第6話いつもの日常に少しの刺激。それくらいで人生は豊かになる。

 学校は昼前に終わった。

 初日はこんなもんだろう。

 それはどこにいっても変わらないらしい。

 中学の頃も長期休暇明けの最初の登校日はこんな感じ。

 風前の灯。

 とまではいかないものの、意外とあっけない。

 クレヨン先生の落とした核ミサイルは教室を爆笑の渦に陥れた。

 あっ。クレヨン先生ってのはあだ名ね。

 他意はないよ。

 なんとなく。誰かがボソッて言ったから。 

 彼のおかげっていうのもあるのかもね。

 楽しい時間は早く過ぎる。

 時間の法則をまるっきり無視して。

 まるでキャトルミューティレーションされたような。

 ・・・・・・・・前にも使った。

 もう枯渇してるのか。

 ゴ、ゴホン。


 

 ガタガタの道を進む。

 相変わらずな道に辟易する。

 普通の砂利道と明確な差は、こけたら膝が月のクレーターのように陥没するということくらい。

 小粒の石がコンクリートによって固められ、ぼこぼこと浮き上がる。

 宇宙からの隕石が押し固められたように、強く硬く。

 もしかしたらこの中に本物の隕石が混じってるかも。

 そんなことあいつに言ったら・・・・。

 明日の僕の体は融通が利かないだろう。

 でも今は足は前に進む。

 グングン風をきって。

 景色は大して変わらない。

 しかし、ゆっくりゆっくり僕の目を侵略する。

 いつかこの景色を懐かしむ日が来るのかもしれない。

 その時は楽しかったなと回顧できるように高校生活を謳歌しよう。

 友達を作って、行事を楽しんで、そして・・・・恋をして。

 まぁこの順序をなに1つ攻略できていないのが現状。

 とにかく友達だよなぁ。

 そう考えると結局は精神論なのかもしれない。

 元気があれば何でもできる!と赤いタオルの修験者も言っていたし。

 気合いだ!と連呼し、叫ぶ、アニマルもいる。

 某元テニスプレイヤーも諦めんなよ!と強く語る。

 あっ、でも彼は根性論、精神論が嫌いって・・・・。

 と、とにかく。

 やる気、元気、ミッキー。

 このスローガンを掲げていこう。



 「ただいまー。」

 最近はこの挨拶が定型化されてきた。

 少しはこの家に慣れてきたらしい。

 素直に喜んでいいものか、それとも僕も変人の階段を駆け足で上がっているのか。

 どっちなんだい!

 閑話休題。

 フワッと香る線香のようなにおい。

 その後にほのかに香る木の匂い。

 閑散とした空間に換気扇の音だけが聞こえるこの感じは、おばあちゃんの家を思い出す。

 懐かしい。そんな言葉が頭をよぎる。

 これが日本!と大きな声で叫んでいるような。

 「おかえりなぁさぁぁぁぁい。だぁぁぁりりりーーーん!」

 自作のエコーを用いて迫るうば桜。

 叫んでいたのはおねさんだったようだ。

 相変わらず元気だ。朝以外は。

 ドタドタとリノリウムの道を踏みしめ、その不倶戴天の両胸基宇宙をバインバインと揺らす。

 カクテル光線を目の前で浴びたかのように目がチカチカする。

 なお、寝ぐせは健在。

 「この家にだぁぁぁりりりーーーん!は帰ってきませんよ。帰ってくるのはグレイマンと閉園後のプライベートなミッキー君だけですよ。」

 「女体盛りにする?ソー〇ランドにする?それともわ・た・し?」

 「それ最終的に全部わ・た・しじゃねぇか!」

 やぁぁんつれない。そう呟き、小首を傾げ、右手を顎に添える。

 あぁ。胸やけがする。

 どうしてもヒロインになりたいのだろうか。

 残念だがさっきから逆効果だというのに。

 むしろそれは正統派ヒロインへの冒涜だ。

 今のままじゃぶっ飛んだ好事家くらいしか相手にしない。

 ・・・・静かにしてればもっと。

 「なぁぁに?やめてよぉ、そんなに見つめてぇぇ。妊娠しちゃう。」

 しねえよ。その言葉を嚥下した。

 このやり取りにゴールは無い。

 行きつく先は錯綜した挙句、結局袋小路。

 なら僕は中村俊介のようにサイドにボールを散らす。

 どちらかが大人になるのがセオリーだろう。

 僕はまだ靴すら脱がず、玄関に立ち尽くしているんだから。

 「それで、今日はどうしたんですか?」

 「実はねぇ。フフフフゥゥ。」

 草履を履き、僕の左肩を不敵な笑みをしながら掴む。

 ・・・・この段差にも支えがいるのか。

 どれだけ自堕落な生活を送っているんだか。

 僕の心配をよそに引き戸を勢いよく開け放ち、草履を引きずりながら庭へと出た。



 真昼の太陽ががんがんと差し込む。

 光が体を包み込み、大きな声を出していた僕を落ち着かせる。

 春の風はまるで母。

 温もりのある風は眠気を誘う。

 草木の香りが体に馴染む。

 まさに明鏡止水。

 さっきまで精悍だった顔立ちが、鷹揚としているのが分かる。

 「ここよん!」

 庭から歩いて数歩。

 家から見て左隣。家を正面から見て右隣。

 そこには古民家風の家にそぐわない、真新しい倉庫があった。

 鉄づくりの、この地域では稀有な存在。

 本格的に意味が分からない。

 今日からここが僕の寝床になるのだろうか?

 せっかく部屋を貰ったというのに。

 やはり、女だけの家に男という異端を受け入れるのは不可能という事なのか?

 そんなネガティブな考えが、どこからか舞う煙のように舞い上がる。

 ゴホン。おねさんが咳払いをする。

 そしてこちらを一瞥。

 何が何だか分からないが、僕はとりあえず笑顔を浮かべた。

 「我が名はおね・え・さん。闇の魔法使いにして、永遠の17歳。悠久の時を生き、妖艶さを手に入れし者。そして、フォボスとダイモスに誓いを行いし者。さぁ、我が意に応えよ!開けぇぇぇぇぇぇオラァ!」

 ひとしきり呪文を唱えた後、無理やりという表現のままに鍵を鍵穴に突っ込む。

 倉庫の外観とは反対に少し鍵穴は錆びついているらしい。

 ・・・・・・・・永遠の17歳。

 この呪文の正しい所は・・・・悠久の時を生きているというところしかない。

 あぁ。闇の魔法使いでもあるか。

 でも怖いからつっこまない。

 闇の魔術をかけられるのはごめん被る。

 「さぁ。封印は解けたわ。後は勇者。あなたの出番よ。」

 「仰々しいですね。」

 僕は勇者だったのか。

 気分的には町民Aとかだったのに。

 あんな変なのがパーティーは先が思いやられる。

 ゴホン。ちょっとむせた。

 倉庫のシャッターを開ける。

 指を挟み、あそびを作って一気に。

 ガラガラと音を立て、封印は解かれた。

 「こ、これはっ!」

 となんとなく驚く素振りを見せたものの、特段すげぇというものは無い。

 雰囲気づくり?テレビとかじゃこういうのよくしてるじゃん。

 そこに広がるのはガン〇ムのプラモデルやら、ラジコン、戦隊モノのフィギュア・・・・・・・・の箱。そして、無造作に中央に置かれたママチャリ。

 箱のまま置かれているプラモデルの類はおそらくコレクションがどうとか言う問題ではないと思う。

 ただ組み立てるのが面倒なんだろう。

 その証拠に未使用の制作キットらしきものが放置されている。

 「ち、ちゃうねん。うちな、こういう箱はあえて開けへん主義やねん。」

 そんな美辞麗句を並べる。

 自堕落さが前面に出て動揺しているのか関西弁でおろおろしていた。

 まぁ、そもそも自堕落なことは事前に知っていたし。

 この1週間で痛感してたし。

 「世〇谷ベース的なのを作りたかったのよ。」

 「へェー。ソウナンデスネェー。」

 サムズアップをして勢いだけで乗り切ろうとするおねさんを横目に、辺りをもう1度見渡す。

 どこもかしこも埃っぽく、空気は悪い。

 木で出来た建物と違い、空気が寂寞としていて、落ち着かない。

 所々に鳶色の錆が見える。

 外から見れば頑健な印象だったが、中に入れば虚仮威しだったことが分かった。

 こんな奴よくいるよなぁ。ぱっと見ガタイのいいあいつの体を構成するのは筋肉じゃなくて実は脂肪で、お前強そうだなと声をかけたはいいものの、普通の奴よりびっくりするくらい虚弱な。

 ゴホン。

 それにしても一体なんの用なんだろう。

 ・・・・・・・・この自転車使っていいのかな?

 ママチャリなんだけど、1つ難点があった。

 ・・・・・・・・後ろにチャイルドシート付いてるやん。

 世のお母さん必須のアイテム。

 我ら学生が身に着ければ嘲笑の的。

 そのプラスチックの補助席が乗せるのは、赤ちゃんでも夢や希望でもない。

 いじめにあうという未来だけだ。

 「それで・・・・ここには一体どんな用で?」

 とりあえずとぼけてみた。

 1つの答えを避けながら。

 「やぁねぇ。鈍感男が通用するのはラノベの世界だけよ。見ればわかるじゃない。これよ!」

 そう言っておねさんはサドルをポンポンと叩いた。・・・・そしてすりすり撫でた。

 僕の忌避していた答えがまさにダイレクトアタック。

 滅びの爆裂疾風弾バーストストリーム

 うわぁぁぁぁぁぁ。

 「えーと。そのチャリですか?」

 「そうよ!」

 青が主軸の色使い。

 所々に擦り傷の様な傷が見られるが状態は悪くないと見える。

 変速機能は無いものの乗り心地は悪くないはず。

 おそらく中古品なのだろう。

 ・・・・でもなぁ。

 一際目立つ、夢も希望も赤ちゃんもいないチャイルドシートは異様に綺麗だった。

 幼稚園に行き、買い物、そのまま銀行などに東奔西走する母の姿が、こんな虚仮威し倉庫に連想される。

 「あっ!安心して!お金の事ならあなたのお母さん、ミッキーの産みの者から預かったものだから。」

 そこじゃねぇよ!

 いや、まぁね、おねさんが出してるなら出してるで罪悪感とか感じるんだけど。

 そこじゃねぇよ。

 それに、ミッキーの産みの者って冷凍保存されてるあいつみたいじゃん!

 ・・・・・・・・・・・・じゃあなんで中古なんだ?このチャリ。

 母がお金を出してるのなら、間違いなく十二分にあるはず。

 母はそういう性格だ。

 ギリギリは攻めない。

 いつも少し余裕がある行動をする慎重派。

 「あのーこのチャリ・・・・」

 「青眼白車ブルーアイズホワイトジテンシャ!」

 「は?」

 「青眼白車ブルーアイズホワイトジテンシャ!」

 僕の言葉を遮るように強い語調で告げる。

 名前あるのかよぉ!

 ダサいし、なんのひねりもない。

 が、このままだと平行線を通り越し彼方へと飛んでいきそうなので合わせる。

 「それで、なんでこのチ・・・・青眼白車?は中古なんでしょうか?いや、中古が嫌とかじゃないですよ。ただ気になって。」

 「それはね・・・・・・・・」

 神妙な面持ちで俯き、人差し指同士をリズムに合わせて触れ合わせている。

 あざとさは健在のものの、空気は若干変わる。

 唾を飲み込む音が反響する。

 胃がきりきりとしてきた。

 「それはね。」

 「それは?」

 「・・・・・・・・このチャイルドシートが思ってた以上に高かったの。」

 どぉしてだよぉぉぉぉ。

 

 床はキンキンに冷えていやがった。




 紺碧の空が広がる。

 さっきまで降り注いでいた赤光は夜の闇に吸い込まれ、月の光が代打を務めている。

 しかし、残念ながら火力不足で。

 どうにも迫力に欠けていて、期待はできない。

 むしろ終わりを告げているような。そんな気さえする。

 今日は星が綺麗に見えた。

 まさに空1面。雲1つ無い。

 春でも夜だと外は少し冷える。

 もともと静かなここら一帯がさらに森閑する。

 人工物の少ないこの町では月と星の光が頼りだった。

 「ムゲンノカナタヘサァイクゾ。」

 「はいはい。」

 お前はいつぞやのスペースレンジャーか。

 あいつらは人の見てないところでこっそり活動してるんだ。

 ・・・・僕はちくわの中より見てはいけないものを見ているのかもしれない。

 閑話休題。

 現在、僕ことミッキーは『シンリャクカツドウヨルノブ』とやらに参加し・・・・させられていた。

 相方は言わずと知れたグレイマン。

 今日はグレイちゃんですらない。

 全身グレイマンの着ぐるみで着飾った、動くおもちゃより質の悪い魑魅魍魎の一種。

 もっとも、中身は超絶美少女。

 ならもっと中庸的な生き方をすればいいのにと勝手ながらに思ってしまう。

 まぁ着ぐるみを着ていても着ていなくても中庸的ではないからこうなってしまっているのだとしたら・・・・・・・・。

 納得はできないな。うん。

 あの落雷以降、この誘いにスタッカートの効いたいい返事は出来ず、うやむやにしていた。

 だって怖くない?

 偶然とはいえ、目の前に常識外の光が降り注いだんだから。

 しかし、今日は偶然にも少し夜道を駆け抜けたい気分だった。

 というのも自転車が手に入ったからだ。

 試乗も兼ねてというのが理由。

 ・・・・・・・・そろそろ断りづらくなってきたわけじゃないんだからね!

 「早く乗れよ。」

 グレイマンはチャイルドシートに苦戦していた。

 そんなんじゃ侵略なんて夢のまた夢だぞ。

 「うっ、うぅぅぅぅ。乗りづらい。私子供じゃないのに。」

 「お前の母親(仮)がつけたんだ。文句言うな。」

 本当は僕だって取りたい。

 しかしおねさん曰く、『取ったら、ミッキーが私に猥雑な感情を抱いているって姉ちゃんに報告する。』という事らしい。

 つまりおねさんが僕の母に告げ口するという事。

 とにかく額に銃口を突き付けられている。

 この状況で抵抗するほど僕も獰猛ではない。

 「はぁぁ。その着ぐるみ脱げば乗れるんじゃね?」

 嫌みも含めた提案。

 「キャァァァ。おかしゃぁぁぁん。犯されるぅぅぅ。」

 「グレイちゃぁぁん!大丈夫ぅぅぅぅ!」

 ドタドタドタ・・・・。

 「何言ってんだぁぁぁ!そんな事してません。誤解です、おねさん!」

 家から大きな足音が聞こえた。

 おねさんがこちらに駆け寄ろうとしている音に違いない。

 危うくおねさんが家を出る寸前で止めた。

 引き戸のガラスに薄く人影が見える。

 「あっっっっぶねぇぇ。またややこしくなるじゃねぇか。」

 「ふんっ。」

 「分かったよ。乗せりゃいいんだろ。」

 こいつに侵略は無理だと改めて確信。

 自転車をキックスタンドで停め、グレイマンを担ぐ。

 3段シートの様なチャイルドシートに乗せ、シートベルトを締める。

 ごわごわしていて中身は細身のくせにシートベルトを目一杯使った。

 「そんじゃ、行くか。」

 「スターコマンドオウトウセヨ!」

 「好きだなそれ。今日見てたのか?」

 「うん。」

 キックスタンドを蹴り上げ、夜道を走り始める。

 街灯もない、深淵の闇を。

 ここから始まる『グレイマン少女の侵略活動』のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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