第44話 裏裏・サービス回 そしてあたしは想いや悩む

「……将門まさかどのバカ」


 静かに呟いたそんな言葉は、ぽちょんと響いた湯船の音に滲んでは消えていく。

 白い湯気が立ち込める中で脳裏に浮かぶのは、相変わらずムカつくことばっかり言っていたアイツのこと。

 なのに……


「なんであたし……ちょっと嬉しくなっちゃったんだろ」


 絶対に参加しないと思っていたあの幼馴染みがまさかあんなにも意気揚々と合宿に参加すると言った時、思わず心の中で喜んでしまった自分がいた。

 もちろん姉妹がいる前でそんな感情を顔に出すわけにはいかないので、天邪鬼なあたしはムスっとした表情でアイツのことを睨んでいたけれど、でもきっとあの場所に自分たちしかいなかったら、あたしは将門と合宿の話しで盛り上がっていたんだと思う。


 そんなことを考えてしまう自分に呆れながら、ふいに頭の片隅によぎったのは、ここ最近感じる小さな違和感。


 きっかけは、お姉ちゃんが急に将門のことを名前で呼び始めたことだ。


 別におかしいことなんかじゃない。


 むしろ昔からずっとお互い名前で呼び合っていたはずなのに、途中から苗字で呼ぶようになったことのほうがずっとおかしい。


 けれども何故だろう……


 今またこうやって名前で呼び合うようになった二人の関係の方が、そんな頃よりもずっと気になってしまう。


「そりゃあお姉ちゃんはたしかに可愛いけどさ……」


 普段は言えない小さな不満が、湯気と一緒に立ち昇っては消えていく。


 自分たち姉妹は昔から三人揃って可愛いとか綺麗とか言われてきたけれど、お姉ちゃんは持って生まれたものが別格だ。

 それに心晴だって今はまだ中学生だけど……いや、中学生のくせにすでに体つきは高校生の自分たちにも負けていない。


 でもあたしだってこうやって両手でぎゅっと胸を挟めばできる谷間はまり姉や心晴にだって負けてないし、腕も足も綺麗なラインを保てるように普段から努力だってしている。

 それに化粧だって三姉妹の中で誰よりも早く練習してきたし、ちゃんと流行りにもついていけるように雑誌やネットで服装だってずっと勉強してきた。


 そんなことを考えながらざばっと湯船から立ち上がったあたしは、目の前にある姿見に自分の姿を映す。


 そこに浮かぶのは三姉妹の次女、神嶋かみしま朱華あやかのありのままの姿。


 あたしはゆっくりと両手を上げると、今度は指先を胸元に当てて、そっと自分の身体の輪郭をなぞっていく。


 柔らかいところはきっと男の子が想像しているよりもずっと柔らかくて、けれども引き締まるべき部分はちゃんと引き締まっていることが両手の指先から伝わってくる。


 アイツがどんなふうに普段見ているのか知らないけれど、あたしだってぜんっぜんあの二人に負けてないんだからっ!


「……って、あたしったら何バカなこと考えてんだろ」


 熱い湯船に少し浸かりすぎてしまったせい

か、いつの間にか顔を赤くしていたことに気づいた自分は、はあと再びため息を吐き出すと、頭を冷やすかのようにお風呂場を出た。


 べつに今回の合宿で何かを期待しているわけではない。


 けれども……


 もし本当に紗季や心晴が話していたように琵琶湖合宿にそんな言い伝えがあるのなら、きっとあたしは……

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