第33話 鉄鉱石売却



「旦那っ!お早いお帰りで。もう大商人になられたのですかっ?」


 翌朝イグとリュオがヘイメルシュタット商会の奥へ馬車を進めるとバイヤーのエンハンスが笑顔で出迎えてくれた。

 金髪のイケメンは胸に手を当てて綺麗なお辞儀をする。


「ああ。大商人になって戻ってきた」


 イグは自信たっぷりに笑みを浮かべる。



 睦まじげに挨拶を終えると、エンハンスはイグの品の検品作業に取り掛かる。


「さて旦那、今回の品は麦ではないようですが」


「シートカバーを開けてみてくれ」


「どれ……、……なっ!!」


 エンハンスは荷台に掛かったシートカバーを少し捲って絶句する。

 イグの荷台には黒光りして、少し茶色い錆が付いた石がごろごろと積まれていたからだ。


 エンハンスはシートカバーを全て捲る。


「旦那……、これ……、鉄鉱石じゃないですか」


「ああ、御覧の通りローニエル鉱山の鉄鉱石だ。900キロある。それとこれがルーベルヴォッガ商会の証明書だ」


 イグは「ふんっ」と得意げに鼻を鳴らしエンハンスにハガキサイズの羊皮紙を渡した。


「確かにルーベルヴォッガ商会の物だ。しかし何故……」


 エンハンスは羊皮紙の文字を見詰めながら片手で口と顎を押さえて暫し考える。


(旦那はトンネルの崩落よりもずっと前に鉄鉱石を仕入れている。……ヴォッガと往復日数を計算すると、この前麦を売った次の日にはクロッフィルンを出ていることになるな。

 なら旦那はその時期にエスニーエルト伯爵とテンウィル騎士団の情報を掴んでいたことになる。 ……そんなことがあり得るのか?

 この大商会、ヘイメルシュタット商会の幹部クラスですらその時はまだ知らなかった情報だ)


「……旦那が何処で情報を仕入れたのかは詮索しませんが、これは我が商会が最も欲しい品です」


 イグは腕を組み目を瞑ってクイっと顎を上げる。


「だろうな」


「旦那のことだから他の商会が欲しがっているという情報も既に掴んでいるのでしょう……」


「当然だ」


「因みにどれくらいでお売りするお積りですか?」


 イグはヘイメルシュタット商会に来てからは、自信満々で威厳ある態度を取っていた。それは昨夜リュオと宿で打ち合わせをしたからだ。ソワソワ、ビクビクしていたら足元を見られるとリュオに忠告されたのだ。


 単価を聞かれ顎を上げて目を瞑っていたイグは片目を開けてリュオを見る。

 リュオは真剣な顔で握った両手を胸の前で振っていた。イグにエールを送っているのだ。それを見てイグは覚悟を決める。


「おほんっ」


 イグは一度咳払いをした。

 そして昨晩リュオと打ち合わせをして決めた金額をエンハンスに伝える。


「計算はアンヌ金貨でいいな?」


「ええ、それでお願いします」


 イグとエンハンスは肩と肩が触れ合う程寄り添い、イグは右手を出した。

 エンハンスその手に釘付けになる。


 イグが手を動かす。人差し指を出し次に拳を作って二回振る。動作はいつもよりかなりゆっくりだった。

 そしてそれはアンヌ金貨100枚を意味している。普段イグが扱っているウルマーク銀貨に換算すれば3500枚になる計算だ。


 現状、各商会は鉄を集める為に家々で使い古した鍋や家具、それに農機具や馬車のシャフトなんかを買いまわっていた。当然それは鉄鋼石よりも高価でさらに回収の手間や分解の手間もかかる。イグが提示した額は平常時の7倍に近い金額だったが、それでもそういった背景を考えれば今の鉄の原料としては安い額だった。


「旦那……。私一人では判断しかねます。相談してきますので少しお時間をいただけませんか?」


 エンハンスはあまりの高値に顔を青くしていた。

 しかし安易に値下げ交渉しなかったのはイグが提示した金額は今の時世を考えれば妥当だと思ったからだ。仮にここでエンハンスが仕入れを断れば、他の商会がイグの提示額でこの鉄鉱石を買うだろうと彼は判断していた。


「ああ、待ってるよ」


 エンハンス一礼すると席を外す。





 半時ほどしてエンハンスは戻って来た。イグの前まで来るとエンハンスは口を開く。


「支店長の決済が下りました。……くっ、はははっ。旦那は凄いですね。まさか本当に大商人になって戻って来るとは」


「ははっ、そうか良かった。ははっ」


 イグは安堵した。

 実はイグはウルマーク銀貨3000枚くらいが妥当だと思っていた。今回の単価はリュオが決めた。昨夜のリュオの強気な単価設定に、ここまで値を上げれば買い取ってもらえないかもしれないとイグは思っていた。


「次はお前の番だな」


「ええ、私もいつか支店長になりますよ」


 イグとエンハンスは笑う。


「しかし旦那。これだけ金があればクロッフィルンで店を買えるのでは?ヘイメルシュタット商会は金貸しもやっていますし、組合だって貸してくれる。今回の資金を頭金にすれば夢ではないと思いますが?」


「……確かにそうだな」


 横でその会話を聞いていたリュオはハッとしてイグを不安な表情で見詰めた。


 エンハンスにそう言われてイグの頭に一瞬バーバラ顔が浮かんだ。バーバラを取り返して家を買って一緒に住む。今ならまだ間に合うんじゃないかという考えが過ぎった。


 しかしイグはその考えを直ぐに捨てる。


(今回の利益の半分はリュオの金だ。頼めばリュオはこの金を貸してくれるかもしれない。

 だが、そんなことをすればリュオがいなくなってしまうような気がする。俺はリュオといると楽しい。だから手放したくない。)


 イグは「ふっ」と鼻で笑った。


「だがそれはできない。俺には大事な約束があるんだ。約束を反故にしたら商人失格だからな」


「そうですか……。ならクロッフィルンに寄ることがありましたら是非またヘイメルシュタット商会に来てくださいね」


 約束と言われ何のことかよく分からいがイグのような商人とはまた取引がしたい。エンハンスはそう思った。



 イグとリュオは金を受け取りエンハンスと別れの挨拶を交わし、ヘイメルシュタット商会を後にした。





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