第36話 略奪



「よっ!」


「リュオッ!」


 リュオが窓から戻ってきた。

 そのままの勢いでイグの胸に飛び込む。リュオを心配していたイグは彼女を抱きしめた。


「無茶するなよ」


「うん。……イグ、大変なことが起きてる」


 イグから離れるとリュオは表情を引き締めた。


「テンウィル騎士団が城門を突破したよ。傭兵と戦ってる」


「なっ、バカな」


 尻込みするイグに話しを続ける。


「北門前で剣で斬り合ってた。……どうする?」


 イグは無精を撫でながら考える。そして一人言のように話し始めた。


「奴等の目的は不明だが食料や金を盗むだけならわざわざ城壁のある要塞都市を狙わない。おそらくこの街を拠点に何かするつもりなんだ」


 更にイグは考える。リュオは真剣に話しを聞いていた。


「奴等のやり方から考えて、街の連中には手を出さないだろう。税収で長期的に金を集めた方が利益が大きい」


「じゃぁ大人しくしていればアタシ達も安全なの?」


「いや……、行商人は街の人間じゃない。だから兵糧や金を奪うならまず行商人からだ」


「逃げた方がいい?」


「……俺達は大金を持っている。見つかれば根こそぎ奪われるはずだ」


「そんな……」


「……エスニーエルト伯爵の援軍が来るまで数日かかる。……まだ攻め込まれて間もない。この街が完全に制圧されて動けなくなる前に他の門から逃げた方がいいかもな」


「わかった。南門は静かだったよ」


「逃げるならそっちだな」


「うん」


 二人は目を合わせ頷き合った。




――――――




 二人の荷馬車は夜の街を走る。


 街には街灯は無く家屋の窓から漏れる蝋燭の灯りのみが闇を照らしている。道は真っ暗で視界が狭い。

 御車台ではリュオがオルトハーゲンを操っていた。馬は夜目が利く。暗闇の中でもリュオが操れば走ることができる。


「門は閉まってるんじゃないの?」


 走りながらリュオが聞く。


「門の横の通路は常に開いている。事情を話せば通してくれるはずだ」


「そっか。あと少しで南門だね」


「ああ、急ごう」



「ヒヒィ~ンッ」


 馬車を走らせているとリュオが急にオルトハーゲンを止めた。


「どうした?」


「血の臭い」


 リュオは周囲を見渡した。その目の動きを見てイグも周囲を警戒する。


「囲まれてる」


 眉間に皺を寄せてリュオが呟く。

 周りには煉瓦造りの家々が建ち並び、横には馬車が通れない程狭い路地がある。


 前方からガシャン ガシャンと金属がぶつかりながら歩るく音が聞こえた。

 さらに後ろからも音が聞こえる。二人に緊張が走った。


「馬車を捨てて路地の中に逃げよう」


「ダメ。路地の方からも兵士がくる」


「くっ」


 暗闇の中から甲冑を着込み剣や槍を持った男達が十数人現れた。前と後ろ同時に現れる。

 甲冑には昇竜印のマーク。テンウィル騎士団だ。


 後ろから来た男がイグ越しに前から来た男達に話し掛ける。


「東門は制圧した。南門は終わったか?」


 その問いにイグ達の前にる真ん中を歩いていた男が答える。


「南門も終わった。ところでこいつらは仲間か?」


「いや、知らないな。行商人だろう」


 ドンッ!

 後ろにいた男達の中の一人がイグの馬車の荷台に飛乗った。


「こいつ商人のくせに何も持ってねーぞ。食料が少しあるな」


 男はそう言うと荷台に積んでいた食料の入った袋を馬車の下にいた仲間に渡す。


 イグ達の前にいるリーダー格の男が表情を変えずドスの聞いた声で言う。


「おい商人、馬車から降りろ」


「「……」」


 イグ達は黙って従う。


「ふん。その様子だと、俺達テンウィル騎士団を知っているようだな?」


「……はい。……命だけは助けてください」


 イグの声は弱々くて震えていた。


「服の中と御車台の椅子の下も調べろ。金くらいは持ってるだろ」


「「「おう」」」


 リーダー格の男の指示で周りにいた兵士達がイグの服の中や御車台のベンチの下を漁る。


「ダメだ。こいつ銀貨15枚と銅貨しか持ってねー。あとは食料ときったねぇー毛布に旅の道具だけだ」


「ちッ、お前本当に行商人か?」


 リーダー格の男は舌打ちしてイグを睨みつけた。


「こ、この街で大きな損をしまして、お布施できる額が少なくて申し訳ありません」


 イグは震えた声で謝る。お布施という言葉を使ったのはテンウィル騎士団は神の名の元に略奪行為をしていて、彼らの認識ではそれは略奪ではなく信徒への贈与だと考えているからである。


「ふん。殊勝な心がけだが役に立たない奴だ。

 おーい、お前らッ!時間もない馬とこいつの妻も連れていけ」


「「「おう!」」」


「こいつだけは勘弁してください」


 イグはリュオを守るように彼女の肩に腕を回す。


「ダメだ。俺達神兵は働き詰めでな。飯もろくに食っていなければ女も抱いていない。全ては神の為だ。お前もこれで貢献できる。良かったな」


 周りにいた男達がイグとリュオを取り囲んだ。オルトハーゲンも綱を外される。


「おらっ、どけっ」


 ドスッ!


「くっ」


「イグっ」


 男がイグの腹に思い切り蹴りを入れてリュオからイグを引き離す。そして別の男がリュオの肩を掴んだ。リュオはその男を睨む。


「んだ、ガキか。だがなかなかの別嬪だ」


 更に別の男も言う。


「ああ、こりゃ楽しみだぜ」


 男達はニヤニヤと卑猥な笑みを浮かべている。



「リュオ、帽子を取って尻尾を出せ」


 腹を抱えたイグは叫ぶ。


「うん」


 リュオは周りにいる男達を睨みながら、帽子を取りワンピースの隙間から尻尾を出した。柴犬の様な控え目な三角の獣耳と灰色の癖毛の尻尾が露わになる。


「「「なっ」」」


 男達は驚く。


「こいつ獣人かよ」「獣人じゃ抱けねーよ。ふざけんなっ」「ああ、俺も無理だ」「たく期待させやがって」


 男達は口々に悪態をついた。


 獣族はアトラス大陸では非常に珍しい。最東端の町エネルポートに行けばそれなりに見掛けるが、西に行くに連れてその数は減っていく。

 そして人族の中には獣人と交わることは不潔なことだと考る者がいる。その思想は西に行けば行くほど強くなる。彼らはここより更に西の地エルトハイデンから来ている。だからイグはリュオに耳と尻尾を出させた。


「獣人を妻にするなんてな。頭のおかしいやつだ。行くぞお前ら」


「馬車はどうする?」


「なもん薪にしかならねー。置いてけ」


 こうしてテンウィル騎士団は去っていく。

 リュオは連れていかれずに済んだが、金と食料とオルトハーゲンを奪われた。






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