あたいはスピちゃんー真っ黒仔猫の急性期日記ー

岩田へいきち

第1話 10且11日

10月11日(月)


ポン、ペシャ。


あたい跳ねられたみたい。


 終わったな。僅か3ヶ月で終わりかあ、あたいのニャン生。

わあっ、あっちからも車。きゃー、あたいの綺麗な顔踏まないで、潰さないで。猫せんべいなんて嫌。あー、やばっ、ギリギリやない。逃げられない。足も手も動かない。どうしたんだろ? やっぱりあたいは終わり? あっ、また来た。あたいを踏まないで。あたい動けない。なんも動かない。ああ、目も霞んできたわ。


 ええっ、何? 誰かがあたいを持ち上げてる。体が浮いてる。

死んだか? ついに息絶えた?

 

あたいは、スピカ。


今にも死にそうだったから、この世に残れるよう、ママが名前を付けてくれたの。

 真っ黒な猫だからブラックホールをイメージして、ブラックホールが発見された乙女座の主星、スピカと名付けられた。先住のお兄ちゃんのひとりが背中に白い星があるから明るい星、アルクトゥルス。それにも関連して星の名前になったんだ。春の夜空の大三角、乙女座のスピカ、おうし座のアルクトゥルス、そして、もう1匹の上のお兄ちゃんは、獅子座のレグルスといきたいところだけど、保護猫の会で預かられた頃のからの名前、スターウォーズ兄妹の長男、ルークをそのまま名乗っている。だからそれをあたいたちのために変えたりしないけど、スターウォーズだから結局、星繋がりだね。

 


 あたいは、真っ黒な仔猫。道路を渡ってて軽トラに跳ねられたの。軽トラのおっちゃん、気づいてないのか、あたいを道路の真ん中に跳ね飛ばしたまんま行っちゃった。それを後の車の中で見ていたママが、次の信号で、ぐるっと回って戻って来てくれたんだ。ママも自分の病院の診察で慌てていたらしいんだけど、まだあたいが生きてると思って、後先のことは考えず、とにかく助けたいと戻って来てくれたんだって。


 先ず、全く動けなくなって、ハアハア、アクアク、口を動かしてるだけのあたいを自分の車の助手席の足元に載せて、自分の病院の駐車場へ。そこからパパへ電話して助けを求めたんだ。パパは、急いで、武雄にあるお兄ちゃんたちのかかり付けの犬猫病院を予約。11時半までに来ればなんとか診れると言われて、会社を途中で休んで慌ててママの病院の駐車場まで自分の車で駆けつけてくれた。ママが受診中でいなくても、パパは、ママの車の窓の隙間から手を入れてドアを開ける事が出来たけど、あたいが黒くて見えなかったのか、どこにもいないって、窓の隙間からもう逃げたんじゃないかと思ったんだって。

 そんなあ、口をかろうじて、アクアクすることしかできなかったのにどうやって、あんな高いところまで飛ぶのさ。あっ、でもあの時、ほとんど死んでたから、魂は、窓の上の方から空へ登ろうとしてたかもね? 


 あたいを見つけれなかったパパは、ママに電話した。診察の途中だったけど、先生が外の駐車場までちょっと席を外すのを許してくれたみたいなんだ。

 あたいは、再びママに抱え上げられ、会社から持って来た段ボール箱を助手席の足元に置いたパパの車に移された。


今度は、パパが犬猫病院へ間に合うよう急いだ。


 途中、パパは、「大丈夫さ、助かるよ」と右手しか動いてないのに、ハンドルから手を離して手をかざしながらそう言ってた。運転は、その間、大丈夫だったの?

 段ボール箱は、あたいの小さくてスリムな身体にピッタリだった。ママがあたいのサイズを連絡していたのか、ナイスだよ、パパ。

 段ボールは、入っているだけでなんだか暖かい。でも、今は、どんどん身体が冷えて来てる気がする。やっぱり死に絶えるのか。段ボールにあたいの口から出た血が着いちゃった。パパごめん、もう段ボール使えないね。


 犬猫病院に着いたみたい。大丈夫、あたいまだ生きてる。でも息苦しい。息するのもなんだか辛いわね。パパ急いで。


 パパが受付をしてくれてる。


 パパが車に戻って、段ボール箱に入ったあたいを箱ごと持ち上げた。パパ片手なのに上手いこと持ち上げるね。そんなにあたい軽いの。


 待合室の席の隣のおばちゃんが覗いてくる。


 何さ、どうせ車に跳ねられたドジで間抜けな黒猫ですよ。そりゃ仔猫だし、あたいだからスリムで可愛いに決まってんじゃん。でも片目は、見えないし、開いているのかどうかも分からない。お岩さんみたいになってるかもね。可愛いと言ってくれてありがとう、おばちゃん。

 おばちゃんところは、猫が6匹もいるんだって。保護した猫を譲渡会へ持って行こうとしたけど、手放せなくなっちゃって、増えちゃったんだって。パパにそんな事言ってた。おばちゃん優しい人なんだね。


 だいぶ時間が経ってからあたいが呼ばれた。


 いや名前がまだ無いから呼ばれたのパパ。ずいぶん待たせたわね。あたい死にそうにしてるのに。

 またずいぶん、おじいちゃん先生ね。大丈夫、いくつなの? 78 、パパも歳、訊いてるじゃん。失礼ね。


 ここには、この先生の他に娘さんの美人先生がいるらしいんだけど、このおじいちゃん先生だった。このおじいちゃん先生、パパの元パチンコ仲間なんだって。娘さんの先生ともパパは仲良しらしい。パパ隅に置けないね。


 おじいちゃん先生は、あたいを見て直ぐに腕が折れてる事に気づいた。口から血を流してるのにも気づいてくれた。見えてるじゃん。

 先生は、内臓の出血を止める注射を打った。グッサリと刺したけど、なんかあんまり痛くなかった。というか足も腰も動いてないし、感覚ない感じ。点滴の針も刺されたけど、なんかよくわからない。水分を補給してたみたいいなんだけど、少し漏れてたみたい。適当ね、先生。


 ピョンピョン、あっ、ノミ。誰のノミ、 あたい? 


 飛び出したノミを先生が、ピンセットの先で潰している。見えてるのね。やるじゃない、おじいちゃん先生。宮本武蔵みたいね。パパと宮本武蔵と佐々木小次郎の年齢の話をしてる。こんなにノミがあたいにいるなんて、あたい、いったいどこに住んでたのかしら? あーん、覚えてない。頭も打ったのかな? 


あっ、ママだ。自分の診察終わったのね。あたいまだ生きてるよ。ありがと、ママ。


 先生は、なんかノミ退治の薬を身体全体に塗ってくれてる。あたいが弱ってるからあんまり強くないやつにしてるんだって。でもたまらず飛び出したノミ、ステンレスの冷たい診察台の上にピョンピョン、おじいちゃん先生、見事なピンセット裁きね。


 体温は、38度くらい。お尻に体温計突っ込まれたみたい。レディに失礼ね。でもやっぱり、下半身はイマイチ分からない。


 体温が下がっていって、そのまま死んじゃうって半分思ってるね、おじいちゃん先生。身体を冷やさないようにしてやってと言ってる。それにもうあたい歩けるようにならないと思ってるでしょう。もっと希望あること言って。歩けるようになるかもしれないじゃん。全然感覚無いし、動かないけど。


 おじいちゃん先生は、はっきり言わないけど、命も危ない。今夜が山かな? 助かっても下半身は動かないままで、大きな障害が残るかもって感じ。

ママも助けて良かったんだろうかと今頃、自問自答している。

そりゃそうよね。見ず知らずのあたいみたいなどこの馬の骨ともわからない野良猫を助けて、誰が治療代、手術代払うのさ? 誰が介護をして下の世話とか、するのさって思うよね。猫に馬の骨は変だけど。

 ママ、そんな事はいっさい考えてなかったんだよね。大丈夫だよ、あたいたぶん死んじゃうから。


 あたいは、ノミの薬、塗ってほとんど駆除してもらったと思うけど、まだ、もしかして何匹か残っていたら家猫で、ノミが全然いないお兄ちゃんたちに移ってしまうと、お兄ちゃんたち用のノミよけの薬、フロントライン2本をママがもらった。あたいには、牛乳でも良いから与えてと言ってる。牛乳で大丈夫なの? 水と牛乳を

やるためのスポイトを2本もサービスしてくれた。身体を冷やさないように暖かくしてやって、水分を与えてやりなさいと先生が言ってる。


 もう診察、治療終わり? レントゲンは撮らないの? 


もう助からないからそんなにお金使う必要ないって事? まあ、レントゲンで内臓までは映らないからね。あとはあたいの生きる力次第ってことね。おじいちゃん先生、まあ、ありがとう、頑張ってみるわ。また来るわね。生きてたらね。

パパとママは、あたいをまた段ボールに入れて病院を出た。


 いよいよ、お兄ちゃんたちとの出逢いのはじまりね。


 ところがパパは、あたいを車に乗せて会社へ戻った。休みをもらってきたけど、慌てて途中でほっぽり出してきた仕事を終わらせるんだって。あたいは、その間、車の助手席の段ボールの中。 昼間の車の中はあったかい。段ボールもあったかくて体温が下がっていくあたいには有難いわ。パパゆっくり仕事して来ていいよ。

ママは、その間、先に家に帰って、お兄ちゃんたちに病院からもらってきたフロントラインを塗ってる。その効果が出始める頃に帰った方が良いわね。そして、あたいは、どこの馬の骨だか分からないから、猫だけどね、どんな病気を持ってるかも知れないからお兄ちゃんたちと接触しちゃいけないと、ウサギ用のケージを組み立ててくれてるらしいんだ。あたい、たぶん美形だけど、病気がどうかは分からないし、跳ねられる前の記憶すらないからまあ、いいでしょう。ケージの外でも動きやしないし、どうでも良いわ。ケージの中で暮らすわ。寝てるだけだし。


 パパと家に帰った。


 帰ったと言ってもあたいんちじゃないんだけどね。前の家なんてあったかどうかも分からないし。まあ、お邪魔しまーす。うっ、苦しい。なんかやっぱり、目霞むし、息も苦しい。この家の中であたい死ぬのか。可愛くて、綺麗な家じゃない。あたいの墓場には十分ね。


あたいは、段ボールに入れられたまま家の中に。


 これがあたいの入るケージね。意外と大きいわ。段ボールごと入るんじゃない?

もう少しあたい、この段ボールの中にいたいわ、あったかいし。

 

 パパとあたいが帰って来て、ママは、あたいを段ボールごとケージの中に入れて猫用のミルクや餌を買いに出かけた。


 ママお帰り。なんか臭くない? ウンコの臭い。いやだ、あたいウンコしてるみたい。何とかして。


ママがパパを呼んでる。


パパがウンコの処理班ね。恥ずかしいけど、お願いね。あたい下半身どうなってるかよく分からない。オシッコもいつするか分からないわ、お願いね。それにしても、吸水ペットシートって便利ね。これを敷いてもらったおかげで、更にあったかいし、段ボールもあたいも濡れない。


 あれ? オシッコもしちゃたかな? ママ、後で確認してね。


 えっ、ママ、何? その細い管みたいなやつ。何するの? まさか毒殺? なんだ、水か。スポイトね、おじいちゃん先生からもらって来た。美味しい。ありがとう、喉かわいていたんだ。

 今度は何? いよいよ毒殺? 白いじゃない。あっ、猫ミルクね。美味しいじゃない。牛乳は飲んだ事ないから分からないけど、なんか懐かしい味がする。お母さんの味かな? 少し元気でてきたわ。ありがとうママ。


 お兄ちゃんたち、遠くで見てるだけで、あたいに興味ないの? 美形なのにね〜。 恥ずかしがり屋なのね。おふたりとも。


ママがペットシートを確認してくれた。


やっぱり、オシッコしてたか、面目ない。

でもママは、オシッコがまだ出てないと心配してたみたいなんだ。出てたし、血の色も薄くて、内臓のダメージは、比較的少なかったかもと安心してくれたみたい。それでも夜中じゅうあたいを見てくれてた。真っ黒で、どこが目で、鼻でって、分からないからペンライトで照らしながら見てた。ありがとうママ、息もだいぶ楽になって来たみたい。おやすみ。

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