第14話

 アーベルさんと話した後、程なくして魔術学校の再試験が行われた。


 半数が試技できていなかった実戦試験を、全員が1から受けることになり、事故の対策をするために魔力が籠もらない野外で行われ、さらに試験内容も教官ではなく、土人形ゴーレムを倒すことに変更された。

 教官を相手することよりは難易度は下がったが、より魔術に対する考え方、戦術思考を評価できるような形になった。


 後でアーベルさんに聞いたけど、私って教官の間ではロードレシア王国の魔術技術を盗むスパイだと思われていたらしい。

 全く想像力豊かな教官様だこと……。

 聞いた時は呆れて1分ぐらい言葉が出てこなかった。


 私がスパイなら、魔術学校の入学なんてまどろっこしいことはしないで、正面から魔術書がたっぷりと蔵書された図書館を襲撃するわ。

 まあ、教官たちがそう思う程、私の動きや力が異様だったってことなんだろうけど。

 だから、チートを使うのは嫌いなのよ。人に変に勘ぐられるから。


 前世の時だって、それですっっっっっごく苦労したんだからね。


 最初、聖女じゃなくて『魔女』とか言われたからね。腹が立つのが、そんな風に指差してきた王や大臣が、私が魔王を倒した瞬間にコロッと立場を変えたことよ。

 まるであの『魔女』発言がなかったみたいに手の平返しをしてきた時は、魔王なんかより恐ろしかったわ。




 こうして私のスパイ疑惑は晴れ、そして今日は合格発表の日。

 普通の魔術師としての第一歩が決まる。


 アーベルさんには「君を守らせてほしい」なんて言われて、ちょっとカッコいいなあとか思ったりもしたけど、はっきり宣言するけど、御免だわ。

 『勇者』なんかに守られたら『私、聖女です』って言ってるようなものじゃない。


 「世界を救うのは、『勇者』や『聖女』じゃなくていい」って言ったら、凄く感動して泣いていたけど、あれは何も人を感動させたいわけじゃなくて、私の本心だった。

 人に目立つ渾名を与えて、勝手に祭り上げて、自分は何もしないとか無責任にも程があるわ。


 だから、私はなるの。普通の魔術師に……!


 いち魔術師として世界を救い、救世後穏やかに暮らす。

 それが私のパーフェクトプランよ。


 さて、いざ合格発表となると緊張するわ。

 多分私と同じ気持ちの受験生たちが、魔術学校の講堂に集まっていた。

 ざわついてはいるけど、独特の緊張感が足の裏から伝わってくる。


 ただ私の場合、受験生が向ける視線のせいだと思うけど。

 アーベルさんに助けられた少女って肩書きは、しばらくなくなりそうにないわね。


 所在なさげに発表を待っていると、不意に肩を叩かれた。


「やあ、ミレニア。再試験以来だね」


 穏やかなトーンの声に、私はホッと胸を撫で下ろす。

 振り返ると、私の予想と期待通り、サラサラの銀髪を揺らしたルースが立っていた。


「久しぶりね、ルース」


「もしかして緊張してる?」


「合否発表の緊張もあるけど、周りの視線がね」


「ああ。ミレニア、今やちょっとした有名人だからね。ふふ……」


 ルースはかすかに肩を振るわせる。


「私は目立つことは嫌いなのよ」


「そうなの? その割には、随分と派手に動き回っていたようだけど。再試験の時だって、思いっきりゴーレムを吹き飛ばしていたし」


「ああ。あれは――――」


 いや、私自身は結構抑えて魔術を行使したつもりだったのだ。

 下級魔術だったし。間違ったのは魔力の方だった。

 下級魔術だと思って力を込めたら、それが悪かったのか、土人形ゴーレムどころか、うっかり魔術学校の魔法銀製の塀まで壊してしまった。


 おかげで、先の暴走事故は私の魔力暴走が原因だったのでは、と囁く受験生も少なくなかった。


「魔力測定試験の時の活躍も聞いてるよ」


「ああああああ! それも言わないで! あの時の自分を思い出すだけで、穴に入りたい気分になるんだから」


 満点合格を狙っていたとはいえ、一時の気の迷いであんなパフォーマンスをしてしまった自分が憎い。

 もしかして私って、生来の目立ちたがり屋なのかしら。


「ふふふ……。そんなに落ち込まなくても、多分私の予想ではミレニアはもっと人に注目されるようなことになると思うよ」


「え? それ、どういうこと??」


 ちょっと……。どういうこと。なんか予言めいているんですけど。

 私が頭を抱えていると、ヴェルちゃんの姿を見つけた。


「おーい! ヴェルちゃん!!」


 私は小さな受験生に抱きつく。

 いつもなら鉄拳が飛んでくるところだけど、ヴェルちゃんは一言私にこう言った。


「あなたには負けないからね」


「え??」


 そう言って、ヴェルちゃんは人混みに紛れていく。


 今のは一体なに?


「ヴェルファーレさんは、ちゃんとわかってるようだね」


「何が?」


「君をライバル視してるってこと。魔術学校の予備校にも通っていない君を、認めたってことじゃないかな」


「いやいやいやいや……」


 ないない。断じてそんなことにはならない。

 確かに本気を出せばそうかもしれないけど、ヴェルちゃんも頑張ってた。

 きっと彼女が首席を取るだろう。


 それに私には『勇者』様に命じた恩恵がある。

 私が平均点を取ることは、もう約束されているのだ。


 講堂の正面――演壇に人が立つ。

 ゼクレア教官だ。

 その教官は神妙な顔つきで、私たち受験生にこう言った。


「それでは合格者を発表する。――――アスカ・リン・フロンネル!」


 ……はい! と合格者の名前が読み上げられると、1拍遅れて側にいた受験生が声を張りあげる。途端くずおれると、嗚咽を殺して涙を流していた。

 同じ光景を先ほどから会場のあちこちで見られる。


 叫び声を上げて泣き出す男子受験生。

 同じ合格が決まって抱き合う女子受験生。

 父兄が座る席に大きく手を振る受験生もいる。


 一方、名前が呼ばれない人間は針のむしろにも等しい。

 横で無邪気に喜ぶ受験生など目もくれず、自分の番号が呼ばれることを祈っていた。


「こんな読み上げなくても、受験番号を書いた紙を貼りだしてくれればいいのに。何を勿体ぶってるのかしら」


「ははは! ミレニアらしいね」


 隣のルースが軽やかに笑う。

 声を震わせる度に揺れる銀髪は、夜の草原に靡く麦の穂を思わせた。


 ところで「私らしい」って何よ、ルース?


「紙は後で貼り出すよ。確認のためにね。君のように読み上げが嫌で、欠席する受験生もいる。けどね。この読み上げには他にも理由があるんだよ」


「それはどういう――――?」



 以上、ロードレシア魔術学校の入学を認める。



「はえ?」


 え? ちょっと待って! 今ので終わり??

 わ、私――自分の聞き逃しちゃった?

 それとも、もしかして不合格とか??

 嘘……。本当に??


 私は一瞬にして奈落の底へと落ちていくような気分になる。

 目の前が真っ黒になり、何も考えられなくなる。


「ミレニア、大丈夫?」


「だ、だ、だだ――――」


 大丈夫じゃない。大丈夫ではない。

 私は「普通の魔術師」になるために、それなりに努力してきたわ。


 魔術文字は神様から貰ったスキルで読めるけど、年代を覚えることにはかなり苦労した。私には同じ文字にしか見えないからだ。だから、文章のクセや比喩表現などを独自に研究して年代を特定したり、家庭教師も予備校もいってなかったから、自分で毎日前世での魔王との死闘を再現しながら実戦訓練も1人でしていた。


 ロードレシア王国の王都に来てからも、苦労は続いた。


 筆記試験では魔術文字の符丁が読めず、0点。

 全力を出した能力試験は思い通りになったけど、実戦試験では思わぬハプニングに加えて、長年集めてきた魔素を全部使い果たしてしまった。

 振り返ってみると、「普通の魔術師」になりたいだけなのに、結構この15年間その部分に私ってば注力しすぎて、他に何か取り柄があるかと言われれば、特にない。


 礼儀作法だって、割と曖昧にしか教えられていないし、ダンスはできるけど前世の知識しかないから今の流行とは違う。

 だから、今からお妾さんだの、貴族の女給として働くなんて絶対に無理!


「ねぇ。ルース、私どうしたらいいのかしら。気が付いたら、私。魔術以外、特に取り柄がないことに気付いたわ。それ以外、人に誇れるものなんてないのに」


「それだけでも十分じゃないか。僕は魅力的だと思うよ」


「ルース、そう思う。じゃあ、私をお妾さんにしてくれる。ルースの」


 真剣な眼差しで尋ねてみた。

 ルースは優しいし、纏ってる雰囲気というか空気感が好きだ。

 家柄のことは聞いてないけど、とても知的な感じがするから多分貧乏子爵家よりはマシなはず。


「ふふふ……。あはははははは!」


 ルースは突然笑い出した。


「君が僕のお妾さんか。なるほど。それは心強いね」


「わ、私は本気よ! 本気なんだから」


「落ち着いて、ミレニア。君が今すべきことは将来を憂うことでも、未来の旦那様を探すことではないと思うよ」


「じゃあ、何――――??」


「深呼吸をしよう。はい、深く息を吸って――――――吐いて……」


 初めは馬鹿にされているような気がしていたけど、ルースに言われるまま深呼吸をしていたら落ち着いてきた。

 同時に猛烈に恥ずかしくなってくる。

 もう4度も人としての人生を歩んでいるのに、なんで私はまだこう未熟者なのだろうか。

 自分の人生の選択肢が、1つ外されただけでここまで取り乱すなんて。


 いや、多分慣れていないのだ。


 私は今まで自分のしたいことを黙々としてきた。

 そのために人を動かすこともあった。その人にも、その人の人生があるのに。もしかしたら、私の言葉によってその人の人生の選択肢を狭めていたかもしれないのに。


 それに人前に「お妾にして」なんて、よくも言えたものだ。

 妾を取ることは、男性が決めること。そして、複数の女性と付き合うことをよしとしない男性もいる。今世の父がそうだった。

 慌ててたとはいえ、私はルースが「妾」を取る側の人間だと決めつけてしまった。


「ルース、ごめん。あなたを侮辱してしまったわ」


「全然気にしてないよ。それにミレニアだったら――――」


 ルースが言いかけたところで、再びゼクレア教官の声が響く。


「それでは今回の試験にて、優秀な成績を収めた上位3名を呼ぶ。呼ばれたものは、登壇するように。まず第3位――ルクレス・リン・ファブロー」


 何か言いかけたルースは口を閉じる。

 踵を返して、「はい」と静かに返事した。

 すごい。さすがルースね。試験全体の3位なんて。


「あれ?」」


 待てよ。

 おかしいわね。ルースって名前を呼ばれていたっけ?

 合格者の中に入っていなかったんじゃ。


 いや、そもそもよく考えたら、ヴェルちゃんの名前も読み上げられなかったような……。

 絶対合格してると思ったのに。


「次――――第二位ヴェルファーナ・ラ・バラジア」


 そのヴェルちゃんの名前が呼ばれる。

 名前を聞いて、周囲の受験生は手を叩き祝福していた。

 しかし、彼女だけがまるで狭い井戸の底に落ちたみたいに直立し、青ざめた顔を天井に向ける。

 強く拳を握ると、声を押し殺し、「はい」と大股で壇上の方へと歩き始めた。


(え? ちょっと待って??)


 一体、何が起こってるの? いや、何が起ころうとしてるの?


「そして、今回の魔術学校試験首席の名前を読み上げる。受験番号668」



 ミレニア・ル・アルカルド!!



「へ――――っ!??」


 え? えええええええええええええええええええええええ!!!


 私の絶叫が講堂に突き刺さるのだった。

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