浜辺の漂流物

漆目人鳥

第1話 さがし物

「私の名前はコオリノマコト」


 黒いひらひらとした袖の付いたブラウスを着た彼女は名乗り、浜風で乱れた黒髪ボブの前髪を手櫛で整えた。


「じつは私……」


 彼女の剥いたゆで卵のように白くなめらかな顔に赤く際立つ唇が、戯れるように微笑んだ。




 数分前。

 砂浜の見える車道に立つ火折乃コオリノは、不思議な光景に出くわしていた。


 時に小さく、時には大きく、寄せては返す波の音。

 果てなく続くかのような砂浜の先に、ぼんやりと浮かび連なる岩場の影。

 まだ日の出からそんなに経っていない早朝のためか、砂浜に人影はほぼ見えない。

 そんな、どこにでもあるありきたりの風景。

 そこに挙動不審の男が独り。

 青系のアロハのようなシャツと、こちらも青系のバミューダパンツ。

 それに安物のサンダルという出で立ちで、下を見ながら歩いている。

 ビーチコーミングでもしているのだろうか?

 最初はそうも思ったが、どうも様子がおかしい。

 必死なのだ。

 ただの散歩、いや、ビーチコーミングであるにしても、もっとふらふらとした雰囲気が漂うはずだ。

 それらは、移動するという行為そのものにもかなりの重要性があるものだから。

 だが、男は憔悴していた。

 必死なのである。

 驚くほどの必死さがにじみ出ていた。

 その男の行為は明らかに特別な目的を持っているように見えた。

 仕事の下見のつもりで上下黒のブラウスとドレープパンツという、およそ砂浜歩きには似つかわしくない出で立ちではあったが、彼女は男を追って、足早に砂浜へと歩き出していた。

 

「おはようございます」


 男に追いつくと火折乃はそう声をかけた。


「あ……、えーと」


 振り向いた男は明らかに動揺している。


「あ、すいません。初めまして、です」


 火折乃が、そう言ってはにかむと、男はわかりやすい作り笑いで応えた。

 そして、そのまま黙りこくってしまった。

 彼女の出方を探っているようだった。


「何か、失せ物ですか?」


 再び火折乃が尋ねる。


「えっ、な、なんで」

 

 図星なのか?


「いえ、なんか困っている様に見えたので」 


 敢えて、『必死そうだった』という言葉を避け、『困っていそうだった』と言う言葉を使うことで、自分はアナタの味方であると印象づける。


「いや、たいしたことじゃ無いので」


 男はそう言うと足早に立ち去ろうとした。


「待ってください、ビジネスとしてご相談に乗るということで如何ですか?」


 火折乃の言葉に男が振り返る。


「ビジネス?」


「はい」


 火折乃は返事をして、小首を傾げて話し出す。


「私の名前はコオリノマコト。じつは私、『六感師』という商売をしております」


「ロッカンシ?」


「はい。視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚の五つの感覚の総称、これが五感。六感師とは、それ以外の感覚を持つものの事を言います」


「……それ以外って」


「色々出来ますよ。失せ物探しなんて大得意です」


 男は少し驚いた様子で、しかしそれ以上に訝しんでいる。


「あ、胡散臭いと思ってますね?」


火折乃の言葉に男が頷きかけたとき、再び彼女が口を開いた。


「一応、実績もありますよ。商売として成り立っているのですから。まあまあ、『騙されたと思って』一度お試しになってみては如何ですか?」


「しかし」


 この『しかし』は否定では無いと火折乃は察した。

 それほどこの男は困っており、やはり必死だったのだ。


「お支払いは後で結構ですよ。もし、うまくいかなかったら、もちろん、その時はお代は結構です。それだけ私には自信があります。どんなに胡散臭くても、うまくいったら超ラッキーじゃないですか?」


 男は上目遣いで火折乃を見たまま小さく頷いた。


「じつは……捜し物をしています」

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