第9話成長期。図体だけがでかくなるんじゃねぇぞ!

 少し大きめの制服が風になびく。

 袖は手の甲を半分隠し、肩の微妙な空間に慣れない。

 これからの成長を見越したブレザーにスラックス。

 卒業までにぴったりになると卒業式で人気者になれるかも。

 成長するのが身長だけじゃないといいけど。

 閑話休題。

 自転車を漕ぐごとに顔に羽虫が当たる。

 口を真一文字に閉じ、口内への侵入だけは防ぐ。

 隣の畑はいつも通り何かを燃やしていて、その煙が朝の空へ舞う。

 相変わらず土臭く、地面は悪い。

 まだここに来て少ししか経っていが、憤る気持ちを隠す事だけで精一杯だ。

 都会と田舎の景色のコントラストに未だ眩暈がする。

 だが、嫌な気はしない。

 寂寥感はあるが、これからの期待値に全額ベットする。

 女の子と自転車でダンデムする日もそう遠くないかもしれないし。

 フタリノリナンテダイタンネ!

 まぁな。

 ヨイショット。

 ほら、あぶねぇから背中に体預けろ。

 キャッ、ミッキーエッチ。

 これから始まるのは俺とお前のドリーミング・アップさ!

 ヤダッ!ワタシッタラツミヅクリナオンナ!

 ・・・・・・・・そんな妄想だけがこの茹だる気持ちを忘れさせてくれた。



 昨晩は散々な目にあった。

 夜中に連れまわされ、挙句の果てには置いて行かれた。

 その後は別室に連れていかれ、お説教。

 何してたんだとか何で侵入したのとか。

 僕にだって理由は分からないのに。

 むしろこっちが聞きたいくらいだった。

 頑健な体とは到底言い難い、お年を召したクソじじいに辟易されつつもスイマセンを貫いた。

 イライラしていたというのもある。

 だが、それ以外言えることが無かったというのが本命であった。

 最終的には帰ることが出来たが、学校には報告すると言われた。

 名前と学年を告げ、引き戸を閉めた。

 そして今日に至る。


 

 トコトコと歩く同じ学び舎の生徒たちを横目に、颯爽と駆け抜ける。

 向けられる視線に少し怯えながらも、初めての、学校に隣接する駐輪スペースに向かう。

 自転車を停め、鍵を掛け、歩き始める。

 この学校に通うのは昨日振りで2回目。

 人の数は、平均的な高校よりかは少なめ。

 畑と民家が目立つこの町にとって一際目立つ建物。

 生徒数にそぐわない大きな校舎に校庭。

 土地の単価が安いのだろう。

 しかしその全てが古く、寿命はかなり近そうで、目に見える全てがセピア色に包まれている。

 鉄製の箇所は至る所に鳶色の錆が目立ち、校舎の床は歩くごとにミシッと軋む音がした。

 田舎という事、そして人が少ないという事で、この学校のクラスは学年ごとに1つ、もしくは2つ。

 僕の所属する1年生のクラスは1組のみとなっている。

 それは良かった。

 むしろ、友達を作るにはありがたい環境ですらある。

 ・・・・・・・・しかし、そこにはこの町の狭さ、そして田舎であるという別の大きな壁がそびえたっていた。

 そのことについては入学前から覚悟していたことで、まぁ何とかなるだろうと思っていた。

 でもなぁ・・・・・・・・。

 いざ、実際に体感してみると、想像とは全然違った。

 それはまるで、ハムスターの檻に似ているからという理由で僕ことネズミを入れられるような。

 ディズニー〇ンドにセサミス〇リートの奴らを入れる様な感じ。

 ・・・・・・・・そう、この学校のほとんどは小学校から高校までメンバーが変わらない。

 つまり、彼ら、彼女らはお互いに見知った顔であるという事。

 美人のあの子も、面白いあいつも。

 鼻くそを食べるあいつも、爪を噛むあの子も。

 白ブリーフのあいつも、給食の牛乳をゲロった彼も。

 みんなみんな知り合い、顔見知り。

 僕だけが異端児。僕だけが誰も知らない。

 どぉしてだよぉぉぉぉ!(2回目)

 仮面〇イダーでも戦隊モノでもプリ〇ュアでもさぁ、新キャラってワクワクするじゃん。

 イナズ〇イレブンなんかよく新キャラから物語始まるじゃん。

 エイリアン来たりさぁ、世界の奴らとかさぁ、改造人間とかさぁ。

 何なの!

 ちょっとは期待してたんだよ。

 コミュ力すごい奴から急に話しかけられるのとか、隣の女の子に「君どこから来たの?」とか、はい、今から物語始まりまぁぁぁぁすフラグ見え見えの展開をよぉ!

 どぉしてだよぉぉぉぉ!(3回目)

 まぁ、結局はあれでしょ。

 待ってるだけじゃ始まらないんでしょ。

 つまるところ現在、僕の心はキンキンに冷えていた。



 階段を上り、リノリウムの道を歩く。

 1年1組の教室札を確認した。

 教室は騒がしく、その教室を目の前に僕は狼狽するしかなかった。

 無意識に視野狭窄になり、周りが見えなくなる。

 こころなしか顔立ちが精悍になっている気がした。

 出来ることなら斥候を送り込み、完璧なタイミングでの入室を試みたいが、残念ながら不可能。

 スタンドが使えたらと強く思った。

 懸想する余裕すらない教室に足を踏み入れる覚悟を再度決め、引き戸を引く。

 ・・・・喧騒を生んでいた教室内の生徒がこちら向けた。

 数秒の森閑の後、教室はまたしても喧騒に包まれた。

 それが僕の噂をしていると勘違いするのは自意識過剰なのか、それとも気が弱くなっているだけなのか。

 どちらにしても、グッと心に重い何かがのしかかる。

 つけるのは肘でも鼻くそでもなく、幸せの逃げる大きなため息だけだった。

 


 「はーーい。席に着けー。」

 ガラガラと廃れた木製の引き戸が引かれるのと同時に、野太い声が教室の喧騒を引き裂く。

 昨日振りの担任の先生。

 圧倒的存在感。

 修正テープで上から消しても浮き出てくるような部分的で個性的な・・・・ん?

 花園で戦っていそうなガタイに、アンバランスな程に短い手足。

 そして何よりも、今や土曜日の子供の顔であるクレヨン・・・・お?

 ブリブリィブリブリィ?

 「「「「嘘だろ。」」」」

 クラス中の生徒の目玉が飛び出る・・・・ように見えた。

 それは僕も同様で。

 目の前の光景が信じられなかった。

 おしりの次くらいにトレードマークな、その濃く太い眉毛は細く、そして整えられていた。

 インテリな雰囲気を醸し出す、スクエア型で薄いフレームの眼鏡。

 クレヨン感が限りなく打ち消され、もはやおしりを見せないとその面影は感じられない程だった。(見たくないし、見せたらアウトなんだけど)

 とにかく目の前の光景は、家にうちゅうじんが住んでいるくらいに現実味が・・・・あれ?

 「皆の言いたいことは分かる。」

 腕を組み、頷きながら語り始める。

 「この眼鏡、時代遅れだよな。やっぱり時代は丸眼鏡だよな。あれでしょ、赤子が母を求める様に、思春期の男が丸いものに興奮するように、そしておっさんが原点回帰して母を求める様に流行も繰り返すってやつでしょ。まぁ、男ってのはいつの時代も丸いものに弱いしなぁ。」

 しみじみと、何かを回顧し、郷愁にふけりながら野太い声でとんでもないことを口走る。

 今の過敏な時代、こういう発言はハラスメントに繋がりかねない危険な発言であるのにも関わらず。

 それに、僕たちの引ん剝く目の先はそこではない。

 ・・・・が、つっこむとややこしそうなので。

 思考をかき消した。

 「・・・・・・・・求められるんだ。いつもいつも。似てるだけなのに・・・・」

 クレヨンは消えないけれど、彼の表面的なクレヨンは簡単に消えたみたいだ。

 しかしそのクレヨンは画用紙の残りのページに深い溝を、つまるところ心に作っているらしい。

 俯いた顔を起こし、何かを思い出したかのように先生ははっとした顔で口を開く。

 「そういえば・・・・渡辺!この後職員室に来てくれ。話がある。」

 すべての視線が僕に向いた。

 うさぎのぬいぐるみを殴りたい気分になった。



 呼び出しの理由は分かっていた。

 しかし分かっているだけ。解決策は何1つとしてない。

 もはや自嘲する他なかった。

 ぼくの生活はここに来てからというもの光に翻弄され続けている。

 初めはグレイマンに差す後光の様な光。

 あれが始まりだった。

 そして落雷、月、星、懐中電灯の光・・・・。

 何というか、普段は詮無いものだと適当にあしらえるものばかりなのに、こう並べて、何があったかを思い出すと憤死しそうになる。

 なにより光の眩しさに目を背けてはいけない。

 この光の裏にはあのバカグレイマンがへばりついている。

 そもそも光は後付け。

 あいつがいるから僕の中で光が害と見なされている。

 どの行動も杞憂で終わらない。

 そして今回は後始末まで回ってきた。

 回るのは回転ずしと地球とお金くらいで十分なのに。

 ゴホン。帰ったらうちゅうじん狩りだな。

 

 職員室に着く。

 といっても朝礼終わりにすぐ来たので、隣には担任が並列。

 ここまで飼い主と犬のようになって歩いてきた。

 教室で怒鳴り散らされなかっただけこの先生は良い人なのだろう・・・・か?まだ確定は出来ない。

 委細な事は時間をかけて分析する。

 人付き合いってのはそういうもんだろ?

 職員室に入り、担任の席に招かれる。

 職員室はコーヒの香りに包まれ教室とは別世界だった。

 日当たりが良く、程よく暖かい。

 その温もりが緊張感をほぐし、肩の力が抜けた。

 先生は座り、僕はその前に立つ。

 「・・・・・・・・そのーあれだ。髪切った?」

 「切ってないですけど。」

 「そ、そうだよな。」

 テヘヘと照れ笑いを浮かべつつ頭を掻いている。

 僕には今、心なしかそのメガネがサングラスに見えた。

 「まぁ・・・・特に言うことは無いが、反省はしてるんだよな?」

 先生の顔がキリっと変わる。

 僕の目の奥を見る様な。

 「もちろんです。」

 僕はその視線に応える様に強く言う。

 「・・・・・・・・なら、オーケーだ!」

 そう言い、サムズアップした右手をマグカップに掛け、コーヒーを啜る。

 先生も面倒ごとはごめん被るという性格なのだろうか。

 なにはともあれ、怒鳴り散らされる覚悟をしていたのは杞憂だった。

 うれしい誤算。サンキュー!

 「ていうか・・・・夜の学校に何しに来てたんだ?」

 「うっ・・・・」

 やはりきてしまった。この質問が。

 予想通りと言ってしまえばそれまでなんだが、どうしよう。

 『シンリャクカツドウホシノブです!』なんて正直に言ってしまえば、僕の家に家庭訪問として来るだろう。

 うちゅうじん見たさにではなく、僕の異常性についておねさんとの対談になる事間違いなし。

 そんな誤解をおねさんに話されるのはもちろん嫌だし、何よりおねさんを知り合いに会わせたくない。

 何をしでかすか分かったもんじゃない。

 だから・・・・・・・・・・・・・・・・

 「妹と・・・・妹がどうしても学校に行きたいと言ったので。何度も断ったのですが・・・・」

 スイマセンスイマセンと頭を下げながら嘘をついた。

 「そうか・・・・。なぁ、まさかとは思うが妹って21世紀の猫型ロボット(リボン付き)の事じゃないよな?」

 「は?」

 「いや!すまん。失礼な事を言った。でもな、警備員の人が奇妙なことを言っていたんだ。」

 「ナニヲイッテタンデスカ?」

 「全速力で逃げたもう1人の子のフォルムが全体的に丸っこくて、人には見えなかったって。まるで未確認生物を見たみたいだって。」

 「・・・・・・・・・ソンナバカナァ。」



 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

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