The 14thバトル ~幼女と夕暮れと帰り道②~

「全員眠っちまったな」

「そうですね。遊び疲れたんだと思います」

「ガキは気楽なもんだな」


 車を走らせること小一時間、逸馬たちを乗せる車はすっかり辺りも暗くなった高速道路を走らせていた。

 助手席に座った紗妃以外、後部座席に座る子供達は全員力尽きたように眠りに落ちている。


「すみません、運転任せきりになってしまって」

「気にすんな。荷物番代わったときにちょっと昼寝したから平気だ」

「ありがとうございます」

「おう」


 車内には、スピーカーから微かに流れるラジオと、車を走らせる音だけが響いていた。

 子供たちが寝たため、二人が口を閉ざすと途端に静けさを取り戻す。

 けれど、その落ち着いた空間はひどく穏やかで、決して居心地の悪いものではなかった。


「……皆、いい子たちですね」


 バックミラーにチラリと視線を投げ、紗妃が呟くような調子で言った。


「友達のお母さんなんて接しづらいはずなのに、初めて会う私にも仲良くしてくれて」

「能天気なだけだろ。俺になんて何一つ遠慮ないからなそいつら」

「それだけ松井さんのことを慕ってるんじゃないですか?」

「どうだか」

「ふふ、確かに個性的ですけど、みんな優しい子ですよ。水着だって、学校の水着以外持ってない愛姫を気付かって、同じものにしようって小夏ちゃんが言い出してくれたらしいんです」

「……なるほどな」


 幾ら小学生だからといって、何故愛姫たちが揃いも揃って学校水着なのか逸馬は疑問に思っていたが、その言葉を聞いて合点がいった。

 普段何も考えていなそうな小夏の提案だということを聞いて、意外に思うと同時に関心する。

 自分が同じ歳の頃に同じような気遣いが出来たかと言えば、きっと難しかっただろうなと。


「愛姫とみんなを引き合わせてくれた切っ掛けも松井さんなんですよね? 春香ちゃんに聞きました」

「俺は何もしてねぇよ。そいつらが勝手に仲良くなっただけだ。ガキなんてそんなもんだろ」

「もし仮にそうだとしても、本当にありがとうございます。愛姫のあんな嬉しそうな顔、久しぶりに見た気がします。松井さんのおかげです」

「むず痒いからそういうのやめろよ。お前の娘から俺がなんて呼ばれてるか知ってるだろ? ただ単にやべー奴なんだよ、俺は。今日だって、そういった理由で付き合ってるだけだっての」


 逸馬が自分の評価を訂正するよう、自分の性癖を主張してみせる。

 しかし、それを聞いて紗妃はおかしそうにクスクスと笑い出した。


「松井さんって、思ったよりも可愛いところあるんですね」

「はぁ? なにがだよ?」

「いえ、なんというか、素直になれないところが少し愛姫に似てる気がします」

「意味分かんねぇよ」


 その釈然としない様子がおかしいのか、なおも紗妃が小さく笑い続ける。

 バツが悪くなったのか、逸馬が切り返した。


「お前はどうなんだよ?」

「私ですか?」

「たまには、こういうのもいいんじゃねぇの?」

「そうですね。楽しかったです」

「言っとくけど、クソガキが楽しそうにしてたのは、他のガキ共が一緒にいることだけが理由じゃねぇからな」

「……分かってます」


 逸馬が言わんとしていることを、紗妃は十二分に理解していた。

 愛姫が一番嬉しそうな顔を向ける先には、いつだって自分がいたからだ。


「何度も言ってるけど、もうちょっと自分の時間やガキといる時間作れよ。確かに金の面で苦労するだろうし、ガキが望むもんも叶えてやれないかも知れないけど、それなりにやりようはあるだろ。仕事だって違う職でもいいんじゃねぇか?」

「……」


 紗妃は答えない。

 逸馬が言ってることが正しいと思いながらも答えることが出来ない。

 今現在だけを考えるわけにはいかないためだ。


「クソガキを一人にしたくないってやつか」

「……」

「言っとくけどよ、ガキなんてあっという間に成長すんだよ。中学生にでもなりゃ、やれ親がうざいだの口煩いだの言い出して、勝手に一人の時間作り始めるんだぜ?」

「……」

「一番一人の時間が長いのは、今ぐらいのガキの頃だろ。先のこと考えすぎて、一番大事なときに独りにしてどうすんだよ」

「……松井さんの言ってることは、分かります」

「じゃあ」

「けど、それでも私は、これが愛姫のためになると思ってるんです。何が正しいかなんて、あの子にとって良い選択だったかなんて、それこそ愛姫が大人になってからじゃなきゃ分からないでしょ? あの子には私と同じ苦労を味わってほしくないんです」


 実際のところ、紗妃自身、揺らいでいた。

 将来がどうなろうと、今一緒にいてあげることが愛姫の人生にとって良いのではないかと。

 けれど紗妃は、自分と同じように選択肢の少ない人生を歩ませたくなかった。

 自分と同じようになってほしくはなかった。


「……確かに俺はガキなんて育てたことないからな。正しいとは言い切れねえよ」

「いえ、松井さんが私たちのことを思って、それが一番良いんだって言ってくれてるのは分かってます」

「アホか。ただの一般論だろ」

「私は、それが嬉しいです」

「人の話し聞けよ」

「以前は、人の家に口出しするなだなんて言ってすみませんでした。きっと、松井さんに子供が生まれたらその子は幸せなんでしょうね」

「……」


 世辞でも嫌味でもなく、紗妃が本心からそう言って微笑みかける。

 視線だけをチラリと向けて目が合ったが、すぐさま道路へと戻した。

 偉そうなことを言っても、自分が言っていることはあくまで他人事で、子供を育てるだなんて想像出来なくて、口にした言葉が薄っぺらくて無責任だなと後ろめたくなる。


 それからしばらくは二人とも無言で、時折背後から秋人のいびきや小夏の寝言が聞こえてきた。

 バックミラー越しに逸馬が後部座席を見れば、全員が無邪気な顔を浮かべて寝続けている。

 隣では紗妃が同じように、慈しむよう、自分の娘を見つめていた。

 その視線は、温かなものだけでなく、迷いや自分への不甲斐なさが同居するようだった。


 紗妃が正しいのか、自分が正しいのか、逸馬には分からなかった。

 ただ、頭ごなしに否定することはきっと間違っていて、誰より愛姫のことを想っているのは紗妃なのだと分かっていた。

 その想像すら出来ない苦労も歯がゆさも、紗妃自身が一番感じているのだと。

 逸馬が前を見ながら口を開く。


「……次はさ、山行こうぜ、山」

「え? でも」

「川辺で肉焼くの好きなんだよ俺。お前もたまになら今日みたいに休み取ってもいいだろ。付き合えよ」

「……はい」

「ガキどもは大騒ぎしそうだけどな」

「……はい、楽しみです」


 小さく頷いた横顔が、今日紗妃を連れていくと告げたときの愛姫の顔とダブって、逸馬はハンドルを握り直した。

 隣に座る紗妃が立派で、けれども幼く脆いもののように見えて、無性に胸がザワついた。

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