第2話 コーヒー君

「あっ。俺、『おしるこ』だって」


 あいつがまた、SNSの性格診断アプリで遊んではしゃいでいる。

 そんな子どもじみたもの、いつまでやってるんだろうな、こいつは。

 まあ、そういうとこも可愛いけど。

 ふわふわした茶色の髪と小柄な体。本人はよく口を尖らせて「俺、こんなんじゃなくて、お前みたいにもっとかっけえのがよかった」なんて言う。

 でも、俺が好きなのは今のお前だ。


「やったぁ! コーヒーじゃん、やったね! ……って、あれ?」


 俺の結果の最後にあった一文。

 『コーヒーの人と相思相愛』。


 なんだ、おしるこじゃねぇじゃん、とお前は急にテンションを下げる。なんだかマンガみたいに、顔のとなりに「しょん」なんて文字が見える気がする。

 ……そういうとこが可愛いんだろ。わかってねえな。

 俺はさっさとスマホの画面をオフにした。ここはひとつ、冗談でも言って場をなごませるべきなんだろうな。

 だが、そう思って言った言葉はむしろ逆効果になったらしかった。


「悪いな。俺はつぶあん派だ。おしるこのお前とは付き合えない」

「えーっ!でも、もう付き合ってるしぃ!もう遅いしー!」


 顔を真っ赤にして必死で口を尖らせて抗議する、そんな顔だってめちゃくちゃ可愛い。自分じゃ気づいてないだろうけど。俺とは真逆なんだよな。

 「ちょっと用事があったのを思い出した」とあいつがダッシュで駆け去ってから、なんとなく手元の空になった無糖コーヒーの缶をいじっていたら、女子の集団から声を掛けられた。


「ねえねえ、今日、合コンがあるんだけどー」

「せっかくだから来ないかなって」

「会ってみたいって言ってる子もいるし~」


 いつものやつだ。俺は内心うんざりしつつ「ごめん。今日、バイトあって」と適当な嘘をつき、さっさとその場を後にした。空き缶をゴミ箱に放り込む。


「ええっ、ざんねーん」

「じゃあ、また今度ね~」


 残念そうな声が、まだからみつくように俺の背中を追いかけてくる。

 こういうのはひたすらに面倒くさい。それに今、俺にはすでに付き合っている奴もいる。合コンなんてほいほい行ったら、あいつはきっと傷ついてしまう。まあ、さっきみたいに顔だけは笑っているんだろうけど。

 おおっぴらに「俺たちつきあってるんで」って言えれば、どんなにいいかと思う。俺は構わないんだが、あいつが「ダメ、ぜったい」と許してくれない。


 こんな顔をしているせいか、昔からやたらと女子から告白はされてきた。

 女はその点、男よりだいぶアドバンテージをもらってる。

 女は一応地面の上に立ってるが、男が男に告白しようと思ったら、井戸の底とか、下手をしたら海の底からはじめなきゃならないからな。

 それに女は──というか、少なくとも自主的に男に告白してくるような女は──どこかしらで「あたしはそれなりに可愛いはず」「嫌われないはず」っていう自信をもっているんだろうし。

 それがどうにも透けて見えるから、俺が告白をOKしたことは一度もない。あいつからされたやつを除いては。


 それで尻込みする気持ち、告白に必要な勇気。俺にだってちゃんとわかってる。

 だって、俺の方が先だから。

 高校時代、俺が先にお前を見つけた。通学で使う電車が同じだったんだ。

 最初は「高校生にしちゃ、なんだか可愛いのがいるな」程度だったと思う。小柄だし、当時はほんとうに中学生に見えたもんだ。

 友だちとケタケタ笑いながら、いつも楽しそうにしている顔が印象に残った。


 ある日の学校帰り、偶然お前を見つけた。

 秋の冷たい雨が降る日だった。

 お前は空き地に捨てられていた子猫を見つけて抱き上げ、しばらく困り果てた顔をしてそこに立ち尽くしていた。それからとうとう思い切ったように子猫をジャケットの内側に入れ、自分の家につれて帰った。

 あの時のお前の横顔。

 あれがどうしても忘れられなくなった。学校の授業中も、部活をしてても。

 お前の顔がいつも脳裏にちらついた。

 ……それで、自分の気持ちに気付いた。


 当時、お前の親友が通っていた塾に俺もいたから、さりげなく話しかけて仲良くなった。それで話のついでみたいな顔をしてお前の志望校を聞き出して、この大学に入ったわけだ。

 あまり学力差がなくて助かったけど、もしお前が諦めてランクを下げたら俺もそうするつもりだった。だから第二志望の大学もお前と同じところを受けた。お前は気づいてなかっただろうけど。


 あの日。お前が真っ赤な顔をして告白してくれた日。

「清水の舞台から飛び降りる」なんて言うけど、あのときのお前はまさにぴったり、そんな感じだった。


 前夜、サークルの飲み会で、未成年なのに間違って酒をのんでしまったお前は、すぐにへべれけになって正体をなくしてしまった。

 俺はやたら秋波を送ってくる女子たちの視線がうっとうしくて「あ、俺、連れて帰りますから」と、有無を言わさずこいつを連れて自分の部屋に帰った。


 学生の間だけの、一人暮らしのためのワンルーム。

 お前はそこで、べろんべろんの癖に俺に必死にしがみついて、とうとう「好き」って言ってくれた。半泣きの状態で。

 あのときの俺のガッツポーズ。

 お前に見せてやりたかったぜ。

 いや、見せらんねえな。カッコわりいし。


「そうか。だったら、付き合おうぜ」


 そう言ったときのお前の顔。

 「うそだろぉ」って、半泣きだったのがに変わって、顔じゅうぐしゃぐしゃになったよな。

 俺には絶対にまねのできない顔。

 あけっぴろげで裏表がなくて、だれにでも優しくて。

 「だれにでも優しい」ってのは、俺としてはちょっと頭が痛いけど。

 でも、そんなお前が好きなんだ。


 みんなは俺が面倒くさそうにお前を連れて歩いてると思ってるみたいだけど、全然ちがう。

 俺が先に好きになって、お前を追いかけた。そうしていたら、やっとお前が俺に気がついて、いつのまにか好きになってくれたんだ。ラッキーにも。

 それでじっと、お前から告白してくれるのを待っていた。

 肉食獣が獲物をじっと待ち構えているように。


「クールだ」なんて言われるけど、そんなのは見た目だけの話にすぎない。

 自分から告白しようともしないで、自分の前にお前がうまい具合に落ちてきてくれるのを待っていた。ダメッダメだろ、そんなもん。

 臆病で、用意周到で、ずるい奴。それが俺だ。


 お互い、別に女子が嫌いなわけじゃないみたいだけど、いや、だからあれこれと不安にはなる。

 この国では、まだ同性婚は認められてないしな。

 大学生にもなって他人のことを揶揄したりからかったりする奴は少なくなってるとは思うけど、あいつはそれでも「俺たちが付き合ってることは秘密。ゼッタイ」ってそこだけは譲らないんだよな。なんでだろう。

 ……俺と付き合うことに、それだけ不安があるってことか? なんで?


 俺は別に、他人に知られたっていい。

 その方が、お前を独り占めできるじゃないか。

 お前が逃げたいって思っても、放してやるつもりはねえし。


 そうこうするうち、三限が始まるチャイムが鳴った。

 次の講義は、あいつとは別々だ。

 俺は少し足を速めて、つぎの講義の行われる大講義室へ歩いて行った。

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