが”錬金術”であり、霊界の存在を利用するのが”霊術”である。

 降霊は”霊術”の代表的な技の1つで、つまり物質世界に器を持たぬ存在、霊界にのみ存在する存在を、物質世界に召喚するというもの。実際には”生命樹”の適切な操作によって、2つの世界の区別を曖昧にするという表現が正しいと、すくなくともニグテグント校では教えている。

 霊界にのみ存在する者は精霊せいれいと呼ばれ、物質世界に器を持つ者たちに負けず劣らず多い。ただし生命体が死ぬと、魂だけの存在となり、霊界の者となるというのは迷信である。魂というものが実際にはどういうものであるにせよ確かなこととして、それと器との繋がりは強く、器の崩壊は魂の消失を意味している。新しく生まれる生命体の魂は、親の持つそれの一部が離れ、独立したものである。

 しかし、最初の生命体に魂が宿った理由は謎なために、よく哲学者や信心深い人に、神の実在する証拠だとされている。


「さあ我が前に現れろ」

 彼が内部のロウソクいくつかを倒して入っていた六芒星の、少し外側に黒いペンらしきもので描いた幾何学模様の上。彼の言葉と、それが出現したのはほぼ同時。


 彼が降霊により召喚したのは、コヨーテを模した仮面を被り、カラフルなポンチョを纏った少年の姿の精霊、ウェウェコヨトル。

 精霊にはそもそも決まった姿などはないが、降霊により、物理世界に現れる場合、術者のイメージが投影された姿で現れる。ウェウェコヨトルは、シオンが幼年時代を過ごした村では、神の1柱として崇拝されていた精霊で、彼のイメージはその村の伝承に登場する姿そのまま。


「シオン、何か用か?」

 呼び出されるのはもう4度目、その精霊の方も、シオンのことはよく知っている。

「ウェウェ」

 シオンはその不思議な友人をそう呼ぶ。


 物理世界の者が、人間やヴァンパイアやガルーダ(のような亜人)と、様々な種族に別れているように、精霊にもまた様々な種族が存在している。

 物質世界の特定の文化圏などにおいて、神として崇拝されているような精霊はたいてい、神霊しんれい族か巨魔きょま族である。ウェウェコヨトルもそうだ。彼は神霊族。

 神霊や巨魔は特別な力を持つ精霊であり、魔術師に召喚されるまでもなく物理世界に影響を及ぼす事が出来る。だからこそ神霊や巨魔は魔術師でない者にもよく知られ、崇拝や恐れの対象となる。また時に、彼らが引き起こす事象は物質世界では災害として記録されたりする。


「”命の書”が奪われたらしい」

 シオンはそれだけ言って、探るようにウェウェコヨトルの表情を確認する。それは全くの無表情に見えるが、シオンには、彼が驚いているようにも思えた。

「それと奪われたらしい時期に、レグナが完全起動させられたらしい」


 必要もないので、レグナはたいてい完全には起動されない。レグナ本人も、平時は睡眠を望んでいる。必要な時に備えてエネルギーを貯めるために。


「派手に抵抗したのだろうね」

 ウェウェコヨトルの言葉に、シオンはすぐ頷く。

「そうだ。派手に抵抗した。おそらくは、はっきりと追い詰められてしまったから」

 さらにシオンは続ける。

「”命の書”はたかが1冊の本だ。隠すのなんて簡単。今の所持者が恐ろしいほどのマヌケでないなら、見つけられたのは」

「裏切り者がいる。”命の書”を知る者に」

 シオンより先に、その考えをさっさと述べるウェウェコヨトル。

「今の所持者は死んだの?」

「生きてて、しかもここに来るらしい。目的は間違いなく元所持者のクラストだろう。助けを求める気だ」

 完全に的中していたシオンの予想。

「それでお前は? 僕を呼んだのは何かするためだろう?」

 問うウェウェコヨトル。

「ああ、当然」

 シオンがそう言うと同時に、彼のいた部屋のドアは開かれた。


「シオン、探したよ」

 ドアを開けた中性的な顔の少年が言う。シオンの同級生であるグルック。実は元々魔術に深く通じていて、魔術学校には非公式なルートで入学したシオンと違い、ちゃんとしたルートで入学した魔術師見習い。

 そしてウェウェコヨトルはいつの間にかいなくなっている。

「呼び出しなら、そっちから来るんだな。と言ってたと伝えといてくれ」

「いや、無理だよ。さっ、来て」

 おとなしい性格ながら、精一杯に怒りを露にするグルック。

「たく」

 ため息をつき、しかし観念した様子のシオン。

「わかった」

 そして彼はグルックに続いて、部屋を後にした。

 学校内では、優秀だが素行不良な生徒として知られているシオンと、同じく優秀だが、普通に真面目な模範生であるグルック。一見正反対だが、実はとても仲がいい2人。


ーー


「ねえ、シオン」

 お怒りの教師たちが待つという部屋までの道中の廊下。後ろを歩く友人を振り返るグルック。

「さっきさ、降霊をしてたの?」

「なぜ?」

 シオンは、内心の動揺をおくびにも見せず、なんとかそれだけ言葉を発する。

「校内の空気の原子組成の乱れと、それに部屋に入った時一瞬何か」

「異世界のような感じがした?」

 自分の言わんとしていた事を先に言ったシオンに、驚きながらも頷くグルック。

 だが実はより驚かされていたのはシオンの方だった。異世界のような感じ。まだ魔術に関する知識が浅いグルックはそう表現したが、その感覚は間違いなく、通常物理世界にありえない”生命樹”の状態を感知したからこそだ。自然界に対する相当強い感受性。それは魔術師としての高い才を意味している。

「やはり恐ろしいな」

「何が?」

「これからあるであろう説教」

「あ、ああ、まあ、かもね」


 もちろんシオンが真に恐ろしいと思っていたのは、自分より魔術師として劣っているような教師たちの説教などではなく、自分より遥かに大きな才能を持つかもしれぬ友人の見習いである。


「なあグルック」

「何?」

「ちょっとさ、面白い話してやるよ」

 笑みを見せるシオン。そしてさらにその後ろから、再び姿を見せるウェウェコヨトル。

「”命の書”、て知ってるか?」

「う、うん、それは知ってるけど」

 グルックはすぐ頷いた。


 そして一時間後、学校に到着したネイサたちを門前で待っていたのは、彼らが会いに来た校長のクラストでも、彼らが来ると察知していたシオンたちでもなく、グルックだった。

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