序Ⅱ ルスト、朝食の場で家族と語らい合う

 邸宅1階の中庭に面した一角に女性用の理美容室を兼ねたバスルームがある。

 そこに移動してホーロー引きのバスタブの中で身を横たえたっぷりと汗を流した。その後にシャワーでもう一度身体を洗い、湯上がりには侍女たちに体を拭かせる。私の身長はお世辞にも高いとは言えないが、体のお手入れには普段から手抜かりはない。どんな衣装をまとっても見栄えする自信があった。

 体を清め終えると下着の上下を身につけ、普段着のエンパイアドレスを着させてもらう。

 ブラシで丁寧に髪を梳いてもらい髪型を整える。その間に足にはストッキングを履き、屋内用のエスパドリーユを履く。さらに軽く薄めに化粧を整えて、髪を軽く結い上げて、耳元や首筋に香水をつけて出来上がりだ。

 来賓を迎える時や、晩餐会のような催し物に出席する時は、もっと時間をかけて懇切丁寧に美しさを仕上げる。高い身分であること、責任ある当主の一族であること、それらに伴う威厳を保つために上流階級の令嬢というのは美しくあるべきだ――とされているためだ。


 朝の湯浴みと着替えを終えると次は朝食だ。

 家族が集まる会食室に顔を出せば、そこにはすでに母と私の妹分の女性が朝食を終えようとしているところだった。


「おはようございます」と私が声をかければ、

「おはよう、エライア」とお母様が答えてくれる。


 お母様は私と同じ銀色のプラチナブロンドに碧の目の持ち主だ。非常に気品に溢れ、威厳に満ちた素晴らしい女性だ。


「おはようございます、お姉様」


 その傍らで答えてくれたのは私の妹分にして家族待遇の居候であるアルセラだ。ブロンドの髪が美しい16歳の美少女だ。

 ちなみにアルセラは西の辺境のとある領地の領主をしている。自領地を代官職の者に任せて、中央首都の学校で学んでいるのだ。


 彼女はかつて自領地を失う危機に見舞われた。この危機の場に居合わせてその危機を救ったのが私だった。それから紆余曲折あり、彼女は私の実家のところで国内留学をしている。

 彼女はすでに学校の制服を身に着けていた。襟元に大きなリボンのついた紺青色のスペンサージャケットとスカート姿で足元にはショートブーツを履く。今年の春に編入学を果たしてから順調に学問を続けていた。


「アルセラお嬢様、ご出発のお時間でございます」


 そう声をかけてきたのは彼女専属の侍女のノリアさんだ。アルセラが幼い頃からずっと一緒に暮らしてきた使用人でアルセラに付き添い我がモーデンハイムへとやって来たのだ。


「ただ今、参ります」


 そう言いながらアルセラは立ち上がる。すかさずノリアさんが彼女に冬用のロングコートを着せる。


「それではお姉さま、行って参ります」

「ええ、気をつけてね」


 そして軽く一礼して鞄を手に、元気よく外出して行った。

 後に残されたのは私とお母様だけだった。実はこの場に居るはずの人物がもうひとり居る。私の祖父だ。


「お母様、お爺様は?」

「ユーダイムお爺様はすでに、正規軍本部の参謀本部に向かわれたわ。何でも、先日から連日、同盟国における連携の見直しについて議論してらっしゃるんですって」

「対外戦略の見直しですか?」

「ええ、世界情勢も日進月歩で変わっていくから、今まで通りそのままというわけにはいかないみたいね」

「そうですか。お爺様もご多忙なのですね」

「休む暇もないってこぼしてたわ。でも、引退するつもりもないのでしょうけど」


 お母様はそう言いながら苦笑していた。

 私の祖父、ユーダイムお爺様は国家正規軍の参謀本部で相談役を務めている。かつては元帥を務め一度は引退した身だったが、正規軍内部の規律の乱れを察し、それは自ら立て直す意味で老体に鞭打って正規軍に復帰しているのだ。


「あなたと同じようにね」

「申し訳ありません、なかなか一緒の時間が作れないで」

「ふふ、仕方ないわ。あなた自身の意思でそういう道を選んだんですもの」

「それで今日の予定は?」

「そうね、取り立てて込み入った予定はないから2人でゆっくりしましょう」

「はい、お母様」


 そう言葉を交し合い私たちは笑いあったのだった。

 そして運ばれてきた朝食を口にする。程良く焼かれたトーストに、私の大好きなキノコの入ったオムレツ、白身の魚のほぐし身のスープに、新鮮な野菜のサラダ。焼いたのではなくボイルした腸詰のソーセージもある。

 色とりどりの食材を口にして軽く腹を満たす。

 一通り食事を終えて私は立ち上がった。


「お母様、それではまた後ほど」

「ええ、また後で」


 そう言葉を交わして私は寝室へと戻っていった。

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