閑話 リリアーヌ

 の名は、リリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントュイユ。

 この国、サントゥイユ王国の第七王女です。


 お父様はこの国の国王でもある、フィリップ・ド・プロヴァンス=サントゥイユ、お母様は国王陛下の3人目の側妃であるフランシーヌ・ド・プロヴァンス。

 お母様は国王の側妃としては格の低い、子爵家の娘だったけど、お父様が一目ぼれして側妃として迎え入れたのだと、お母様が生きていた頃より仕える執事に聞きました。


 そう、幼い頃より体の弱かったお母様は、わたしを産んですぐ亡くなってしまったのです。

 

 わたしは生まれた時、双子の姉妹だったそう。

 でも双子の片割れは流産で、この世に生を受けることは出来なかったのだとか。お父様とお母様はそれはそれは悲しんだのだと、執事は涙ながらに教えてくれました。お母様が亡くなったのは、その時のショックも影響しているのだろう、とも。


 だからわたしの親は国王であるお父様だけ。

 お父様には正妻の王妃様と側妃が2人いるのだけど、わたしの親はお父様ただひとり。


 側妃の2人はわたしにはあまり関わろうとはしてこないし、王妃様にいたっては格の低い子爵家の血を引く娘だと、見下すような視線を隠そうともしない。執事のじいやは私を大切にしてくれたけど、じいやは使用人であってわたしの家族ではありません。


 お父様は、わたしが幼いころは絵本を読んでくれたりいろいろと可愛がってくれました。

 でも、わたしが7歳になることには魔物の侵攻が激しくなり、お父様は会いに来てくれることは無くなってしまった。


 位の低い貴族や平民は、家族全員で集まって食事をしたりすることが多いのだとじいやに聞きました。

 しかし王族ではそんなことはありません。

 広いテーブルにひとり座って冷めた食事をぼそぼそと食べる、それが毎日。


 お父様やお兄様お姉さま達は、みな政務に忙しいため顔を合わせることもあまりない。

 会っても私も知っておかないといけない政務に関する話を聞かされ、お勉強が進んでいないと注意される程度。物語の中に出てくるような仲睦まじい家族の会話、というものとは程遠い。


 王太子であるウィリアムお兄様だけは、お父様と一緒にいるところを見る機会が多く、政務のむずかしい話をいつも真面目な顔でされています。ウィリアムお兄様は文武両道で大変優秀で、わたしが7歳ころ14歳だったお兄様はすでにお父様の政務を手伝い始めていたといいます。その時のお父様の顔からは、ウィリアムお兄様への信頼のようなものを感じるような気がします。


 第二王子であるアレクサンドルお兄様は、母親である王妃様にとりわけ可愛がられています。アレクサンドルお兄様はお勉学はウィリアムお兄様に敵わないそうですが、剣での戦闘に向いた天職オブリガシオンを持っているようで剣の腕は近衛騎士団長も一目置いているそうです。


 お兄様方の天職が何かは聞いていませんが、おそらく上位職の天職を得ているのだと思います。聞いた話では、王族は上位職以上の天職を得る場合が多いのだそう。

 それに引き換え、わたしは天職は下位職のメイジだし何をやってもお兄様やお姉様のように上手くは出来ない。

 

 ――わたしには誰もいない。


 ずきり、と胸が痛む。


 この頃からだ。

 わたしが、自分の事をと言い始めたのは。


 むかしお父様に読んでもらった絵本に出てきた、悪い魔女が自分の事を妾、と呼んで尊大な話し方をしていたのをよく覚えていたから。


 そんな話し方をしてはいけないよ、そんな声をかけて欲しかったから。


 でも、お父様はわたし……わ、妾の方をちらりと見ただけで、すぐにウィリアムお兄様とのお話に戻ってしまった……のじゃ。


 ――だれも、わたしを見てくれない。

 

 自分の中の、なにか大切なものが傷ついたような気がした。


 それからです……いえ、それからじゃ。

 色々とわがままを言うようになったのは。食事のメニューに好きなものが無い、のような些細なものから新しい洋服が欲しいという様なものまで、いろいろなわがままを言うようにしたのじゃ。


 でも帰ってきたのは、じいやの困ったような顔と、お父様の呆れたような顔。王妃様に至っては侮蔑の感情を隠そうともしていなかったのじゃ。


 そこから妾のわがままはエスカレートしてしもうた。

 王族にふさわしい言動のあえて逆を行くように、わがまま、気ままに。


 でも誰も妾を見てはくれぬのじゃ。

 それから数年して新しく配属になったメイドは、優秀じゃが少し変わった人物じゃった。どこか妾と近いものを感じ主とメイドという関係はあれど、良く話す親しい間柄になったのじゃ。じいやと同じように、第七王女という肩書ではなく妾自身を見てくれている、妾の胸にぽっかりと欠けている場所をちょっとだけ埋めてくれた。

 

 しかし本当に見て欲しい人は誰もこちらを見てはくれない。


 そこで考えるようになる。


 誰もが妾に注目せざるをえぬ様な、結果を出すしかない。

 そこで、ちょうどある噂を耳にしたのじゃ。


 王都近郊に最近発見されたダンジョンの奥に、聖遺物レリクスが眠っていると。

 これじゃ、とそう思った。はるか昔に人が魔物に対抗するために女神様から下賜された、神の力を内包した被造物――それが聖遺物レリクス聖遺物レリクスは大変貴重な物で、たとえ王家といえども数個しか持ってはいない。


 それを手に入れたと聞けば、お父様といえど妾を見直すに違いないのじゃ。


 だから妾は近衛の目を盗んで王宮を抜け出し――メイドのエステルにはあっさりバレて付いて来ると言いおったが――ダンジョンに挑むことにした。


 ……まぁ、トラブルがあってエステルとははぐれてしもうたが、そこで妾は運命の人と出会ったのじゃ。


 その者はダンジョンの上の層から落ちてきた。

 正直死んだかと思ったのじゃが、まだ生きておったのでエステルに持たされたポーションを振りかけてやったら回復したようじゃ。


 その者は男子おのこじゃったが、最初目にしたときは女子おなごかと思うた。

 背格好が妾と同じくらいで男子にしては小柄だったこともあるが、男子にしては整った美しい顔立ちをしておったからじゃ。

 そして、なにより


 ――似ておる


 それが感想じゃった。

 その灰色の髪はぼさぼさになっておったし、全体的に汚れておって妾とは大違いじゃが、しかしその顔つきや鮮やかな青紫色の瞳は妾の、毎日鏡でみる妾自身の顔と良く似ておった。


 目が覚めたその者と話をしたが、話すほどその思いは強くなってゆく。


 そしてなにより、その者は妾が王女だと気付いておらぬのではないか? 王族へ接するものとは思えぬぞんざいな口調じゃったが、妾と良く似た顔で気安い親し気な口調で話しかけられるのは、不思議と悪い気持ちではなかったのじゃ。

 仲の良い家族がおれば、もしくは死産した姉妹が生きておればこの様な感じだったのかの?


 妾は多少の無礼は気にならなくなっておったし、不思議と気を許している自分に気が付いたのじゃ。


 男子のくせにプリンセスの天職を授かった、などと聞かされたときは笑ってしもうたが、その時思ったのじゃ。

 妾とそっくりの顔立ちの男子、そしてプリンセスの天職。


 ――この者は妾にとって必要な人物なのではないか、と。


 そして妾は自分の記憶の奥底に仕舞い込んでいた、ひとつの名前を引っ張り出した。

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