12・したたかな者

 ルメリアの支配者たちである、キングの貴族階級を持つ者たちはみなパドギアスの家系の貴族たち。彼らは生まれながらの地位にあぐらをかいているただのマヌケ共、という典型イメージはだいたい間違っていない認識である。ただ1人に関する事以外。


「キーリアか?」

 自身の部屋を訪ねてきたキーリアを振り返りもしない、黒装束に銀髪が印象的な、貴族階級キングに属している、とある男。

「はい」

 キーリアは七大一族の中でも、パドギアスに次ぐとされるエメシルの血筋で、キング、それに次ぐ"クイーン"に、さらに次ぐ貴族階級"ルーク"に属している女性政治家アシャナに仕えている。

 ただ本来はこのようにキングの者を、事前約束なしに訪ねられるような立場にはない。

「失礼します。ラズー様」

 ラズー。実は彼はパドギアスどころか、七大一族の者ですらない。彼の正体は、もう十数年もの前からルメリアの貴族世界に紛れ込んでいる魔術師。

「あの女の情報は本物でした。”命の書”の所持者はドロンにいましたよ」

 キーリアはラズーの弟子であり、ある時から、すでに政治家としてルメリア政府に潜り込んでいた、同じくラズーの弟子アシャナに仕える事になった。共にラズーの忠実な駒として。

「そうか、それでその”命の書”は?」

「それがですね。少々面倒な状況です」

 そしてドロンでネイサを見つけてから、イザベラを連れてきたまでのことを話したキーリア。


「それでその娘は?」

 話を聞き終えると、すぐさま尋ねるラズー。

「表向きはアシャナからあなたへの献上品の奴隷候補として、丁重にもてなしています」

 ルメリアの貴族社会において、地位や影響力の向上の為に、キング、クイーンへのそのような献上は特に珍しい事ではない。

「ではさっそ」

 新たに部屋に姿を見せた、ショートヘアーの女性によって、中断されたラズーの言葉。

「アシャナ」

 キーリアがその名を呼ぶ。

「やられたわ」とアシャナ。

「アクアリナ家でナイト階級のヴェイグを知ってる?」

ラズーもキーリアもすぐに首を横に振る。

「これが政治家として、なかなかしたたかな奴なんだけどね。どうやら競争相手でもあったみたいよ」


 何者かが負債を肩代わりして無罪放免となったようだが、イザベラには盗賊行為を働いていた過去があり、ヴェイグはその事実を白日の下に晒したのである。それはつまり、イザベラはキング階級への献上品としての価値を失ってしまった。どころかルーク階級のアシャナたちの元にすら置けない事を意味していた。ルメリアの法は、ルーク階級以上の者と犯罪歴を持つ者の関わりを禁じているから。

 もちろんキングであるラズーは、法をねじ曲げる事も可能ではあるが、たかが小娘1人のためにそこまでするのは、あまりにも目立ちすぎる愚行である。

「おまけにあの男、しょうこりもなく、あの娘を買い取ろうと言ってきてるわ」

 それはイザベラを強奪するための、実に巧妙な策であった。

 犯罪歴が発覚し、ルーク階級が所有できなくなった奴隷を、その犯罪歴を暴いたナイト階級の者が買い取る。関係のない者からしたら、単にイザベラを気に入ったヴェイグが、彼女を自分の物にしようとしているだけに思えるだろう。その真の目的は誰にも気づかれない。

 アシャナはヴェイグの提案に応じるしかない。もはや自分にとって関わる事も出来ない奴隷に金を積まれ、断るのはおかしすぎる。


「この素早い根回し。間違いなくあいつもあの娘の価値を知ってるのよ」

 悔しさをはっきり露にしていたアシャナに対し、ラズーは表情を変えず、キーリアはどういう訳か若干の苦笑いを浮かべていた。

「だが、そのヴェイグとかいう奴は、どうやってその娘の事を知った?」

 問うラズー。

「考えられるとしたらゴーレム。探索、あるいは戦闘に使ったやつのどれか。その政治家の息のかかった魔術師か、あるいは実は魔術師であるそいつ自身が仕込んでいた物だったのかも」


 ”創造術”に秀でた魔術師は、ゴーレムやホムンクルスを製作する際に、そのセフィラやクリファを上手く組み合わせ、低級なやり方では実現できない様々な特殊を、それらに設定出来る。例えばゴーレムの見る景色を共有したり、破壊されるとそれがわかったり。

 キーリアは、つまりそのようなゴーレムを、ルメリアの機械兵団に紛れ込ませている魔術師が、ヴェイグの仲間にいるか、あるいはヴェイグ自身がそうかもしれないと推測した訳である。

「彼が魔術師であるとはあまり考えられないわね。彼はアクアリナの純血で、産まれも育ちもディスギア。ついでに幼い頃から典型的な優等生として、将来を期待されてた箱入り君。魔術師であるとして、それを隠せるような人生を送ってないわ」

 ヴェイグ自身が魔術師である可能性は、アシャナがすぐさま否定する。

「まあそもそもが、元々外部の者ならアクアリナを潜入先に選ぶはずがないしな」

 キーリアの指摘はもっともだった。

 その場の3人共が知っている。 歴史的にアクアリナは少数かつ、閉鎖的な一族。つまりラズーやアシャナがそうしているように、紛れ込むのが難しい。それに加えて、当然のごとく、貴族としての階級が低い為ために、政府内の何もかもを好きに、とはいかない。

 “命の書”を狙っている者が、ルメリア政府を利用するなら、その目的は、その強い情報収集力と膨大な人員であろう。実際、キーリアたちはそうだ。しかしその目的で、潜入先にアクアリナを選ぶのは、明らかにおかしい。

「ふむ」

 そして唐突に思いついたようにラズーは、2人の弟子に、次なる行動を指示した。

「ならキーリアは機械兵団を、アシャナはそのヴェイグとかいう奴の身辺、特に魔術師との繋がりを探ってくれ」

「了解」

「任せて」 

 キーリアもアシャナもすぐに頷き、部屋を出ていった。


ーー


「お前がイザベラだな」

「あなたは?」

 ヴェイグに買い取られ、さっそくその部屋に呼ばれたイザベラ。

 しかし待っていたのは、数時間前に、売り買いされる当人の前で、キーリアの仲間らしき女性と売買の交渉をしていたヴェイグなる者ではなく、また別の男だった。赤髪に黒装束の男。

「まだ生きてるのは幸いだ。誰がお前たちの情報をラズーに渡したのかは知らないが、どうやら”命の書”の耐久性に関してはご存知ない奴らしい」

 男の言葉に、とっさに身構えるイザベラ。

「何者ですか?」

「安心していい。俺はラッカス。ネイサと同じ師を持つ者さ」

「ラッカスさん、あなたが?」

 よき兄貴分的な存在だと、何度かネイサにその名を聞いていたイザベラ。

「ルメリアの機械兵団というのは、実は俺が紛れ込ませたスパイだらけでね。お前たちのここまでの経緯はだいたいわかってる」

 つまりキーリアの推測は当たっていた訳である。


 ラッカスがルメリア政府との関わりを持ったのは3年ほど前の事。それからこれまでの3年間、彼はひたすらに機械兵団のゴーレムを自身のものと入れ替えてきたのだ。全てはルメリア政府の動きを監視し、今回のような事態が発生した時、弟弟子の助けとなれるように。

「ネイサの弟子。お前の行為は、”命の書”を受け継ぐ魔術師としては、決して誉められたものじゃなかったろう。でも俺はお前に感謝するよ。ありがとう。あいつを犠牲にしないでくれて」

 彼はイザベラに頭を下げた。

「ラッカスさん」

 戸惑うイザベラに、彼は続けた。

「多分、お前と同じ。あいつに大恩があるんだ。少しでも返すために、俺はここにいるのさ」

「その話も、興味深いね」

 唐突に部屋に姿を見せ、話に割り込んでくるヴェイグ。

「その、君らが慕うネイサという魔術師。”命の書”を抜きに考えても、なかなか」

「イザベラ、こいつは俺が仕えてる政治家のヴェイグ。状況が状況だったんで、事情を話して協力してもらう事にした。まあ悪い奴ではない」

 とりあえずは簡単に彼を紹介するラッカス。

「僕にもいろいろ事情があってね。まあ協力はするよ、出来る範囲で」

 しかしあまり面白くはなさそうなヴェイグ。

「それでそのネイサくんは、いつくると思う?」

「正直わからない、が」

 ヴェイグの問いに、ラッカスはそう返しつつ、助言を求めるようにイザベラに顔を向ける。

 次の瞬間、ラッカスとイザベラが発した同じ言葉は完全に重なった。

「「必ず来るはず」」


ーー


 そのネイサは、ちょうどその頃、ドロンからならディスギアとはむしろ反対方向に進み、ドロンからニグテグントの道中にある、街中至る所に咲き乱れた花壇や、壁に描かれたたくさんの絵画作品が印象的な都市マトスマデルに到着したばかりだった。

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