第37話

「へ?」


 ムルンの言葉を聞いて、私は走りながら思考停止した。

 気が付けば、王宮のある場所から遠く離れている。

 私たちが肝試しをしていた森の辺りで、これだけ騒ぎを起こしていても、今のところ死傷者らしきものが出ていないのは、まさに奇跡だろう。


 それは幸いなことだけど、厄災竜ジャガーノートを倒すと世界が終わっちゃうというのは、どういうこと?


『終わるというのは、ちょっと言い方が悪かったかな。……転生者として、この世界に派遣されてきた君の役目が終わると言い換えた方が良いかもしれないね』


「私の役目って、聖女としての? でも、前の転生の時は魔王や厄災竜ジャガーノートを倒しても私の人生は終わらなかったわよ」


『前にも言っただろ。君が知っている厄災竜ジャガーノートはまた別だって。魔王は種族の長ってだけだし。世界の終焉とは関係ないんじゃないかな』


「じゃあ、本当の終わりが来たら私、どうなるの?」


『それはボクにも予想が付かないかな。君はまた転生者として、別の世界に派遣されるか。そのまま崇高な魂の存在として天界に送られ、そこで神の下僕しもべとなり、天使として天界で働くか。もしかしたら、君の功績を称して一気に神様になることもあり得るかもしれない』


 へ、へぇ……。別世界に行くっていうのはいつものことだけど、天界で天使になれるというのもいいわね。神として世界を動かすのもいいし。


「――――って!! 結局、私はこの世界にいられないことは変わりないじゃない!」


『今、ちょっといいかもって思ったでしょ』


 ムルンはジト目で睨む。

 目敏いわね、この使い魔。さすが私の相棒だわ。


 でも、私はね。

 この世界がいい。

 友人もできた、上司も、普通で平凡な家族もいる。

 尊敬できる人もできた。


 けど、まだまだ始まったばかりなのよ!


「私はね、ムルン! 足りてないの!! まだこの世界を味わい尽くしたいのよ!!」


『強欲だね。聖女のくせに』


「元よ。今は、しがない普通のどこにでもいる女魔術師なの!」


『そんなドヤ顔を決められてもね。手はないよ。このまま一生厄災竜ジャガーノートに追いかけ回されるつもり?』


 またまたムルンは半目で私を睨んだ。


「それよ」


『へ? は?? 一生厄災竜ジャガーノートに追いかけ回されるの?』


「そうじゃないわ。今度こそ力を貸してくれる、ムルン」


『なんだかわからないけど……。ボクは君の使い魔だからね。ご主人様の命令ならなんでも聞くよ』


「さすが! 相棒!!」


 私は親指を立てる。

 走りながら、ムルンの背に乗ろうとした時だった。

 急に辺りが静かになる。

 私とムルンは同時に振り返ると、先ほどまで烈火の如く怒り狂っていた厄災竜ジャガーノートが立ち止まっていた。


 振り返り、目を細める。

 そこに広がっていたのは、なぎ倒された木々と抉れた地面。

 そして本体と擬態を繋ぐ1本の巨大な根っこだ。


『まさか……』


 自分の引いた道の先を見た厄災竜ジャガーノートは、口を動かす。

 巨躯に収まった心臓が早く高鳴る。それを示すように、鼻息を荒くした。


(気付いたんだ、本体が露出していることに……!)


『己!! 人間め!! 己、聖女!! 謀ったなあ!!』


 大事な本体のことを忘れた間抜けなあんたが悪いのよって言いたい。

 逆恨みも甚だしいわ。

 私はただ純粋に怖くて逃げていただけだし。


 すべて悟った厄災竜ジャガーノートは巨躯をぐるりと動かして、元来た道を猛スピードで引き返す。


『ミレニア、どうする??』


「あれでいいのよ、ムルン」


『え?』


 私はようやくムルンの背に乗り込む。

 その頭の先を、王宮の方へと向けさせた。


「私たちも行きましょう!」


『わかった! 君に考えがあるんだね』


 ムルンはひと羽ばたきすると、空へと舞い上がった。



 ◆◇◆◇◆



 ムルンの飛行速度と、厄災竜ジャガーノートの移動速度では天と地の差がある。

 先に王宮に辿り着いたのは、私たちの方だった。

 だが、擬態の厄災竜ジャガーノートが戻ってくるまで時間はない。


「ミレニア!!」


 王宮に戻ってきた私にいち早く気付いたのは、アーベルさんだ。


「良かった。生きて戻ってきてくれたんだね」


 アーベルさんは私の手を取る。

 涙まで浮かべて、私の生還を喜んでくれた。

 相変わらず、勇者様は大げさね。ムルンもいるんだし、玉砕なんかしないわよ。


「え? ええ……。でも、もうすぐ擬態が戻ってくるわ」


「それは大丈夫だ。見て」


 アーベルさんが指差したのが、巨大な球根だった。

 ずっと地中に埋まっていたのだろう。今も、細い根を地中に伸ばしている。

 周りと竜の鱗のような堅い殻に覆われていた。


 それに対して、魔術師師団は総攻撃をかけている。

 強烈な魔術による攻撃は、厄災竜ジャガーノートの本体を覆う殻を1枚、また1枚と剥いでいった。すでに最初現れた時よりも、半分以下になっているそうだ


「時間差で僕たちの勝ちだ、聖――いや、ミレニア。君のおかげだよ」


「そう。状況は理解しました」


「ミレニア?」

『ミレニア?』


 アーベルさんと、ここまで連れてきてくれたムルンがキョトンとする。

 私はスタスタとさも当たり前といった感じに戦場の中心へと歩いて行く。


「ミレニア、危ないよ!」


 アーベルさんの声が聞こえたが、すべて無視した。

 私が戻ってきたことに、数人の団員たちが驚く。

 中には友人たちの姿があった。

 だが、大多数の団員たちが魔術を打ち続ける。

 暴風と轟音と、爆炎が立ち上る中、私はついに本体の前に辿り着く。


「ミレニア、まさか自分でトドメを?」


 アーベルさんは目を細める。

 一方、ゼクレア師団長も気付いた。


「あいつ、あんなところで何を……」


 数人状況に気付いて息を呑む中、本体に辿り着いた私はそこから180度ターンした。

 今度は厄災竜ジャガーノートの本体に背を向け、師団員たちの方に顔を向ける。

 そして手を伸ばし、魔術による攻撃が活発になる中で叫んだ。


「やめなさい! この子を傷付けては駄目です!!」


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