The 13thバトル ~海と幼女とスクール水着①~

「じゃあ行くよー。よーい、スタート!」


 晴れ渡る青い空、煌々と照り付ける太陽、それらを弾いて瞬く水面。

 関東は海水浴場。

 その白い砂浜で寝そべっていた男たちは、合図を聞いた途端に立ち上がった。


 第一コース、逸馬。

 数年ぶりの海で押入れから引っ張り出したヨレヨレの水着が似合う残念なアラサーである。 


 第二コース、千冬。

 日焼けが苦手らしく、羽織っている丈の長めなパーカーが大問題。

 ビーチの視線を集める妖艶な小四男子である。


 第三コース、秋人。

 小学生ながら派手な柄の短パン。

 将来を不安にさせるちょっとやんちゃな9歳児である。

 

 八月も終盤に入ったお盆過ぎ。逸馬は先日無理やり取り付けられた約束を果たすべく海水浴へと来ていた。

 クラゲが出始める時期でもあったので人はそこまで多くなく、浜辺でゲームなどに興じている。


「ロリコン、左斜めよ左斜め!!」

「そのまま進みなさい秋人」

「ちふゆくーん、まっすぐまっすぐ!」


 三人とは少し離れた場所から、濃紺の学校水着を着た愛姫、春香、小夏がそれぞれ支持を出す。

 一行が行っているのは、逸馬が考えた変則ビーチフラッグであった。

 二人一組のペアとなり、一方が目隠しをして、もう一方がそのサポートになり、フラッグに見立てたそれぞれのペットボトル回収を目指す。

 しかし問題が一つだけある。目隠しした側はサポート役が誰か分からないのだ。


「てめぇクソガキ、本当に俺とペアなんだろうな!!」


 逸馬が心許なげにフラフラと指示された方へ歩きながら声を張る。

 このゲームは、サポート側しかパートナーが分かっていないので、嘘の指示を出して別のペアの妨害も出来るのだ。


「なんでお前だけ言ってる方向が違うんだよ! おかしいじゃねぇか!!」

「私たちのはそっちに刺さってんのよ! いいから急いでよ、他の二人がゴールしちゃう!」

「クソが、さっさと指示しろ! どこら辺だ!?」


 半信半疑ながら逸馬が愛姫の声に従い進んで行く。

 そして、他二人のサポートの声を聞く限り、確かにそれぞれがフラッグに近付いてるらしいことが分かった。


「そこよロリコン! 突っ込みなさい!!」


 目を隠した状態でピンポイントにフラッグであるボトルを掴むのは困難である。

 逸馬は手を広げてヘッドスライディングさながらに突っ込んだ。


「グボハァっ!!」

「やったあ!!」


 しかし、その先は想定していた砂地ではなく、塩辛い海水だった。

 逸馬が目隠しを取り、鼻や口に入った砂やら塩水やらでむせこむ。


「秋人! 春香は偽物よ! 私の言うこと……、あっ」


 愛姫が逸馬を潰して、本来のパートナーである秋人へと振り返る。

 しかし時すでに遅し、秋人も春香の画策により今まさに落とし穴へと頭から突っ込んだところだった。


「ちふゆくん、やったよ! 私たちが一番!」


 漁夫の利よろしく、千冬と小夏のペアが無事フラッグを手に取り勝利が確定した。

 逸馬と秋人が自分たちを騙した二人に食ってかかる。

 嘘の指示を出した敵はもちろん、正しい指示を自分にくれなかった味方を含めてである。


「お前らなぁ、自分のことより他人の足引っ張ること優先するとか、将来ろくな大人にならねぇぞ」

「ろくな大人じゃないあんたに言われたくないわ」

「春香おまえ、わざわざ落とし穴に突っ込ませるなよ! 首の骨折れるかと思ったぞ」

「でもあの落とし穴というか大きな水たまり、あなたが午前中に作ったものじゃない。あ、松井さん、約束通り千冬と小夏にかき氷買ってきて下さい」

「お前はお前で負けたくせになんでそんな偉そうなんだ」


 春香に言われ、渋々海の家へと逸馬がかき氷を買いに行く。

 しかし、約束していた二つではなく、店員には四つ頼んでうち二つを勝利ペアへと渡した。

 

「ほらよ。あいつらもお前らと同じようにもう少し素直で可愛げがありゃ良かったんだが」

「おじさんありがとう! 小夏ね、かき氷食べても頭痛くならないんだよ!」

「なんであと二つ持ってるの? それも食べていいの?」


 駆け寄ってきたドヤ顔で妙な自慢をする小夏と、食い意地の張った千冬がかき氷を受け取る。

 素直な二人に懐かれて内心逸馬はデレデレであった。

 千冬の性別に関しては途中から気にしないことにしていたので、もはや彼を止めるものはなかった。


「これは、あいつらに二人で一つと思って買ってきたんだよ」

「え? そしたら小夏たち、春ちゃんにはあげなくていいのかな?」

「あ? どういうことだよ?」

「さっき春香が僕たちに『確実にあなたたちを勝たせる方法があるから、成功したら私にも分けなさい』って」

「……あの野郎」


 そう、先ほどのゲームで春香は、自分のパートナーである逸馬を忘れて秋人の足を引っ張ったわけではない。

 自分のペアを含めて同士討ちにし、勝利ペアから分け前をもらう算段だったのである。

 逸馬が未だに三人であーだこーだと言っている輪に歩み寄る。


「おいマセガキ」

「私のことですか?」

「お前、あいつら勝たすためにわざと負けただろ」

「問題あります?」

「はぁ!? どういうことだよ春香?」

「私と松井さんのペアが勝つより、あの二人に協力する方が確実だと思っただけよ」

「おっさんだけじゃなくて俺と愛姫も巻き込んでるじゃねぇか……」

「は、春香……」


 同じく嵌められた秋人と愛姫が呆れたような顔になる。

 しかし、それらの視線をまったく意に介さず、春香は逸馬の持ったかき氷に気付いて意図を察したようだった。


「良かったわね、愛姫、秋人。あなたたちも食べられるみたいよ。残り二個しかないなら私はいらないからあなたたち二人で食べなさい」

「違ぇよ。二人で一個用に買ってきたんだ。お前は悪ガキと一緒に食え」

「あら、裏切ったっていうのに随分と優しいんですね」

「そういうゲームにしたのは俺だし、お前もどうせ盛り上げるためにやったんだろ。底意地悪いけど」

「まぁそう勘違いしてくれるならそれでいいです。秋人、一緒に食べましょ」


 実際、逸馬を含めた三人は本気で怒ったり呆れたりしているわけではない。

 お行儀良く進行するより、イレギュラーなことが起きたり、馬鹿を見て馬鹿をやる人間がいた方がゲームとは面白いもので、ある意味では逸馬が考えた通りの楽しみ方であった。


「そんでこっちはお前食えよ。良かったな、イチゴ味だぞ」

「え、あんたと一緒に食べるの?」


 以前、自分のストローが狙われていたことを思い出し、愛姫の忌避感が呼び起こされる。

 以前に比べると打ち解けてきたとはいえ、未だに逸馬の性癖は小学生を引かせるには十分なものだった。

 

「違えよ。俺はいらねぇからあいつと一緒に食ってこい」

「……うん!!」


 しかしその予想は外れ、逸馬は背後で浜辺に刺さっているビーチパラソルの方を親指で指した。

 そこには、ビニールシートの上にそれぞれの荷物が積まれており、傍らには小柄な女性が三角座りをしてこちらを眺めていた。

 その下へと愛姫が元気よく駆けていく。


「おかあさーん!」

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