ゼロのサムライ~魔力、スキル、ステータス強化ゼロで転生した下級武士のおっさんが異世界と聖女の破滅を救う

さんぱち はじめ

第一章 トラック転生ならぬ馬転生~サムライ、馬にぶつかり異世界に

第1話 プロローグ~光の姫神ティアの願い

 気がつけば、全身が光に包まれていた。視界はぼやけ、身体の自由も利かない。けれど、不思議と心は安らぎに満ちていた。


 あたたかい。ここはどこだ? 俺はいったい……。


「ソーガ」


 あたたかな光に身をゆだねていると、その光から柔らかな声が発された。


「ソーガ・クロード」


 そーが……? いかにも。俺の名前は、槍賀そうが蔵人くろうど。そなたは誰なのだ?


「わたしは、ティア。エルーテ・ロンドの光の神です」

「光の、神?」

「ソーガ・クロード……。本当にごめんなさい。でも、あなたを頼るしかなかったのです。どうか、エルーテ・ロンドを。わたしたちの世界とそこに生きるものたちを、[死]から救ってください」

「死から救う? どういうことね?」

「あなたは、わたしたちの唯一の希望です。エルーテ・ロンドを、どうかよろしくお願いします」

「待って。そなたはいったい」


 どこか儚げな乙女の声はゆっくりと消えていった。夢の中に沈むように、意識もまた遠のいていく。


◇◇◇


「目覚めるのだ。ソーガ・クロードよ」


 どのくらい経った頃か、男の声で目が覚める。今度は意識がはっきりしている。目も見えて、不可思議な場所に立っていた。


「どこだ?」


 目の前には真っ白な空間が広がっていた。

 石造りの階段が数段あって、一番高いところに、男と女が椅子に腰かけていた。一段低いところにも椅子があるが、そこには誰の姿もない。


「お主らは?」

わしは、エルーテ・ロンドの光の神の一柱、フロスペクト」


 男はそう言った。肩に乗った黄色い髪や顎鬚が淡い光を放っている。


「同じく光の神の一柱、アクトレイ」


 隣の女がそう言った。腰まである銀色の長い髪が、周囲の光を受けてきらめいていた。


 二人とも神らしい。神に会うのは初めてのことだが、この場所も、神の園だと言われれば納得がいく。あるいは──


「これは夢か? 現実とは思えん」

「夢ではない。そなたは転生したのだ」

「てんせい?」

「ソーガよ。憶えてはいませんか? ここへ来る前のことを」

「ここへ来る前……。あっ!」


 一気に記憶が蘇る。

 俺は殿の死を知り、急いで城へと駆けつけたのだ。そして、最後の務めとして腹を切るため、家へ帰っていた。その道中、角を曲がったところで、出会い頭に早馬はやうまとぶつかったのだ。一瞬、全身に激しい痛みが走って、そのまま……。


 俺は、死んだ。


「ここは、あの世というわけか?」

「いいや違う。ここは、そなたがいた世界とは別の世界エルーテ・ロンドだ」

「正確には、そのエルーテ・ロンドの天界。神々が住まう場所です……。ソーガよ。訳あって、死したあなたを、この世界へと転生させたのです」


 二人の言葉に頭が混乱する。


「えるうて? 俺には何を言っているのか分からん」

豊葦原とよあしはらなかくに。あなたが生きた場所はそう呼ばれていましたね。人々が生きる世界、人の世のことです」


 アクトレイなる女人にょにん、いや女の神がそう言った。


「いかにも」

「その世界には、あなたが暮らしていた肥前をはじめ多くの国があり、また海の向こうにも、見た目や話す言葉が違う人々が暮らす国がありました。それは知っていますか?」

「無論。朝鮮に唐の国。長崎警備もしておったから、南蛮人を見たこともあるよ。ポルトガルぽるとがるオランダおらんだイギリスえげれすなる国々があるとか」

「それが、あなたのいた世界です。そんな世界が、まったく別にも存在しているのです。本来は、互いに隔絶されて行き来できぬ世界が数多あり、その一つがここ、エルーテ・ロンドなのです」

「なるほど。では、そなたらは別世界の天神様ということか」

「そう思っていただいて構いません」と、女の神が微笑む。


 もとより腹を切ろうとしていたが、死んでみると呆気ないものだな。死して別世界に来たことよりも、自分が死んだと言うことに、どこか拍子抜けしてしまった。


「どうしたのだ? クロードよ」


 黙っていると男の神フロスペクトが訊いてくる。


「いや、現世において、武士としての務めも満足に果たせず、十年以上浪人として生きてきた。最後の最後に殿のために切腹することも叶わずに、まさか馬にぶつかって死すことになろうとは……無念。侍の恥よ」

「それならば、その無念、この世界で存分に晴らすがよい」

何故なにゆえ、俺は呼ばれたのだ? こんな俺に何をしろと?」


 そう言うと、フロスペクトが身を乗り出し表情を引き締める。


「実は、いま我々の世界は危機に瀕しておるのだ。[死]がエルーテ・ロンドを覆わんとしている……」

「死?」

「そうなのです。そして、それに対抗できるのは、唯一、あなただけ。だからこそ、あなたを転生させたのです」


 アクトレイも、そう言葉を続けた。


「ここに来る前にも、同じことをお願いされたね。夢かと思っていた。優し気な乙女の声がしたが……、その人も、自分は神だと言うておったね。名前は──」

「姫神ティアですね? 我ら光の三神の一柱です」

「うむ。その座にあるのだな? 彼女はどこに?」


 空いた椅子を見ながら問うと、フロスペクトが静かに答える。


「もう、いないのだ」

「いないとは?」

「ティアは、死んだのだ」

「死したと? 何故?」


 戸惑っていると、アクトレイが、悲しげな眼をこちらに向けて告げる。


「ソーガ・クロード。あなたを転生させるためです」

「姫神が、俺を呼ぶために犠牲に……! 別世界に人を呼ぶには、それほどの代償がいるのか」

「いいえ、エルーテ・ロンドには、あなたと同じように多くの人々が転生しています。神には、特に犠牲も代償も必要ではありません」

「ならば何故、ティアなる姫神は死したのだ?」

「そなたが特別だからだ、クロードよ」


 そうフロスペクトが答えた。


「特別?」

「うむ。そなたは、自分がついさっき死んだと思うておるな?」

「そうではないのか? つい先刻のことな気がする」

「そうではない。そなたが死してから、すでに360年以上経っている。今、エルーテ・ロンドに転生しているものも、現代いまを生きるものたちだ」


 アクトレイが、ゆっくりと頷いた。


「その中で、あなたは、360年の時空を遡って転生させたのです。それは、本来ならば不可能なことであり禁忌でもあります。もし、それを破るのならば、それなりの犠牲が必要なのです」

「では、その禁忌を犯したが故に、ティアという姫神は自らの命を……」

「そうです。現代、そして過去に遡っても、あなたほどの適任はいなかった」


 ティアの声を思い出す。

 どこか悲し気な声だったな。きっと、世界の行く末を神として見守ることもできずに消えるのが無念だったのかもしれない……。


「クロードよ、どうした?」

「分かり申した。お引き受けいたしまする」

「そうか。ありがとう」


 フロスペクトが安堵したように頷く。


「そうと決まれば、次は転生の儀式ですね?」と、アクトレイが微笑んだ。

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