第11話 ショータイム

「さて、よくシャッフルされたこのカードを用いて、定番の選ばれたカード当てと参りましょうか。では、ホストの庄司さん。一枚引いてください。あっ、まだ表は向けないでくださいね」

 野々村から受け取ったカードを、庄司に向けて広げて見せる。それに応じる庄司は真剣な顔で選び出した。どこに種があるのか、見極めようと探っているのだろう。

「では、私に見えないように、皆さんに選んだカードを提示してください」

 青龍はそこで観客に背を向ける。その間に庄司が選び取ったカードを表に向けて皆に示した。それはスペードのキングだった。

 何とも庄司らしいと思ったのは、雅人だけではないだろう。観客から苦笑が漏れている。

「もう大丈夫ですか」

 笑い声を受けて、青龍が問い掛ける。すると、大丈夫ですよとお調子者の神田が答えた。

「では、裏返してください。そしてカードをこの上にお願いします」

 振り向かないままにカードのデッキだけ差し出し、青龍は庄司からカードを受け取った。そしてようやくこちらを振り向く。

「さて、どのカードが選ばれたのでしょうねえ」

 そう言いながら、青龍は無造作にカードをシャッフルしてしまう。その様子に、誰もがいいのかなと、不安そうな目を向けた。

 何度も見ているはずの雅人や野々村でさえ、そんなに混ぜては解らなくなるのでは。そう思ってしまうほどよく混ぜ合わされてしまう。

「では、いきます」

 青龍がシャッフルする手を止め、次の瞬間。カードを空中目掛けて投げた。あっという間にそれは散らばるかと思ったら、なんと、大きな一枚のカードに変化してしまう。さらには紙吹雪が舞い散った。

「おおっ」

 さすがにこの演出を予想していなかった観客たちはどよめいた。そしてにこっと笑って裏返されたカードはもちろん、スペードのキングだ。

「ブラボー」

 野々村が叫ぶと、一同は喝采を送った。それに答えるように、次から次へと青龍は何も持っていない手からカードを出して見せる。

 そこからはもう青龍の独壇場だ。次々に技を披露し、どんどん観客をマジックと夢の世界へと誘っていく。

「凄い」

 あちこちから歓声が起き、惜しみない拍手が送られる。それに合わせて青龍が次のマジックへと移っていくから、まさに息つく暇もないステージだ。

 いつしか青龍はテーブルの少し後ろに用意してあった一段高いステージに登って、今度はカードを用いないマジックを披露していく。デビュー当時はやっていたものの、最近では見なくなったその手のマジックが披露されたことで、ファンだという野々村はもう感極まっていた。

 そうやってどのくらいが経っただろうか。くるっと青龍が回ってぼんっと音が鳴ったと思うと、色とりどりの風船が上から落ちてきた。そこでパチンっと青龍が指を鳴らすと、いつの間にか客たちが座るテーブルの上に大きな箱が載っていた。

「私からの誕生日プレゼントです」

 そんな気障な行為も、青龍からだと男ですら素直に受け取ってしまうものらしい。庄司は嬉しそうに受け取ると、中から大きな薔薇の花束が現れた。明らかに箱より大きなものに驚かされ、そして最後に庄司は笑顔になる。

 そう、マジックとはエンターテインメントだ。その意味するところは客を笑顔にすること。

 それを青龍はステージにおいて徹底的にやっている。あらゆる仕掛けを用いて、客が最も喜ぶステージを提供するのだ。

 では、なぜ青龍はあんな裏稼業をやっているのか。

 客たちが笑顔で青龍を見送るのを見るたびに、雅人には解らなくなるのだった。

 しかし、そんな疑問が過ろうと、一日目はこうして恙なく終わった。パーティーとしても大成功だ。そう、誰もが思っていた。

 だがしかし、不穏な影はこんな笑顔の人々の中でどんどん大きくなっていることを、雅人はまだ知らなかった。



 翌朝、起きてみると外は雨がざあざあと降っていて、昨日とは打って変わった天気だった。

 そしてそれが、この後に起こったことを予期させるだけの陰鬱な空気を演出していたのだが、もちろんこの瞬間にはそんなことは微塵も気づいていない。

「雨か」

 慣れない枕のせいか早く目覚めてしまった雅人は、窓の外を覗いて溜め息を吐き出す。すぐ傍にある木が風でそよそよと揺れ、雨が窓に当たる様子が見て取れた。

 ついで横に目を向けると、まだ航介はすやすやと眠っていた。こちらは度胸が据わっているからか、雅人がごそごそと動いても気にする様子がない。とはいえ、時計を確認するとまだ五時半。朝食は六時半だと言っていたから、まだ一時間はある。

「トイレに行くか」

 もう一度眠ろうという気は起こらなかった。ベッドに戻らず、一先ずやることと言えばそれかと思う。ビジネスホテルなんかと違って個人の別荘だから、トイレは各部屋についていない。一度外に出て、浴室の横にあるトイレまで行かなければならなかった。混む前に済ませておくのも手だろう。

 廊下に出ると、少しひんやりとしていた。山の中だからか、五月とはいえ冷え込むらしい。何か羽織るものがあった方がいいかなと思ったが、トイレだけだからとそのまま進んだ。今はスリッパだから、ぎいぎいとなる廊下に対してぺたぺたと何とも言えない間抜けな足音が続く。

「おや」

「げっ」

 そして廊下の先、浴室のドアを開けようとしたところで青龍が顔を出したために鉢合わせる。おかげで朝っぱらから何とも気まずい状況だ。

 朝一番に会いたくない相手と出会うとは。これから先の運の悪さを感じずにはいられない。

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