僕は今の今まで君が好きだった。

五池真礼

本編

僕は今の今まで君が好きだった。

「好き……やねん。付き合って……ほしい」


 あの時、

 君はどんな顔をして、

 どんな思いで、

 僕にそう告げたのだろうか。


 正直、照れ隠しに必死だった僕には――今でもわからない。


 そしてそれは、これからもずっと。




※※※




 とあるテレビ番組で収納アイデアが紹介されていた――その翌日、僕は部屋の片づけをしていた。

 世の中には周りに流されやすい人がいるけれど、僕もその内の一人なのだろうか。そんなことを考えながら作業をしていると、

「あっ」

 ふと、ある物が目に留まった。

 小六の時に授業で作ったオルゴールだ。

 聞こえはいいけど、実際は用意された木材に彫刻刀や絵の具を使ってデコレーションをして、それらを組み立てただけである。音を鳴らすための金属製の円盤や歯車などは組み立て済みの状態で、あとは木箱に入れるだけの付属品だったし……。

 それでも確かあれは……。

「帰って早々、失くしたんだよな」

 埃まみれのオルゴールを手に取り、開いた。

 中には……思っていた通り、付属品のオルゴール本体はなく、あったのは……


 一枚の手紙。


「()」


 そう言って僕は、記憶の糸を手繰るように過去を思い出す――。




※※※




 あの頃の僕は、自分に自信が持てない恥ずかしがり屋だった。臆病者、と言ってもいい。

 例えば授業。

 問題の答えがわかっていても、手を挙げて発言することはしなかった。大勢の前で話す――ということは、僕にとって清水の舞台から飛び降りるようなことだったのだ。

 加えて。

 朝起きるのも苦手で、いつも集団登校に遅れて学校に向かう毎日……。


 僕は自然と学校が嫌いになっていた。


 そしてそれは、中学生になっても変わらないものだと――そう思っていた。

 でも、ある日。


「好き……やねん。付き合って……ほしい」


 僕は自分の耳を疑った。

 だってそうだろ?

 クラスの――いや、学校のマドンナに告白されたんだから。




※※※




 僕が通っていた小学校では高学年になると、基礎体力向上の目的で朝の休み時間にグランドを走ることになっていた。

 それはもう、僕にとっては苦痛でしかなかった。だからより一層、朝起きるのも、学校に行くのも、億劫おっくうになった。


 けれど、その日。


 僕は珍しくも快調の朝を迎え、しっかりと朝食を食べ、集団登校をし、グランドを走っていた――その時だった。

 後方から三、四人の女子グループが近づいてきた。その内の一人が僕に並走し、


「好き……やねん。付き合って……ほしい」


 と、僕に告げた。

「えっ……?」

 突然言われた言葉を理解するのに僕は時間がかかってしまった。そのため――

「好きやねん」

 彼女は不安そうにもう一度僕に告げた。

 それは周りを走るクラスメイトにも聞こえたようで、誰もがみな、驚いていた。中には僕の返事を聞き出そうと、ちょっかいを出す者もいた。

 僕は気恥ずかしくなり、

「い、今は走らないとっ」

 彼女の声が聞こえなくなるまで加速して、

「ちょっと――」

 その場をしのいだ。



 それからというもの、彼女は僕を見つけては――

「好き」

 告白し続けた。「本当はドッキリでしたー」パターンじゃないかと疑ったが、彼女の目を見て――それは違うとわかった。

 けれど。

 僕は告白される度にお茶を濁した。


 別に好きじゃないわけではない。


 ただ。ただただ、気恥ずかしかったのだ。



 そして、授業を終えての放課後。教室。

 別れ際にも彼女は、

「付き合ってほしい」

 告白してきた。

 けれど一瞬。

 ほんの一瞬、彼女の顔に違和感を覚えた。


 ――笑顔なのにが混ざっている、


 そう僕には見えたのだ。

 それは苦笑いにも似ていたが、まるで違った。


 ――僕の足は反射的に動いていた。


 彼女を昇降口で見つけ、

「待って!」

 呼び止めた。

 振り返った彼女に僕は、

「ボクも、…………好き」

 と、ようやく応えた。


 僕たちはこうして付き合うことになった。


 ――とは言え、僕らは学年が一番上でも、まだ幼い小学生だ。『好き』という感情は持っても、それは大人たちが言う『愛してる』とは比べ物にならない――だから、交際の仕方だってよくわからなかったし、何かをするにしても、物凄く幼稚なものだったと思う。

 それでも僕は、彼女と過ごす学校が、毎日が、楽しかった。

 この先もそんな日々が続けばいいな、そう思っていた。

 それから――





 ――別々の中学に行くことを知ったのは一週間くらいしてのことだった。




※※※




 容姿端麗な彼女はスポーツも万能で――それを活かせる中学への入学が決まっていた。

 僕はそのことをクラスメイトたちと、同じタイミングで知ったのだった……。

「…………」

「…………」

 僕も彼女も、中学のことについて話すことはしなかった。お互いに気を遣っていたのかもしれない。


 でも、どうすることもできない――ただ漠然とした不安と絶望感が僕を襲った。


 そして。


 ――あっという間に卒業式の日を迎えた。


 式を終えた後、僕たちはデートをした。

 二人でプリクラを撮ったり、ご飯を食べたり――とにかく楽しんだ。

 良い思い出になった、そう思った。


 けれど。


 最後に彼女が言った――


「中学は別だけど、これからも一緒だよっ」


 ――という一言が、何よりも心に強く刺さり、胸が痛かった。





 そして、僕たちはそれぞれ別の中学に入学した。


 わかっていたことだけれど。


 当たり前のことだけれど。


 彼女は、ここにはいない。


 虚しさしかなかった。



 そんな僕たちでも――学校は別々だが、ほぼ毎日、メールでは繋がっていた。

 勉強や部活の苦労話などの近況を綴ったメールを交わす日々が続いた――が、そう長くはもたなかった。




 そして、その日がやってきたのだ。


「お互いのために別れよう」


 これは彼女からの提案だった。

 遠距離恋愛とはまた違ったによって――僕たちの恋愛は終わったのだ。




 あれから僕は別の人を好きになり、何回か恋をして、時には交際もしたりしたが、結局どの恋も上手くいかなかった。

 振り返れば、あの初恋が、彼女のことが、一番に思い当たる。


 もし、中学が一緒だったら?


 高校は合わせられたんじゃ?


 ――なんてことを今でも考えてしまう自分がいる。


 でも、

 僕たちは成長し、大人になった――きっと、彼女には恋人がいるだろうし、それこそ、結婚もしているかもしれない。

 迷惑になるだけだ。

 だからこそ僕は、彼女の連絡先を……消去した。

 そして――


「(これも……)」


 この手紙は卒業式の日に、彼女から渡された物で――当時、彼女が僕に伝えたかった言葉が、思いが、そのまま書かれている。何度、読み返したことか……。


『――今までありがとう――』

『――大好き――』


「…………っ」

 ぐっと目頭が熱くなった。

「きっと……」


 ――この手紙も


 ――思いも


 ――未練も


 ――全部捨ててしまった方がいいんだ。


「ありがとう」


 僕は手紙を捨てて、


「……さよなら」


 前を向いて生きていこう、と誓ったのだった。





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