第39話 オルトハーゲン



 イグとリュオは走りながらクロッフィルンに戻っていた。


「イグって結構走れるんだね」


「こう見えても荷馬車を買う前は80キロ近い荷物を持ってビッツ村と往復してたからな」


「懐かしいね」


「何か作戦はある?」


「ない。だが……、魔法を使う」


「うん」


「人に向けて撃ったことはないが、やるしかない」


「わっかた。けどイグが異端審問かけられたら嫌だから、アタシ一人でできそうならそうするね」


「ああ、お前を捕まえられる奴なんていないと思うが、危ないと判断したら躊躇わず撃つ」





☆オルトハーゲン



「本隊が到着する前に攻め込んで正解だったな」


「そうだな。あと数日何も食わなかったら餓死していた」


「違いねぇ」


 テンウィル騎士団は足軽で駆け付けた援軍約200名とフルリュハイト大森林近郊に潜伏していた先遣隊約100名が合流してクロッフィルンに突入した。本隊の到着を待たずに攻め込んだのはエスニーエルト伯爵の軍が本隊よりも先にクロッフィルンに訪れるという情報を掴んだからだ。


 本隊が到着した時にエスニーエルト伯爵の軍に籠城されてしまえば、3000の兵をもってしてもクロッフィルンを落とすのは難しいと判断した結果、先に少人数でクロッフィルンを落とし籠城する作戦に切り替えた。


「なぁ、それにしてもさっきの奴腰抜けだったな」


「くくくっ、ああ、笑えた。ビビり過ぎだろ」


「「「あっははははっ」」」



『吾輩の横を歩く兵士達が楽しそうに笑っておる。

 吾輩がこの者達に同行して幾時も経っておらぬが。はて、腰抜けとはいったい誰のことか?』


「タッパだけはあったが、あれじゃな。くくくっ」


「商人なんて皆そんなもんなんだろう。臆病者だから商人になるんだ」


「くくくっ、違いねぇ」


『ほう背の高い商人とな。それが臆病者と申すか。背の高い商人といえば先ず先に我が主を思い浮かべる』


「それにあいつの妻、獣人だったな」


「ああ、笑えるよな。獣人を妻にするなんてどうかしている」


「気持ち悪い野郎だった。ふっ、俺に蹴られて死にそうになってたな」


「しかも商人のくせに金を持ってない」


「「「ぎゃっははははっ」」」


『獣人の妻を持つ商人。そしてこの者が蹴った商人。成程。そこまで言われれば流石の吾輩も誰のことを言っておるのか理解できる』


「ああいう弱い奴、見ててイライラするわ」


「違いね。景気づけに殺しとけばよかったな」


「ふっ、その価値もねぇよ」


『ふむ。この者達は大きな勘違いをしておる。確かに我が主は臆病者である。共のフルリュハイト大森林を抜けるときなどは片時も警戒を怠らない。

 だが……、弱い?

 殺しておけばよかった?

 はて、そんなことをできる者がこの世界におるのであろうか?


 たかが人ごときが我が主を殺せると考える。……思い上がりもよいところである。


 我が主はフルリュハイト大森林を越える時、毎日ように数十頭の狼の群れをいとも簡単に払い退ける。重種と呼ばれる吾輩の3倍以上もある大熊を払い除けたこともある。

 そのような事が只の人にできようか?

 我が主のあの力は、あの炎は他の生物がどうこうできるものではない。

 お主達が本気で我が主を仕留めようと考えるなら千の兵を集めてもまだ足りなぬであろう。


 悪いことは言わぬ。

 もし我が主の怒りを買うようなことがあれば、直ぐに頭を下げて謝ることを勧める。優しい我が主のことだ。きっと寛大に許してくれるであろう。

 命は大切にされよ』



「この馬、食うんだろ?」


 そう言いながら横を歩く兵が吾輩の首元を叩く。


「ああ勿体ないがそうするしかないだろう。町の店には手を出すなと言われているし、明日ここの商会が開いて交渉をするまでは飯がない」


「馬肉か……、美味いよな……」


「ああ……」


『うむ。我が主よ。早く助けに来てくれ』




☆☆☆☆☆



 イグとリュオは北門の城壁の上から門前の広場を見下ろしていた。


 北門周辺ではクロッフィルンに残留していたエスニーエルト伯爵の傭兵団100名とテンウィル騎士団200名が争い多くの兵が倒れていた。人数、戦術の洗練度で勝るテンウィル騎士団が圧勝し生き残った傭兵は捕虜になった。


 辺りの家々が火事で燃えていて広場は明るかった。

 数百人の兵士たちが、焚火に当たり地べたに座って休憩している。


 そしてオルトハーゲンはそんな広場の中心にいた。


 他の馬数頭と一緒に縄で繋がれている。






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